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EX3 いつも通り過ぎて

 幼馴染が彼女になった。

 不思議なことに肩書きが変わっただけで、世界が変わったような気がしてくる。

 いつもは眠くて仕方がなかった朝の通学路も、眠気も覚めて朝の透き通った涼しい空気を楽しむ余裕さえあったし、登校までの時間もいつもよりずっと短かった気がする。


「なんかあっという間だったねー」


 隣を歩く陽菜も同じことを思っていたようだ。

 名残惜しいと思いつつ、そのまま教室まで直行する。別に今日だけじゃない。明日も明後日も、ずっと一緒に登校できるのだから。


(…………あ。でも、このまま一緒に入ってもいいのか?)


 一緒に登校して仲睦まじく教室に入ったりなんかしたら、『付き合っている』ことがバレバレなのではなかろうか。

 いや、俺は別にバレてもいいのだが。陽菜が望んでいる以上、少しは隠す努力というものをした方がいいのでは……?


「おっはよー! かざみんっ!」


「おはよう、陽菜ちゃん。……で、お前は何してんだ?」


「えっ?」


 俺がふらふらと悩んでいる間に教室に入ってしまったらしく、氷空に怪訝な顔をされている。……入ってしまったものは仕方がない。ここは平常心だ。


「よ、よぉ、氷空。今日は雨が降りそうで嫌な天気だな。傘は持ってきたか?」


「どう見ても快晴だろうが」


「……………………」


 帰ってきてくれ。俺の平常心。

 しかしいきなりミスを犯すとは……! これではますます怪しまれてしまう……!


「ま、お前の頭がおかしいのは今に始まったことじゃないか」


「……………………」


 色々と胸ぐらを掴みながら言ってやりたいことはあるが、ここはよしとしよう。


「それにしてもアレだな。そうやって二人で揃って登校しているところを見ると……」


「…………っ……」


 不意打ち気味の氷空の反応に思わず固まってしまう。

 続く言葉を待っていると、


「……いつも通りのお前らが帰ってきたなーって感じがするよな」


「いつも通り?」


「そうそう。陽菜ちゃんが休んでた時のお前は見てられなかったからな。そうやっていつも通り二人で登校しているところを見ると、ようやくいつも通りに戻ったなって感じがするよ」


 いつも通りか…………言われてみれば陽菜とは普段から一緒に登校してたしな。

 今更、一緒に登校したぐらいで何も思われないか。


「…………♪」


 氷空の言葉に、陽菜はどこか機嫌良さそうに目線を送ってくる。

 傍から見ればいつも通り。だけど俺たちの中では違う。

 幼馴染に恋人という新しい肩書きが加わった、明確に違ういつも通りを始めているんだ。


 ……でも、なんかいいな。こういうの。


 ――――そ。私もちょっと照れくさいってのもあるけどさ。……ほら、二人だけの秘密って、なんだかドキドキするでしょ?


 陽菜の言っていたことが少し分かった気がする。

 ささやかなものだとしても、確かに二人だけの秘密というのはドキドキする。

 最初は恥ずかしさがあるという理由で周囲に隠そうと提案したものの……今は別の意味で隠したいと思ってしまう。


 どちらかというと氷空には色々と心配をかけてしまったわけだし、言ってもいいんだけど……もう少し。もう少しだけ、このままでいさせてもらおう。


     ☆


 HRと一限目の授業が終わり、次は体育の時間だ。

 今日は男子がバスケ、女子がバレーになっているので、同じ体育館での授業となる。

 陽菜の方は相変わらず運動神経抜群で、さっきからバシバシとスパイクを決めて女子の側は大盛り上がりだ。


「相変わらず陽菜ちゃんは運動神経がいいよなー」


「そうだな。昔っから勉強もスポーツも得意だったし、スカウトの話もひっきりなしだったらしい」


 ついでに言えば予知能力由来の勘の良さもあるのだろう。

 相手のブロックを先読みしたかのような動きで点を取りまくっている。

 そんな陽菜をスカウトしようとして女子運動部の連中が押しかけてきたことがあったが、陽菜はそれを尽く断ってきた。今思えば、予知能力由来の勘の良さを使って公式戦で勝つことに、あいつ自身多かれ少なかれ「ずるをしている」という気持ちがあるのかもしれない。


