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第28話 雨上がりの陽光

前の話数がミスってました。

前回が第27話、今回が第28話が正です。

「……げっ。マジで雨が降ってやがる」


 帰りのホームルームも終わり、下校を試みた矢先のこと。

 曇天より降りしきる無数の雨粒が透明なガラスを叩き、天気予報を見事に裏切る景色が外に広がっていた。


「ふっふっふー。傘持ってきてよかったでしょ?」


 今朝、起きた時は洗濯物を乾かすには絶好の機会だと言わんばかりの青空だった。

 陽菜が傘を持って行った方がいいと言い出した時は、こいつは一体何を言ってるんだと思ったもんだが……。


「時々、お前は本当に予知能力でも持ってるのかと疑いたくなるぜ……」


「あはははー。まっさかー。ただ勘が良いだけだよー。そんなのあるわけないじゃーん。あはははは……」


「当たり前だろ……って、なんで目を逸らしてんだお前は」


「何でもないよ。ただ外の景色を眺めてただけだよ」


「とはいえ実際、陽菜ちゃんの勘は良いよなぁ。オレも今朝メッセージを送ってきてくれたおかげで助かったけど」


 どうやら陽菜は今朝の段階でメッセージを飛ばして、氷空にも傘を持たせていたらしい。


「案外、本当に予知能力者だったりして」


「バカ言ってないで王子様は早くバイト行きなよ」


「そうだぞ王子様。バイト先で星野さんが待ってるぞ」


「もしかしてオレ喧嘩売られてる?」


 聞いたところによると、氷空は最近、星野さんのもとで新しいバイトを始めたらしい。

 何をしているのかを訊いてみたところ、星野さんの実験やら発明やら王子様探しを手伝っているやら。

 下手に王子様を探し回られるよりも傍に居た方が誤魔化すための対応がしやすいのと、星野さんは発明で色々と儲けてるだけあって金払いが良いと、氷空も複雑そうな表情で話してくれたっけ。


