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エラのピンチ 3

 男が津波に流されている間に、何とか二人は監禁されていた家から脱出した。

 意外な事にそこは住宅街だった。芝生の前庭があり、隣りとは生垣で区切られている。あれだけの発砲音がしていたのに、犬を連れた男性が走っていく様子からどうやら防音措置か何かがされていたようだ。

 逃げ出した二人はすぐに近くの家に助けを求めようとしたが、後ろを振り返ったアルフィーは男が追いかけてきているのを見て、足を止める。

「アルフィー!?何を……」

「いいから逃げろ!」

 荒い口調でエラに言い付けて地面に手を付き、昔マテウスが見せた大地の拘束魔法を発動する。

 使い慣れない魔法なのでマテウスのように完全に拘束する事はできないが、足止めにはなるはずだ。

 どう、と土が意志を持っているように持ち上がり、玄関から出てきた男に襲いかかるのを横目で確認して、アルフィーはエラを追いかける。

 ガアンッ!とまた銃声が響いた。新しく防御魔法を張っていない事に気がついて顔色を変えるが、エラにも自分にも当たる事なく、地面を抉った。

 ちらりと男を確認すると、土に埋もれた拘束の隙間から銃を構えていて、あまつさえ拘束から逃れようとしている。

 とにかく逃げようとエラを追いかけると、何も知らない通行人が銃声に驚いた顔をしていた。

「助けて…!」

「すぐに屋内に逃げて下さい!」

 エラが助けを求めるのと、アルフィーが忠告したのはほぼ同時だった。

 通行人は人の良さそうなおばさんで、エラが助けを求めたせいか、こっちと二人を手招きながら近くの民家に向かった。

「エラ、行け!」

「えっ、アルフィーは…!?」

「ここで食い止める!」

 エラが泣きそうに顔を歪めて躊躇った様子を見せたが、すぐにおばさんに付いていき、民家に入っていった。

 それを確認したのと、土まみれの男が飛び出してきてアルフィーに銃を構えたのは同時だった。

 魔法で応戦しようとアルフィーは構え、男も長銃を構える。

「邪魔をするなああぁ!」

「するに決まってんだろ!」

 こいつを捕まえなければ、またエラは狙われる。

 今ここで捕まえなければ。

 アルフィーはまずは銃を使用不可能にしようと、防御魔法で銃弾を防いで街路樹に身を隠しつつ、ドラゴンを男に向かわせた。

 ドラゴンは文字通り氷の息吹を吐き出しながら男の銃に襲いかかる。男は何とかドラゴンを叩き落とそうとするが、アルフィーのドラゴンは水でできているので銃身で殴られても、発砲してもすぐ元通りに戻り、攻撃が通らない。

 水のドラゴンは男に踊り掛かり、あっという間に銃の半分を氷漬けにした。遠目だが、引き金部分も凍りついている様子で、アルフィーは反撃の好機と見て木陰から飛び出して光の拘束魔法を展開する。

「《捉えろ》!!」

 ぐわりと光のムチが出現し、男を拘束しようと地を馳せ、あっという間に男を縛り付けた。

「ぐわっ…!!」

 バランスを崩した男が倒れる。その拍子に手から銃が離れたので、アルフィーは駆け出して銃を蹴り飛ばそうとした。

 しかし、アルフィーの魔法への意識が一瞬銃へ逸れた瞬間に魔法の拘束が緩んだのか、男は拘束を片手のみ振り解き、銃へ手を伸ばす。

 まずいーーー!

 自分か、男か。どちらが速いか。

 勿論、銃の近くにいるのは男なわけで。引き金の所が氷漬けといっても魔法だから解く事もできるはずで。

 撃たれるかーーー!?

