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見習い魔石工の妖精乙女  作者: 小雪
番外編
113/114

ダスティン 2

『それにさぁ…ねえダスティン、ちょっと聞いてる?』

「…聞いてるよ…」

 耳元で響いたエレノアの高い声に、自室のベッドに寝転がったダスティンはうんざりしながら返事をする。

 あれからエレノアは月一くらいで仕事や私生活で嫌な事があると、ダスティンに電話を掛けてくるようになった。たまにふらりとフランマにやって来る時もある。

 やって来てくれると魔法付与で失敗した傷を治してくれるのでありがたいような気もするが、それ以上に女特有の姦しさで喋り倒すので鬱陶しい。

『本当に嫌になる!私、軍属魔術師に昔から憧れててやっとなれたのに!なんで辞めろって言われなきゃならないの!?』

「また親父さんか?」

『そうよ!本当にうるさい!何よ!軍事魔術師になりたいならガンドかコブランカレッジ以外認めないとか言って、こっちが必死に勉強して入ってこれ以上文句無いだろうとか思ってたのにさ!何でその後も文句言うわけ!?』

「まあ親父さん達も心配なんだろ。軍人ってやっぱり任務とかで怪我負ったり、亡くなったりするしさ」

『そんな事は分かってるわ!でも昔から憧れてたの!それを何度も何度も辞めろ辞めろって頭ごなしにさぁ、私の気持ちは無視!?着拒してやろうかしら…?』

「いいんじゃね?」

『適当過ぎない!?』

「あ?じゃあ何て答えればいいんだよ」

『もっと建設的な意見くれないの!?』

「てめえの方が頭良いだろうが!」

 ダスティンはつい怒鳴った。仕事が終わってゆっくりしたいのに、何でこんな厄介な女の相手をしなくちゃならんのか。

 はあ、と溜め息をつくと聞き逃さなかったエレノアがまた文句を言う。

『どーせ面倒臭い女だって思ってるでしょ!仕方ないじゃない!あんたしか話せるような奴いないのよ!』

「友達いねぇのかよ」

『いるわよ!でもエラはお店開店したばかりで忙しいだろうし、他の子も……っていうか、友達にこんな痰吐き壷みたいな真似できるわけ無いでしょ!?』

「俺はいいのか!?」

『あんたは……まあ、いいかなぁと。女の不明瞭な話、聞き流せるタイプでしょ?私は喋ることでストレス発散させてる自覚あるし』

「なんちゅう迷惑な……」

 俺に話すのはストレス発散なのか。

 苦い顔をしてもう電話を叩き切ろうかと思うが、エレノアがまた喋り始めた。

『あーもうほんと、どうやったら親を黙らせられるかなぁ。最近考えたんだけど大学費用返せば黙ると思う?』

「無理だろ。お前に軍属魔術師諦めさせようとしてコブランにしろって言った親だろ?返した所で絶対に口出ししてくるぞ」

 話しかけられてついつい返事をしてしまい、ダスティンは失敗したと思った。この不毛な電話から解放されたいのに会話続けてどうするんだよ。

『やっぱダメかぁ。何かいい方法無いかなぁ』

「彼氏でも作れば少しはマシになるんじゃね?」

『何でよ?』

「え?……結婚するまでーって思うとか?」

 結局適当に会話を続けてしまう自分が嫌になる。

『彼氏ねぇ……私が軍属魔術師でも文句言わない人ならいいけど…前の彼氏はそれが気に入らなかったみたいだったのよねぇ。そういう男は御免よ』

「あー仕方ないんじゃね?そりゃ、彼女が自分より強いって男的に嫌な奴は嫌だろ」

『はぁーくだらな!じゃあ私より強くなればいいでしょ!?』

「無茶言うなよ…誰もがお前みたいに向上心豊かじゃねえんだよ」

『私だってそんなに向上心豊かじゃないわよ!』

 いや、そんな事ないだろ。

 とは既の所で飲み込んだ。ダスティンの知る限り、仕事で必要だからとエレノアは隠れて魔法訓練をして苦手な神秘魔法も習得している。彼女のいい所だと思う。

 でも褒めるのは癪なので言わない。

 ふと時計を見ると、もう十分エレノアのストレス発散には付き合っている時間だった。もう切ってもいいだろう。