「美しい……眼福だ」

「ああ……俺、このクラスでよかった……」


 大盛り上がりの女子の方とは対極的に、俺たち男子サイドはやけに静かだ。

 バスケはグループに分かれて試合をしているのだが、その順番待ちをしている男子たちは皆がそろって間抜けな表情をしながら女子のバレーを眺めている。

 ……というか、よく見れば試合をしている連中も視線がバレー側へと泳いでいる。


「ほいっと!」


 そんな男子側の静けさなどものともせず、陽菜はまたスパイクを決めた。


「「「おお――――っ!」」」


 大盛り上がりする女子たちに加え、なぜか男子たちも盛り上がっている。


「陽菜のやつ、すげぇな。あんまり活躍するもんだから男子こっちの視線も持ってかれてるし」


「いやぁ、確かに活躍してるからこその盛り上がりだが……あのアホ共が盛り上がってるのは、そういう意味じゃないと思うぞ?」


「?」


 氷空の言っていることがいまいち理解出来ず首を傾げる。

 そうしている間にもまた陽菜がスパイクを決めた。盛り上がる男子たちの視線を良ーく観察して追いかけると…………その視線は、陽菜の胸部へと向けられていた。


 ……なるほど。確かに陽菜はスタイルが良い。

 小柄で胸も大きくて、制服よりは露出が増える体操着は確かに眼福だし、スパイクを打つ時の姿勢がなまじ良いだけに瞬間的にその豊満な胸が悩ましく揺れることもあるだろう。


「…………なんか、すっげぇムカつく」


「何を今更。体育の時間、陽菜ちゃん目当てでサボるやつだっているぐらいだぞ」


 今更。確かに今更だ。陽菜は前々から人気があったし、俺だって分かっていたはずだ。

 彼氏になって改めて気づかされた。陽菜がどれだけ周りからの人気があるのかということに。


「…………♪」


 どうやら女子の試合は陽菜のいるチームが圧勝したらしい。

 チームメイトたちと勝利を喜びあっている合間に、陽菜はこっそりと俺に視線を向けてきて……微笑んでくれた。


 それだけでたまらなく嬉しくなるし、あの笑顔を独り占めしたいという欲求も湧き上がってくる。


「なぁ。今の陽菜ちゃん、月代に向かって笑いかけてなかったか?」


 ……周りの誰かの呟きに、思わず反応してしまう。

 まずい。今のでバレてしまったか? いや、この際ばらしてしまった方がいいのだろうか。彼氏が傍に居れば、ああいう視線を無遠慮に向けられることも少しは抑えられるかもしれないし……。


「いつものことだろ」

「いつものことだったな」


 ………………バレなかったのでよしとしよう。


     ☆


 午前の授業も終わり、昼休みの時間になった。

 この天上院学園には食堂だけでなく、外にはテラス席まで用意されているので、昼食を食べる場所は意外と多い。生徒たちが各々の場所に散らばっていく様は、昼休みごとの見慣れた光景となっている。


 そんな俺たちの昼休みはというと、基本的には俺、陽菜、氷空の三人で過ごすことが多い。

 場所は特に決まっていない。教室だったり食堂だったりテラス席だったり屋上だったり……その時の気分によって変えている。


「氷空、どこで食う?」


「教室でいいだろ。次、移動教室だし」


「ああ、そうだったな」


 食堂に行っても教科書を取りに戻ってから移動先の教室に行くのは少し手間だ。

 かといって、いちいち教科書を持って食堂に行くのも面倒だ。

 そうなってくると教室で食べるのが一番手間と面倒がない。同じようなことを考えているやつも多いのか、今日の教室は少し賑わっている。


「かざみんは今日もパン? そればっかりだと体に悪いよー」


「だから学生のうちに食っとくんだよ。二人は……今日も普通に弁当か」


「普通で悪かったな普通で」


 言いつつ、机の上に弁当箱を広げる。

 白米に卵焼き。ミートボールにウィンナー。ブロッコリー、トマト……などなど。

 内容は至ってシンプルなお弁当だが、これは陽菜が作ってくれた手作り弁当である。

 彼女の手作り弁当。この響きだけでただの弁当も豪華ディナー並みの食事になるというものだ。


「ん? 二人とも、弁当の中身が一緒だな」


「…………っ……!」


 しまった! こればかりは迂闊すぎた!

