間話 アルフィーとデイヴ 1
間話です。本編にあまり関係ない。何も起こらないので気楽に読んで下さい。
デイヴの世界は普通の人とは少し違う。
「よう、デイヴ」
「おう」
久々に会った幼馴染に言葉少なに返すが、幼馴染の肩の上にちょこんと乗っている茶色で全身もじゃもじゃの小さな人外が気になる。
見た目は悪いが、経験上悪いものではないと思う。たぶん。
そういう人外は常日頃から見え、可愛らしいものもいるが変な奴も人に化ける奴もたくさんいて戸惑う事も多い。
ーーーそう、デイヴには妖精が見える。
特にこの幼馴染は妖精に好かれやすいのか、毎回何かが肩や頭に乗っているか、足元に纏わりついている。
幼馴染と駅に向かって歩き出しながら、デイヴはアルフィーと他愛ない話をした。
茶色のもじゃもじゃ妖精もアルフィーの肩に乗ったまま付いてくる。何か楽しいのか、それとも慌てているのか枯れ枝みたいな細い手足を振り回しているから気になる。
「今日も何かいるのか?」
不意にアルフィーに聞かれてデイヴはヘーゼルの瞳を瞬いた。幼馴染の肩ばかりを見ていのかもしれない。察しの良い幼馴染はちょくちょくこうやって穏やかに聞いてくる。
それが実は心地よいのは秘密だ。
デイヴは人に見えない妖精が見えるせいで、たまに見えない人からすると不自然な行動を取ったしまう。行動だけでなく、妖精によっては人語を話せるため、人と話しているつもりで話していたら妖精だったり、妖精から話しかけられて受け答えしていたのを他人に見られたりして挙動不審に見られがちだ。
それを子供の頃に散々揶揄われたり、変なものを見る目で見られたりしたせいで、あまり話さなくなった。
でも、昔からアルフィーだけはそんなデイヴをごく普通に受け入れてくれる。アルフィーだけじゃない。彼の母親もだ。
そもそも、デイヴの特殊能力を見抜いたのはアルフィーの母親だ。
忘れもしない五歳の春。小さい頃は上手く妖精の存在を説明できず、デイヴの両親はデイヴの話す妖精はイマジナリーフレンドだと思っていたし、突然怒り出したり泣いたりする息子に手を焼いていた。
デイヴからすると、悪戯好きな妖精にちょっかいをかけられて怒ったり、物陰から脅かされたりして驚いて泣いただけなのだが、妖精の見えない家族には不審にしか映らない。
だから、公園でも友達なんていなかった。いつも一人で遊ぶデイヴを両親は心配したが、デイヴの不審な行動に子供が怖がったり、親が気味悪がったりして、友達なんて一人もできなかったのだ。
そんなある日、公園に金髪に緑の眼の男の子が同じく金髪と緑の眼の母親に連れられてやってきた。
男の子は砂場で一人黙々と山を作っていたデイヴの近くにやってきて母親と遊んでいた。
そんな男の子そばに、近くを流れる小川から馬が一頭現れて、トコトコ寄ってきた。
「あ、水のお馬さんだ」
そう声をあげたデイヴに金髪碧眼の母親が振り向いた。
その馬は男の子の近くに寄ると、口を男の子頭に寄せたので、デイヴには食べようとしているように思えた。
「え?え!?ダメ!ダメー!水のお馬さんに、お馬さんに食べられちゃう!逃げて!逃げて!」
「こらデイヴ!何言うの!すみません!この子、少し変わってて…!」
必死に危機を伝えようとするデイヴを母親が止めようとした。
まただ。どうしてお母さんに伝わらないんだ、と子供心に悔しくて泣き喚こうとしたとき、金髪緑眼の母親がその瞳を穏やかに輝かせた。
「まあ。あなた、妖精が見えるの?」
ーーーそれがプリンセス・エイブリーとの出会いだった。
母親が自然と妖精を信じているせいか、幼いアルフィーも寄ってきてどんな妖精がいるのか聞いてきたので、デイヴは水の馬に怯えつつ伝えると、水の馬がいるあたりに手を振っていた。
ちなみに、水の馬はアルフィーの頭を口先でくすぐると、満足したのかまた小川へ戻り、消えた。
そこからアルフィーとの付き合いが始まった。
アルフィーの金髪が長じるに連れてくすみ、茶髪になってもアルフィーはデイヴの妖精が見える能力を疑う事はなく、気遣ってくれるようになった。