「あ、電池切れる」

『あ!その手には乗らな……』

「さん、にー、いち、ぜろー。電池が切れましたー」

『そんな電池の切れ方があ』

 電話口に向かってわざとらしく棒読みで言い、通話終了ボタンを押して電話を切る。何か言ってたが気にしない。

 しかしまた電話が鳴った。エレノアと示されている。

「…………」

 ピッ。

 電話を拒否すると、すぐに今度はメッセージがやって来た。

『無視するな!』

「…………マジで厄介……」

 何でこんな女を相手しなければいけないのか。

 ダスティンは溜め息をついてベッドから起き上がった。シャワー浴びてこよう。





 今まで付き合った事のある女は基本的に後腐れのない女だった。それなりに好きだったけど、本気で好きかと言われると頷けない、その場限りの恋人。

 長く保っても一年くらい、最短二週間。どちらかが相手に飽きたらお終いの関係。

 それなりに楽しかったし、あの頃は大学の時の悪友達との付き合いもあったし、なんか本気になるのが格好悪い気もしたからそんな軽い関係の彼女ばっかりだった。

 でもふらふら遊んでいるうちに、真面目に学生生活を送り、しっかり就職して働き出した知り合いが充実した生活を送っているのを知り、何だか負けた気分になった。

 なんであんな陰気奴に一途な彼女がいるのか、なんで俺より勉強できなかった奴がいい給料貰って働いているのか、なんでお洒落なんて無駄だと言っていた奴が一流のスーツを着こなしているのかーーーそんな妬み嫉みにますますやる気を失くし、どこで自分は間違えたのだろうと思っていた。

 そんな人生に不貞腐れている時期に父親にフランマに放り込まれた。

 最初はなんて面倒な、と思った。自分は他の奴らとは違うと思いたかったから、真面目に働くなんて馬鹿らしいと思っていた。

 でもどんなに不真面目な態度をとっても叔父も叔母もエラもダスティンをつついて『真面目に働け』と言い続けた。鬱陶しいと思っていた。俺はお前らとは違うと思いたかった。

 ーーー本当は心の奥底に羨望があった。叔父は魔石工として成功した人だし、叔母はそれをそばで支えた人で、もう自分には叔父のように成功する事も、叔母のようにそばで支えてくれる人もきっとこの先ないと人生を諦めていた。

 エラの魔石が初めて売れた日、本当は彼女が妬ましかった。小さい頃からの夢に一歩一歩着実に近付いている彼女が眩しくて妬ましくて、わざと彼女を傷付ける事を言った。

 そうしたらエラは泣きそうな顔で俯いてしまい、それに胸が空いた。

 でもそれは一瞬で、アルフィーが怒りを滲ませながら反論した後ですぐにエラを励ましたのを見て、そんな気持ちは霧散した。叔父と同じように、彼女は支えてくれる人がいるんだと負けた気分になった。

 何で自分には、と思いながらも分かっていた。エラは夢の為に必死だった。彼女が本気で夢の為に頑張っているから叔父夫婦もアルフィーも、商店街の人達も彼女に協力するのだ。

 分かっていたけれど自分にはできない。

 けれどオータムフェスティバルでアルフィーが誘拐された時、エラが傷だらけになりながら一心不乱になって迷子の魔石を作る様子を見て、自分の浅ましさに唐突に気づいた。

 自分は口ばかりで何も努力していない。真面目過ぎてつまらないと馬鹿にしていた人達に負けたと感じた理由は、彼らが努力して手に入れたものが彼らの努力の結果だと本当は知っていたからだ。

 まだ不安定だけれど手に入れた魔石工の技術でアルフィーを助けようと必死なエラを見て、彼女は口ばかりではないのだと本当の意味で理解した。そうして彼女はアルフィーを助け出す一助になって、真面目さは格好悪く無いとダスティンに知らしめた。

 その姿を間近で見たからほんの少しだけ真面目に働いてみようと思い、少しだけ不真面目さを捨てたら、周りの目が変わった。恥ずかしかったけれど悪友達は遠のき、ダスティンに呆れていた家族が近くなって、叔父夫婦も見直してくれた。どこか余所余所しかったエラやアルフィーも親しみを見せてくれるようになった。