 俺の弁当は陽菜が家で作ってくれたものだ。そうなれば当然、陽菜の弁当の内容も同じになる。机の上にまったく同じ内容の弁当が二つも並んでいれば氷空が怪しむのも当然だ。

 何とかして誤魔化さないと……!


「そ、氷空。これはだな……」


「? 陽菜ちゃんに作ってもらったんだろ? いつものことだろうが。今更になって説明されなくても分かるって」


「…………そうだな!」


 確かに普段から陽菜に弁当を作ってもらうことはあったな。珍しくない程度には。

 そもそも朝から俺の家に上がり込んでは朝食を一緒に食べてたぐらいなんだから。


 その後、昼休みは特に何も起こることなく終わった。


     ☆


「…………まったくバレる気配がないな!」


 特にバレる心配もなく放課後になってしまった。

 氷空は先に帰宅し、俺と陽菜は先生から頼まれた資料を指定の教室まで運び終えたところだ。廊下に人けはなく、窓の外からは部活動に勤しむ生徒たちの活発な掛け声が聞こえてくる。


「あははっ。そうだねー。考えてみれば、お弁当とか一緒に登校とか、前々から普通にやってたもんね」


「うーん……なんか、イベントを先取りしてしまってた気分だ……」


 おかげで(?)周囲からは「いつも通りね」で流されてしまう始末。

 いつも通り過ぎて逆にバレないとは……周りには隠す方針にしているので都合が良いといえばいいのだが、なんというか……。


「ゆーくんは、むしろ周りにバラしたいの?」


「いや……そういうわけじゃないんだけど……まったくバレないとそれはそれで寂しい、みたいな」


「けっこうめんどくさいね」


「うるさいな……俺だって浮かれてるんだよ。彼女が出来て」


「ふ~~~~ん? 浮かれてるんだ?」


「…………そうだよ」


 にやにやとしている陽菜から目を逸らす。

 ちなみに嘘はついてない。彼女が出来て浮かれているというのは本当だ。


「…………ま、逆に周りのみんなが見てる『いつも』とは違うことをすれば、怪しまれちゃうかもね」


「恋人らしいことで俺らがまだ周りに見せてないものって、逆に何があるんだよ」


 むしろだいたいやり尽くしてしまっている説が浮上しているところだというのに。


「たとえば…………」


 不意打ちだった。

 陽菜が急に俺の目の前に回り込んできたかと思うと、そのまま背伸びをするように顔を近づけてきて――――唇を唇で塞がれた。


「…………こーいうのとか?」


「…………したいのか、人前で」


「ふふっ。ちょっと恥ずかしいかも」


 窓の外からは部活動の掛け声が聞こえてくる。その声は心なしかさっきよりも大きく聞こえてきて、人の気配を色濃く感じさせた。


「ねぇ、ゆーくん」


「……なんだよ」


「ここでするとバレちゃうかもしれないけど……もう一回、する?」


 答えは言葉にはしなかった。リスクなんてお構いなしに、俺は恋人の身体を抱きしめた。






短編「同級生の心の声を聴いてみたらデレデレだった。」を投稿しました。


短編なのでサクッと読めると思います。

よろしければどうぞ!


https://book1.adouzi.eu.org/n6926hg/


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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘々じゃけぇ(^ω^)
[良い点] 更新待ってました。 [気になる点] 最近1話から読み返して思ったのが、ゆーくんは何故に家族に捨てられた理由やら、捨てられたのにお母さんが居るのか良く解らないですね。
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