だからデイヴはアルフィーが近くにいると気を抜いて妖精のいる世界を見る事ができる。おかしな事をしてもアルフィーは笑ってどんな妖精がいたのか聞いてくるし、そんなデイヴを絶対に否定したりしない。
「茶色のもじゃもじゃ頭がお前の肩に乗ってる」
「茶色のもじゃもじゃ…ブラウニーみたいな奴か?」
「そんな感じだな」
人間の伝承に登場する妖精とそっくりそのままみたいな妖精は稀だ。きっと歴史の中で見た目の伝承が変わったか、人に親しみやすくするため、あるいは恐れさせるために事実とはあえて違う事を言うようになったのかーーー答えは分からないが、よく聞く妖精達とはあまり会った事がない。
「へえ。俺の家の辺りから着いてきてるなら、お前、そのまま乗ってろよ。夜には帰るからさ」
アルフィーはさらりと肩にいる見えない存在に告げた。
すると茶色のもじゃもじゃ妖精は手足を振り回すのをやめて、ふっと消えた。
「いなくなった」
「あれ?じゃあ家から着いてきた妖精じゃなかったのか?」
「さあな」
妖精の考えている事など分からない。
「そういえば、何でフランマに行ってみたいんだ?」
問われたデイヴは苦々しい顔をした。今日、帰省ついでにアルフィーと会った一番大きな理由だ。
「姉貴が夜勤ありの部署変わって、夜中に帰るのが怖いらしい」
デイヴには姉が二人いる。そのうちの一人がそう言っているのだが、デイヴからするとあんな粗暴な姉が夜が怖いなんて変な感じだ。
「エラの事を少し話したら、じゃあ買って来いって言われた」
デイヴは去年の秋に初めて会ったエラと細々と交流を続けている。
去年のオータムフェスティバルでアルフィーの出自を初めて知ったエラが、酷いショックを受けているように見えたので、少しの間気にかけていたのが始まりだ。
その中で、エラとデイヴの共通の趣味が見つかった。映画だ。
お互いマニアという程ではない。空いた時間があると高頻度で映画を見るだけで、個人的な娯楽として楽しんでいる。
おかげで、今でも面白かった映画を薦めあったり、感想を言い合ったりしてたまにメッセージを送り合っている。
そんなメッセージのやり取りを母に見られ、無愛想な息子に彼女ができた!と勘違いで舞い上がった母を止めるためにエラの事を説明したところ、魔石工という単語に姉が食いついたのだ。
そして姉に命令されて、今に至る。
「じゃあ、とりあえずフランマに向かうか。この時間なら三人で夕飯が食べられるしな」
アルフィーの提案にデイヴは頷く事で返事をした。
「デイヴ!いらっしゃい!」
フランマに着くと、店番をしていたエラが弾けるような笑顔で出迎えてくれた。
ちなみに、今日行く事はエラにも伝えてあるため、エラは待ってましたと言わんばかりにカウンターにいくつかの魔石を並べた。そして、嬉々として一つ一つの魔石を丁寧に説明していく。
その間、彼氏であるはずのアルフィーは目に入っていないかのようにそっちのけだ。
デイヴは大人しく説明を聞きながらもアルフィーが無視されている現状に困惑していたが、本人は慣れているのか、カウンターの裏に回り工房側に顔を出していた。
どうやらこれが通常運転らしいと気づくと、デイヴはエラの説明に集中した。
「夜勤が多いならこの辺がオススメだけど、お姉さん、足が速いのよね?」
「ああ」
「じゃあ身体強化魔石でもいいかなーとは思う。少し慣れが必要だけど、変な輩からは逃げるに限るし、なんなら強化してるからキックとかの威力も上がるよ」
なるほど。
真剣に悩み、デイヴは姉への魔石を選んだ。
会計を済ませると、エラがラッピングしてくれてプレゼントらしくしてくれる。
終わった気配を察したのか、工房側からアルフィーが顔を出した。アルフィーの後ろから頭に白い物が混ざり始めた男性も顔を出して、彼がルークという魔石工かと納得する。
「あ、終わったか?」
「おう」
「うん」
二人でほぼ同時にアルフィーの問いに頷くと、ルークが時計を見上げて「少し早いが閉店作業するか」と呟いた。
