エラのピンチ 1
「……うちの従業員に何の用です?」
ルークが声を固くして来店した客に尋ねたのをエラは工房側で聞いていた。
知らない声だ。誰だろう。
まさかストーカーじゃないわよね?
ついエラと身を固くして店側の様子を伺う。
「彼女に用があるんですよ」
「要件があるなら伺いましょう。何の用……」
次の瞬間、バチバチッと凶暴な音がするのと、ルークが呻き声を上げてドサッと倒れ込んだのはほぼ同時だった。
「店長!?」
工房の入り口に倒れたルークを助けようとして動いたエラだったが、意識のないルークを足蹴にして入ってきた見知らぬ男に戦慄して足を止めた。ストーカーの男ではない。
男はスタンガンを片手に持っていた。筋肉質でよく動けそうな体。工房側に出入り口は無し。どう考えてもエラが一発逆転できそうな雰囲気はない。
男はニヤァと嗤い、バチバチとスタンガンを鳴らしながらエラに近づいて来た。
エラは恐怖で動けなかった。
ダスティンは郵便局から帰ってきて、フランマのドアを開けた。
「ただいまー」
しかし返事がない。
「ん?エラ?叔父さん?」
いつもならどちらか、あるいは両方がおかえり、お疲れ様と言ってくれるのに、店は鎮まり帰っている。
不審に思いながらも足を進めたダスティンは、カウンターレジの裏でルークが倒れているのを見つけた。
「叔父さん!?」
慌てて叔父を抱えると、小さく叔父は呻いた。よかった。生きてる。
それにホッとしたのは束の間で、すぐにエラが見当たらない事に焦る。
「エラ!おい、エラ!」
工房も、二階も、屋上にもエラはいない。
真面目な彼女が仕事中にいなくなるなどありえない。
まさかストーカーに攫われた?
サッとダスティンは顔色を変えて、救急車と警察の手配をした。
その次にエラのスマホに電話をかけるが、彼女のスマホは店の二階で鳴っていた。
愕然としながらもダスティンは近くの顔見知りの人達に助けを求め、エラを探した。
常日頃からこの商店街で人気者なエラの失踪と聞いて、動ける者があちこちに散った。
だがエラは見つからなかった。
研究所を飛び出したアルフィーは自分の車に飛び乗ると、一目散にコブランフィールドのフランマを目指した。
杞憂ならいい。エラの無事さえ確認できれば。
無事ならすぐにでも警察に保護してもらわなければならない。もし警察が推測でそんな事ができないと言うのなら、ストーナプトンの家に連れ帰る。そうすれば母を守る護衛官達や父の魔法が必然的に守ってくれるはずだから。
エラを守る為ならどんな権力だって行使してやる。
だが、車をぶっ飛ばして着いたフランマで、アルフィーは戦慄した。
いつもは地元の商店街らしく穏やかに賑わっている場所には数台のパトカーと一台の救急車がいて騒然としていたからだ。
「っ…エラ!」
駐車禁止だろうが構わず車を駐車して降りると、誰かがフランマから救急隊に運び出されて救急車に乗せられている所である事が野次馬の隙間から伺える。
「エラ!!」
野次馬を掻き分けて前へ出ると、救急車に乗せられているのはルークだと気がついた。ダスティンが青い顔でルークに付き添って行こうとしている。
アルフィーは慌ててダスティンを呼び止めた。
「ダスティン!」
「え…?おま、アルフィー!?」
「エラは!?」
警官の一人がアルフィーを止めようとしてきたが、ダスティンと知り合いだと気がつくと通してくれた。
そんな事には頓着せず、アルフィーは焦りのままにダスティンに詰め寄る。
「お前、どうして……」
「エラは無事か!?」
ダスティンはウルフアイを見張り、苦々しそうに顔を歪めた。
「エラ…は、行方不明だ…」
「行方不明…?どういう事だ!」
「何が起きたか分かんねえんだよ!俺は郵便局に配達の魔石届けてて……帰ってきたら叔父さんは倒れてるし、エラはいねぇし……!たぶん、ストーカーが何かしたんだ。エラが、あいつが仕事中にいなくなるわけない!早くエラを助けねえと…!」
ダスティンも混乱しているのだろう。
アルフィーは必死に冷静になろうとした。
エラに何かあったら。
それだけは防がなければ。
何の為にあの日離れたのか分からなくなる。
アルフィーは近くにいた刑事らしき二人組に喰ってかかった。
「緑眼ハンターはどうなってる!?」
「緑眼ハンター?」
「エラの目は妖精の月の瞳だ!あいつはエラを狙ってるんだ!」
「何?」
「落ち着いてください」
これが落ち着いていられるか!
