オータムフェスティバル、再び 2
「エラ、お疲れ様」
「アルフィー」
閉店したフランマにやってきたのはアルフィーで、エラに労いの言葉をかけてくれる。
今日は彼とデートの日だ。
といってもいつも通り、帰りに買い物をして夕食を一緒に食べて二人で過ごすだけのお家デートだが、エラに不満は無い。
今日はダスティンに絡まれなくて済むと少しホッとしてアルフィーの隣りに移動すると、ダスティンが意外そうな、馬鹿にしたような声をだしながら、アルフィーのつま先から頭のてっぺんまでまじまじと見た。
「えー何々?エラの彼氏?うわ、本当にいたんだ」
不躾な態度にエラは眉を顰め、アルフィーも片眉を上げる。
が、エラやアルフィーが文句を言う前にパシン!と小気味のいい音がして、ダスティンが「いてっ!」と叫んだ。
「お前は誰かに絡むしか能がないのか?」
ルークである。
「悪いな、二人とも。ーーーダスティン、お前、そんな態度なら辞めさせるぞ。何度も言ってるが、エラは魔石工としてはお前の先輩だ!」
「痛いって」
またルークがバシンとダスティンの背中を叩く。
「叔父さん、暴力反対〜」
「そう言うならエラへの態度を改めろ。エラは半人前だが、もう店に魔石を売り物として出してるんだからな」
「叔父さんのより安く売ってるだけじゃん…」
「そりゃそうよ」
すかさずエラは突っ込んだ。
「店長の作る魔石ほど私の魔石は長持ちしないもの。その分、安く売るのは当たり前でしょう」
フランマに来る客は長持ちするルークの魔石を買い求めてくるのだ。エラの魔石はルークが鑑定して認めた物だけ店の隅に置かせてもらっているとはいえ、それほど長持ちはしない。
修行のおかげで以前のように数回でダメになったりはしないが、それでも年単位で持つルークの魔石とは大違いだ。
そうして今日アルフィーに報告したかった事を思い出す。
「そうだ!アルフィー聞いて。今日、初めて私の魔石が売れたの!」
「へぇ、何の魔石?」
「防御の魔石。今日ね女子大生が数人来て、その中の一人が姿隠しの魔石を買ったんだけど、念の為防御も欲しいって言って。でも店長の魔石だと予算内に収まらなかったみたいで、私のを買ってくれたの。彼女は妥協して私の魔石を買ったんだろうけど、嬉しかったなぁ…」
「じゃあお祝いだ。帰りにケーキでも買おう」
ほくほくと気分が上昇するままに方向すると、アルフィーが嬉しい事を言ってくれて、ますますエラは幸せな気分になる。
しかし、ぼそりと呟かれたダスティンの一言に気分を害した。
「いや、一個売れただけだろ…」
その一言がエラの胸に棘のように刺さる。
確かに一個売れただけだけれど…。
でもルークが商品として認めてくれた魔石で、お客様は妥協したのかもしれないけれど、それでも買い求めてくれたのだ。
それを馬鹿にしなくても…。
心の中で泣きそうになりつつも、アルフィーは褒めてくれたし、ルークだって売れた時に褒めてくれたのだからと自分を励ます。
「エラは三年以上フランマで修行して、やっと魔石が売れたんだ。そんな言い方は無いだろう」
「ダスティン、お前はエラの成果に文句を付ける前に商品説明を完璧にしろ。エラは三日もかからずに店の魔石を覚えたんだぞ」
しかし沈んだ感情を察したように、アルフィーとルークがダスティンに反駁する。
ちゃんと二人はエラの努力と成果を認めてくれている事が嬉しくて、エラは沈んだ感情が持ち上がったが、ダスティンは拗ねたように唇を尖らせた。
「エラ、帰ってお祝いしよう」
「それがいい」
そんなダスティンを無視して、にこやかにアルフィーが提案し、ルークも賛同するので、エラの顔に笑顔が戻る。
ルークに挨拶をしてから家に向かって歩き出すと、ダスティンも途中まで付いてくるが、流石にアルフィーがいる為か今日は変に絡んでくる事はなかった。
ダスティンとも別れて、いつも通りスーパーに寄る。エラのアパートの近くにケーキ屋が無い為、アルフィーがスーパーでショートケーキを買ってくれ、嬉しくてエラはへにゃりと笑った。
しかも彼はエラが夕ご飯を作っている最中に一度外出して、戻ってきた時には小さな花束を持っていた。
「お祝いがスーパーのケーキだけじゃ味気ないだろ?」
「わあ…!」
こうやって祝ってくれる気持ちが嬉しい。
嬉しくて花束を抱えているとアルフィーが写真を撮ろうと言い出した。
「ええ?いいわよ、別に」
「デジタルだけど日付も入るし、記念になる。どう?」
そう言われると悪い気はしなくて、エラははにかみながら写真を撮ってもらった。
「そういえば、二人で写真って撮った事ないわね」
「あー…そうかも。俺はあまり写真は撮らないし」
「危ないから?」
「SNSって結構危ないんだよ。母さんなんか検索すると、どこそこで会った、見かけた、って……。SNSはやろうと思えば人の行動が追える。不用心な人間なら平気で自分の部屋や家の周りで写真や動画を撮りまくってネットに載せる。下手をすれば部屋の間取りや家の場所が割れるのにね」
「え、分かるものなの?」
「分かるよ。背景を繋ぎ合わせれば部屋の間取りは推測できるし、看板とか目印が写っていれば家の場所もある程度絞れる。写真が投稿された時間とかを見れば、どこをどう行動してるのかも分かるしね。だから俺はSNSはやらないし、写真もあまり撮らない。元々、そんなに興味もないしさ」
そんなところにまで危険があるのか。
またアルフィーの危険の断片に触れた気がする。
でもそれって。
「……じゃあ、私とも写真は撮れない?」
つい聞いてしまった。
「私もSNSはやらないし、誰かに見せたりもしない」
ーーー思い出が残せないみたいで悲しい。
きっと成長の記録はアルフィーの両親がしているだろうし、家族の思い出はきっとあるのだろう。
でも他は?