「この後、三人で遊ぶんだろう?」
「そうですけど…」
「ならさっさとやるぞ」
閉店作業をする二人を邪魔しないように、アルフィーと店の外でエラを待っていると、ほどなくしてエラとルークが出てきた。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「三人ともあまり遅くまで遊ぶなよ」
年長者らしい注意を残してルークが帰り、デイヴはこの辺りに詳しいアルフィーとエラに連れられて、映画館のあるショッピングモールに向かった。
特に予定は決めていなかったが、エラが伺うようにデイヴにスマホでとある映画の宣伝を見せたため、三人の遊ぶ方向性はすぐに決まった。
「この映画が観てみたいんだけど…二人ともどう?」
「…それ、俺も気になってた」
「ほんと!?よかったぁ…デイヴが先に観てたらどうしようかと思ってたわ。アルフィーは?」
「付き合うよ。でも先に腹拵えさせて。腹減った」
そんなわけで、夕食を食べてから映画を観ようという事になった。
モール内のどこで夕食を取ろうかと話すアルフィーとエラに付いていくと、不意に水の乙女が目の前に現れた。
急に現れたため、思わずたたらを踏んで足を止めると、水の乙女はふわりと笑って《久しぶりね》とデイヴに一言告げ、アルフィーの頭を撫でると出てきた時と同じように何の前触れも無く消えた。
「デイヴ、どうした?」
突然足を止めたデイヴを不思議に思ったのだろうアルフィーが振り返って不思議そうに頭を傾ける。
「あ、いや…」
「何だよ。どうした?」
思わず癖で妖精の存在を誤魔化そうとしたデイヴに、アルフィーが俺にまで遠慮するなと言わんばかりに眉を顰めた。
そうだ。この幼馴染にまで隠す必要はないのだ。エラも成り行きとはいえ、デイヴの瞳が妖精を見られる事は知っている。
だからデイヴは深呼吸をして、人に嫌われたくないという弱気な自分を追いやった。
「…すぐ消えたけど、水の女の妖精がいた。久々に見た」
「水の女?」
「ああ、モルガンね」
「モルガン?」
「俺が勝手にそう呼んでる。昔から俺の近くによく現れる妖精で、全身が水でできてるんだってさ」
「へー」
エラに水の乙女について説明するアルフィーは、全くデイヴの言葉を疑っていない。
だからデイヴも妖精の話をする事ができる。
「…そういえば、アルフィーは妖精に好かれてるが、エラも割と好かれてるっぽいぞ」
「え?そうなの?」
「魔石工だからか、石っぽい妖精が足元にずっといる」
店にいる時からエラの後をコロコロと転がる灰色の丸い妖精は、デイヴの言葉を肯定するようにエラのスニーカーにこてん、と身を寄せた。
もちろんエラは気がつかない。
でも見えない彼女とも不思議と妖精の話はできる。
「石っぽい?どんな妖精?」
「え……本当に、そこら辺に転がってる石がエラの足元に転がってる…」
「石?石なの?絵本だと背中に羽が生えてたりするけど…」
「…そういう御伽噺に出てくる妖精はあまり見た事がない。前に少し話したアルフィーの前にいた猫の妖精は…ケット・シーだっけ?そういうのにそっくりだったけど…」
「モルガンも水でできた女性らしいし、絵本の妖精みたいなのはなかなかいないらしいよ」
「そうなんだ?人に見えない世界が見えるって素敵ね。……あ、でももしかしてお化けみたいな怖いのもいる!?」
ホラー映画は絶対に観ないと言うエラが顔色を悪くして言う。ホラー物が苦手なのは、実はアルフィーよりデイヴが先に知っていて、アルフィーが「何で俺より先に知ってるんだ」と少し不服そうだったのは最近の話だ。
「見た目が気持ち悪いのは会った事あるが……案外気のいい奴だった」
「…そうなの?」
「人が見た目によらないのと一緒なんだろ?人を騙そうとする奴ほど見た目がいいものだしさ」
ごく普通に妖精の話をしている。
自分の見える世界を偽らなくていい相手が増えた。
それが何だか少しだけくすぐったく感じるデイヴだった。