 冷や汗が背中を滑り落ちたその瞬間、アルフィーの背中に魔法が発動し、間を置かずに先程アルフィーが使った魔法より強力な大地の拘束魔法が襲い掛かった。男は頭だけを除いて全て土の中に押し込められ、驚いたように目を見開き、少しも体を動かせないようだ。

 そんな芸当を詠唱破棄でできる人物など一人しか思い至らず、アルフィーは思わず足を止め、背後からした足音に警戒する事無く剣呑に振り返った。

「………遅い」

「これでも最速で来たんだよー?」

 へら、と笑うマテウスにアルフィーに毒突きながらも内心ホッとしていた。マテウスの強さは折り紙付きだ。

 知らぬ間に上がっていた息をアルフィーが整えていると、その隣りをマテウスは通り過ぎていき、長銃を拾い上げると魔法の氷を溶かしてから、何やらカチャカチャ弄って自分の肩に担いだ。恐らく、銃のセーフティを掛けたのだろう。

 遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。

「警察のお出ましだね。こいつは見張っておくから、エラちゃん迎えに行ってあげなよ。いるんでしょ?」

「……分かった」

 にこにこと送り出すマテウスは、きっとアルフィーの事などお見通しだろう。

 だからアルフィーはエラが駆け込んでいった民家へ急いだ。

 でもアルフィーが玄関に辿り着くより前に扉が開き、青く光る黒髪を弾ませながらエラが飛び出してきた。胸元にある、アルフィーが贈った金の魔石入れも髪と同じように跳ねて、太陽光をきらりと反射する。

「エラ!」

「アルフィー!」

 両手を伸ばして飛びついてきたエラをアルフィーは難なく受け止めた。二年ぶりだというのに、二年前と何ら変わらず自分の腕の中に飛び込んでくれた事に胸が一杯になる。

 彼女の背中に回した腕で抱き締めると、緩く癖のついた黒髪がアルフィーの頬に当たった。細くも柔らかい体も相変わらずで、それが堪らなく愛おしかった。




 エラを助けてくれた女性が飛び込んだ家は、彼女の友人の家らしい。

 エラはなるべくドアや窓から離れた所で外の様子を伺っていた。

「アルフィー……」

 突然現れた恋しい人は、二年前と何ら変わらずエラを最優先に守ってくれる。

 でも流石に目の前で犯罪者に向かっていき、エラには逃げろと言われるのは体が震えるほど恐ろしかった。

 アルフィーが魔法に置いてそう負けない事は頭では分かっている。

 でも相手はライフル銃みたいな長い銃を持っていて、しかも話が通じない狂人だ。

 アルフィーが負けたら、怪我をしたらーーー命を失ったら。

 そう考えると恐ろしくて堪らなかった。

 震えながら外を凝視してどれだけ時間が経っただろうか。

 発砲音がした時は心臓が潰れるんじゃないかと思った。

 だから道路からよく知る茶色の髪をした青年が現れた時は、安堵とか喜びとか不安とか、色んな感情がごちゃごちゃになって、衝動的に飛び出していた。

「エラ!」

「アルフィー!」

 エラが腕を伸ばせば、アルフィーも腕を伸ばす。

 衝動のままにアルフィーの腕の中に飛び込み、首に腕を絡めると、アルフィーもしっかり抱き返してくれた。

 無事だと分かると全身の力が抜けてた。

 再会したら言いたい事が沢山あった気がするのに何も言葉にならず、代わりに涙が滲んで次々と零れ落ちる。

「…無事でよかった……」

 ぽそ、と呟かれた言葉にエラは小さく震えた。

 あの時、アルフィーが来てくれなかったら今頃どうなっていた事かーーー本当に危機一髪だった。

「…助けてくれてありがとう…」

「間に合ってよかったよ。本当に」

 抱きしめていてくれたアルフィーが体を離す気配がしたので、エラも涙を拭いながら抱擁を解いた。

「あの人は…?」

「今マテウスが見張ってる」

「マテウスさん…どうやって来たの?」

「あいつに狙われてるの俺だと思ってたから、転移魔法の魔法陣渡されてたんだよ。何かあったら母さんの命令で俺の所まで飛べるようにって。母さん、儀礼称号とはいえ、ラピス軍陸軍最高司令官だからね」

 つまり、少佐の地位にあるマテウスは上官命令でここへ来たと?

「……それっていいの?」

 王族は儀礼称号として軍の肩書きを持っているが、あくまで儀礼称号だとエラでも知っている。政治に口を出さないという決まりではないのだろうか。

 アルフィーは肩を竦めた。

「全くよくない。けどま、これで国も重い腰をあげるかもな。……良い方向にいけばいいけど」

「?」

 エラが首を傾げるとアルフィーは何でもないよと笑い、通りに目を向けた。丁度パトカーが到着したところだった。




もう少しお付き合いを!

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