「エラは二年前にも緑眼ハンターに狙われてる!あいつはまた狙ったんだ!」
「どういう事……」
「冬にこの店は取材されてる!それを見てあいつはエラを見つけたんだ!エラの居場所に見当はついてんのか!?早く助け出さないと、彼女が……!」
「落ち着いて下さい!」
怒鳴り返されてアルフィーは一旦、口を閉じた。
「貴方は?」
「っ、アルフィー・ホークショウ。エラの、元恋人です。…ストーカーはしてませんよ」
先手を打ってエラのストーカーは自分じゃないと訴えると、刑事達は一瞬視線を交わした。
「行方不明のエラ・メイソンさんは妖精の月の瞳を持っているのですか?それで、緑眼ハンターに狙われるのは二度目だと?」
「調べれば分かる。二年前、湖群国立公園での銃撃事件の被害者だ。俺もその場にいた」
刑事の一人が相棒に視線をハッキリとやり、その視線を受けたもう一人はどこかに電話をかけ始めた。
もうアルフィーは待てなかった。
「頼む、教えてくれ。エラの居場所は掴んでるのか?」
「…今、全力で探しています」
アルフィーは息を呑んだ。
それはまだ見つかっていないという事だ。
エラ……!
へにゃりと笑った顔が頭に浮かぶ。
もしあの笑顔を永遠に失ったら。
立ち尽くしていると、ガッと誰かに肩を掴まれた。
「おい、緑眼ハンターってどういう事だ!?エラを狙ったって……そいつが狙ったのはお前じゃねえのかよ!?」
ダスティンだった。
乱暴に振り向かされて、左耳のピアスが揺れて首にぶつかった。
「俺もそう思ってた……でも違ったんだよ。あいつは最初からエラを狙ってたんだ。最近の被害者はほとんどが黒髪だ。あいつはエラを……」
「…そんな………そんなわけっ……!じゃあ、あいつは……」
「…早く見つけないとエラが危ない」
それだけは確かだった。
早く、早く見つけなければ。
あの笑顔を永遠に失う事になる。
それだけは、どうか。
でも手がかりが無い。エラを探したくても、何も手がかりがないのだ。
今この瞬間にも彼女の命は危険に晒されているというのに。
「クソッ!」
ダスティンがガンッとフランマの外壁を拳で叩いた。
アルフィーも拳を握りしめて俯いた。
「エラ……」
俺が離れたから。
唇を噛み締める。
今更過去を悔いたって何にもならない。
弱気になるな。何かあるはずだ。エラを見つける方法が。
弱気になるな。
アルフィーは弱気な自分を追い出そうと頭を振って、首に当たった左耳のピアスを思い出した。
自分を落ち着かせようとピアスに触れる。
自分はエラが作ってくれた魔石に守られているのに、彼女は今危険に晒されている。
「半人前にもなってない俺じゃあ迷子の魔石は作れねぇんだよ……!」
ふ、と悔しそうなダスティンの呟きが耳に入った。
迷子の魔石。アルフィーが誘拐された時にエラが作ってくれた魔石。あれのおかげでアルフィーは保護された。
あの時彼女は、このピアスに込められた自分の魔力を探す追跡魔法を込めた魔石を作った。
ーーーそうだ。
「ダスティン!紙とペンをくれ!」
「は…?」
驚いているダスティンを待っている暇も惜しくて、アルフィーは警察がいるフランマに踏み込むと、レジカウンターからペンを借り受け、止めようとする警察を振り切って工房側のオーダーメイドの客用の机から紙を一枚取り出し、その机の上でガリガリと魔法陣を描き始めた。
「何をする気ですか!?」
「おい、アルフィー?」
追いかけてきた刑事とダスティンがアルフィーの手元を覗き込む。
描かれていくのは転移魔法の魔法陣。
「ダスティンのおかげだよ」
「何が……」
「このピアスは、エラの魔力で魔法付与がされてる。だから、飛べるはずだ」
転移魔法は基本的には追跡魔法に似ている。転移する先に魔法陣が必要なのだ。何もない場所に転移はできない。必ず魔法陣がいる。
だから軍は主要駅に印となる魔法陣を置いて、転移できるようにしているのだ。
勿論エラは魔法陣など持っていない。
けれど過去の魔術師達は魔法陣が無い時も転移魔法を使用して、大方が失敗した方法がある。現在では危険すぎると完全に廃れ、文書でしか残っていないやり方。
それは指定した魔力を持つ人の所への転移。
魔力は人によって違う。電気のバッテリーみたいに魔力を留めておく方法がない中、どうやって過去の魔術師達が転移先の魔力を指定して転移したのかは分からない。だからこそ大方が失敗して命を落としたり傷害を負ったりし、確実な方法である魔法陣を転移先に置く方法が開発されてからは廃れたやり方なのだ。
当然アルフィーはエラの魔力を知らない。そんなDNAレベルで違うものを指定できるわけがない。
でもアルフィーにはエラが作った破邪退魔の魔石がある。
魔法陣を描き終わったアルフィーは、左耳のピアスを外して手に持ち、魔法陣の紙を床に置くと、アルフィーはその上に立った。
そして呪文の詠唱を始める。
「待って下さい!一体何をする気ですか!?」
刑事が止めようとしてくるが、防御魔法で弾いた。
今もエラは危ないんだ。
止められてたまるか。
ぎゅっとピアスを握りしめる。
きっとこのピアスは魔法に耐えられず、壊れるだろう。
それでもいい。
エラを守れるのなら。
「この石に魔力付与をした人物の元まで俺を運べ!」
次の瞬間。
アルフィーの姿はフランマから消えた。