「…駄目…?」
ちょっと自信がなくて、エラは眦を下げた。
が、そんなエラにアルフィーは笑いかける。
「いいよ。別に全く撮らないわけじゃないし」
その答えにほっとして頬が緩む。
じゃあ早速写真を撮ろうと誘うと、ちょっとアルフィーは戸惑っていたけれど、花束と一緒にツーショットを撮らせてくれた。
嬉しい事が続いたので、エラはダスティンの一言などもう忘れていた。
オータムフェスティバルの二日間、エラは仕事の予定だった。
だから祭りへの参加はせず、夜にアルフィーやデイヴと最後の花火だけ一緒に上げようと約束していたエラだったが、思いもよらない事が起こった。
オータムフェスティバルに参加したいからと休み申請をしていたダスティンだったが、なんとルークが休みの日に仕事をサボったのだ。
その日はルークが休みで、エラが店長代行を務める日だったのだが、それを知ったダスティンが「じゃあお目付役もいないし、エラ一人で店番やってよ」と当日朝に丸投げして店から出て行ったのだ。
追いかけようとしたが、店を空にするわけにもいかず、携帯電話も通じず、エラは途方に暮れつつ呆れ返った。
元々エラはダスティンがやって来るまで、ルークの代わりに店を回す事もあったから特に問題ないのだが、社会人としてダスティンの態度は無い。
仕方ない。明日店長に報告しようとエラは一人で店番をしていた。
その日に限って客が沢山来て、エラはてんてこ舞いだったが、それでも店はいつも通りに回っていた。
「この店には店長さんとあなたの他にもう一人従業員がいなかったかしら?」
「え?…え、ええ。います。今日はお休みで…」
前に店の前でも通りかかったのか、そんな事を尋ねてきた女性客にエラはサボったという単語を飲み込み、受け答えをする。
それを聞いた女性は小さな溜め息をついた気がしたが、別の客の質問に気を取られたエラはすぐにその事を忘れた。
一人で仕事を終えて家に帰ると、疲れからエラは夕食も取らずにぐっすり寝た。アルフィーからの電話にも気が付かなかったくらい熟睡した。
そうして翌日、いつも通り出勤したエラは拗ねた顔のダスティンと呆れ顔のルークとシンディに迎えられた。
どうやら昨日、エラにダスティンについて尋ねてきた女性はダスティンの母親だったらしく、息子が真面目に働いているかとこっそり見に来たのに、エラしかいなくて、速攻で息子の不当な行為を見破ったようだ。
そうして働いたフリをして帰ったダスティンは両親や兄弟に総出で叱られたらしい。
働かせて貰っているフランマでサボりなんて言語道断!とダスティンの両親は怒りつつも、でも初めて息子が働いているので見捨てずにもう少しだけフランマで働かせて欲しい、とルークに頼み込んできたとか。それを了承するあたりは身内の気安さだろう。
そんな訳でサボったダスティンはオータムフェスティバルの休みを一つ取り上げられ、昨日一人で店を回したエラは労われ、何故かオータムフェスティバルの日に半休みを貰った。
「何で?」
「その日は駆け込み客で忙しいからな。反省も込めて午後はダスティンに頑張ってもらおう」
「…店長、自分の首絞めてません?」
まだダスティンは魔石の説明を覚えていない。つまりまともな接客ができるはずもない。
しかしエラの心配にルークは肩を竦めて答えた。
「…ま、元々一人で回してた店だから何とかなる」
「なるのかなぁ…?」
「エラはお祭りに行ってらっしゃい。アルフィーと花火を上げるんでしょ?」
シンディがにこにこと後押しする。
「去年はアルフィーに急な用事が入って花火上げられなかったって言ってたじゃない?しばらく落ち込んでたくらいだから、楽しみにしてたんでしょう?あんなに人混みは嫌い、祭りに興味無いとか言って、天邪鬼よねぇ」
いえ、アルフィーの生まれを聞いて衝撃を受けてただけです。
ーーーなんて言える訳もなく、エラは曖昧に微笑んで誤魔化した。人混みが嫌いなのは本当なのだけれど。適当についた嘘のおかげでシンディは誤解しているが、とりあえず休みが貰えるなら貰おう。
オータムフェスティバルは二日間ある。花火を上げるのは二日目の方なので、そちらに半休を入れてもらい、アルフィーとデイヴにも連絡した。
ーーーそしてオータムフェスティバル当日。
初日はエラは駆け込み客の対処に追われていた。
花火の魔法が付与された魔石は子供が買えるように安い値段が設定されているし、見た目も子供受けしやすいように提携した玩具屋の杖や剣に付けてある。
その為子供達、そして魔法に自信のない人達がこぞって買いにやってきて、若くて女性のエラは子供達からすると話しかけ安いらしく対応に追われた。引っ切りなしに客が来ていたわけではないものの、一日が終わるとくたくただったし、喉が乾いて仕方なかった。
二日目も駆け込み客の対応で半日が終わった。
もしアルフィー達が迎えに来てくれなければ、エラは休む事を渋ったかもしれない。
「休みはちゃんと貰うべきだよ」
そうアルフィーに諭されてエラはフランマを出た。
後ろ髪引かれるが、迎えに来てくれたアルフィーとデイヴを待たせるわけにもいかず、何とか割り切ってエラは祭りに向かった。
「…追うぞ」
そんな三人を二人組が追いかけていった。