 その後、本気でエラの事が好きになったわけだけれど、彼女はアルフィー以外に見向きもしなかったので仲の良い同僚以上の関係にはなれなかった。

 失恋してからはエラと同等以上に本気になれる女がおらず、以前のような遊びの延長のような恋愛もしなくなった。店番をしていたり飲みに出掛けたりすると、稀にに女から連絡先を渡されたり、これ見よがしに視線を送られたりするが、昔なら喜んで誘いに乗ったのに今は当たり障りなく断ってしまったり、気付いてないふりをする。

 何でだろう。自分でもよく分からない。別に彼女は欲しいんだが今はあまり行動する気にならない。魔石工の仕事が自分でも気付かないうちに気に入ったのだろうか。

 ……そうかもしれない。

 指先に摘んだ天然石を見て、ふう、と溜め息を吐く。

「なかなか上手くならねぇなぁ、魔法付与」

 エラが苦戦していた理由がよく分かる。魔法付与は難しい。お気に入りのアクセサリーは外して、血に染まってもいい服を着て毎日挑んでいるが、短い呪文は成功するのに長い呪文は失敗するばかりだ。

 もうすぐ閉店時間だし、最後にもう一度挑戦して今日はお終いにしよう。

「あ、今日も怪我してるー」

「……………何で居んだよ…」

 突然後ろから高い声がして、その声の主に心当たりがあり過ぎるダスティンはうんざり顔で振り向いた。

 案の定そこにいたのはエレノアで、休日なのだろう私服姿だった。

「何でって…暇だったから?」

「暇」

「というか聞いてよー。まーたおばあちゃんが軍なんて辞めなさいって言うのよ。『軍なんて辞めて女の子らしい事しなさい。彼氏もいないんでしょ?』だって。大きなお世話よ!私はこの仕事が好きなの!」

 むう、頬を膨らませたエレノアは腕を組んで宙空を睨んで愚痴を零し、ふと眉を寄せるとダスティンを見た。

「いっそ本当に彼氏作ったら黙るかしら?ちょっとダスティン、私と付き合って」

「却下。俺もお前もお互いに恋愛感情無いだろうが」

「そりゃあね。とりあえずおばあちゃんを黙らせたいだけだし」

「そんな面倒な役お断りだ」

「あはは!そりゃそーだ」

 ショートヘアを揺らしてからりとエレノアが笑う。

 楽しそうに薄茶の目が輝く。多少の問題はあるが彼女は大いに人生を楽しんでいるのだろう。

「ほら、手出して。来たからにはその傷治すわ」

「どーも」

 大人しく出した手にエレノアが手を翳して、温かな魔力を感じてすぐにズキズキした痛みは無くなった。

「さすが」

「お?私のありがたさを実感した?」

「してねぇ」

「何でよ!?」

 エレノアがぶすっとむくれた所で、二階からルークが降りて来た。

「騒がしいと思ったらお前さんか」

「あ、お邪魔してます。フレッチャーさん」

「構わんよ。ダスティンの傷をよく治してもらうしな」

「いや叔父さん、そこは帰れって言おうよ…部外者だろ」

「アルフィーも部外者だったぞ。今更だ」

 話しながら徐に閉店作業を始めるルークを見て、ダスティンも立ち上がり作業を手伝った。エレノアもドアベルに近寄り夜間用に切り替え、表看板を畳んで店の中に入れてくれる。

 片付けが終わるとエレノアはいい笑顔で「呑みに行こ!」と言い出した。

 勿論答えは。

「い・や・だ」

「何でよ!?」

 酒癖が面倒な奴と誰が飲むか。

 結局ダスティンはエレノアとは飲みに行かなかったが、ならばエラが面白いと言った映画を観たいというエレノアに無理矢理付き合わされて映画に行った。解せぬ。




次で最後!

この二人は勝手に動いてくれるので、大変助かる。

昔、何かで漫画家さんが「このキャラは勝手に動く」って言ってた意味が当時は分からなかったけど、オリジナル小説書くとよく分かる。なんかいつの間にかいる!って感じ。

でも勝手に動き過ぎて心配になる…。

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