「……ま、とりあえずオレは行くわ。じゃあなお二人さん」


 ひらひらと手を振って教室から去っていく氷空。

 その足取りは重いのやら軽いのやら、大変複雑そうだった。


「俺らも帰るか」


「そーだね……って、あれ?」


「どうした」


「筆箱がない……どっかで落としたかな」


「さっき移動教室だったから、そこじゃねーの?」


「そうかも。ちょっと取ってくるから、ゆーくんは先降りてて」


     ☆


 先に下駄箱まで降りて、待つこと十分。


「お待たせー……って、ゆーくん?」


 無事に筆箱を回収してきたらしい陽菜が、俺の身体を見て首を傾げている。


「なんか濡れてるけど……どしたの? ていうか、折り畳み傘持ってたよね?」


「貸した」


「え? 誰に?」


「分からん。たぶん一年生だと思うけど……名前までは聞かなかったな」


「…………もしかしてそれ、女の子?」


「おお、よく分かったな。そうそう、一年生の女の子でな。なんでか泣きながら雨の中を突っ立ってたからさ、傘を貸したんだよなー」


「また出たよ!! ゆーくんのそーいうところ!!」


「どういうところ!? いや、めちゃくちゃ良いことしただろ!」


「良いことだけど! めちゃくちゃ良いことだけどさ! でも、こう……ビックリだよ!!」


「何が!?」


「私が戻ってくるまで十分ぐらいだよ!? こんなの休み時間一つあればフラグを建てられる計算になるじゃん!! 匠も驚きの早業だよ!!」


「お前、何怒ってんだよ……?」


「幼馴染が親切心で持たせてあげた傘を、よりにもよってフラグ建築の資材にされたらそりゃ怒るよ!! 建築基準法の中なら何やってもいいと思ってるの!?」


 どうやらこいつは、俺が一年生に傘を貸し出したことが気に喰わないらしい。


「……でも、まあ。その話が本当なら仕方がないからね。いいよ別に。許してあげる」


「お、おおぅ……なんで怒られてんのか未だにわからんが、とりあえず許されたんだな」


「でも、もう今度から雨が降るって思っても、ゆーくんには教えてあげない」


 陽菜は頬を膨らませながらぷいっとそっぽを向いた。

 理不尽だ。俺はただ、一年生に傘を貸してあげただけだというのに……。


「……ほら」


 陽菜は相変わらずそっぽを向きつつも、鞄の中から出した折り畳み傘を広げて、俺に差し出してきた。


「……入りなよ。ゆーくん、傘持ってないでしょ」


「いいのか?」


「いいもなにも、ずぶ濡れになるゆーくんの隣で、自分だけ傘をさして帰れるほど、冷たくないつもりだよ」


 ……知ってるよ。それぐらい。

 なんて、口には出さないけれど。


「……でも、傘はゆーくんが持ってよね」


「はいはい。分かりましたよ」


 陽菜のお気に入りらしい、スカイブルーの折り畳み傘を受け取る。俺はこれでも体格的にはまあ恵まれてる方だし、陽菜は逆に小柄だし。身長差的に俺が持つのは自然な流れだ。

 小さな傘の中に二人で入って歩みを始める。上下左右を雨粒の音が埋め尽くし、今朝よりも下がった気温が身体を冷やす。


「陽菜、もうちょっと中に入れ。濡れるだろ」


「それはゆーくんもでしょ。肩、濡れてるし」


「この傘はお前のだからお前を優先させるのは当たり前だろ。それに、ずぶ濡れにならないだけありがたいんだよ」


 それでも身体を寄せてこない陽菜にしびれを切らした俺は、彼女の手を掴んで、やや強引に引き寄せる。


「ひゃっ。ゆ、ゆーくん?」


「お前が濡れてちゃ、俺が濡れる意味がないんだっての。俺の肩の犠牲を無駄にするな」


「…………うん」


 こくり、と頷く陽菜。こんな時は大人しい。

 ……そして、気づいた。陽菜を引き寄せるために繋いだ手を離し損ねたことに。


「…………」


「…………」


 なんとなく繋いだまま、雨の中の歩道を歩く。

 ……さっきのうちに車道側についたのは正解だったな。手を繋いだままだと、さりげなくは車道側に回れないし。

 さりげなく。これがモテの秘訣なのだ。……まあ、ここには陽菜しかいないけどさ。


「……ちょっと寒いね」


 何気に衣替えは既に終わっており、陽菜も俺も夏服だ。

 この冷たい雨で気温が下がった中、白い半そでのシャツを着ているのは確かに寒いかもしれない。


「もうじき夏休みが始まるとは思えんな」


「だねー。……あ、夏休みと言えばその前に期末テストがあるっけ」


「嫌なこと思い出させるなよ」


「何言ってんだか。なんだかんだ勉強してるくせにー。楽勝でしょ?」


「楽勝とは言わんが、まあ……慌てるほどじゃないかな。でもテストは嫌だろ。気分的に」


「まあね。やっぱり学生たるもの、テストというものに対しては嫌だなーってスタンスを示しておかないと」


 そんな他愛のない話をしていると、不意に後方から車が勢いよく車道を走る音が雨音に紛れて聞こえてきた。ちょうどタイヤが勢いよく過ぎ去るであろう場所には大き目の水溜まりが出来ているのが見えており、咄嗟に自分の身体をブラインド代わりにして、陽菜の身体を車道から遠ざける。


「陽菜っ」


 予測した通り。

 車がすれ違った際、盛大な水しぶきが上がった。背中に水が派手にぶちまけられ、頭にもかかった。毛先からぽたぽたと雫が落ちているけれど、どうやら俺の身を挺したブラインドはギリギリ間に合ったらしい。陽菜には水の一滴もかかっていなかった。


「……大丈夫か?」


「う、うん……ありがと」


 ……距離が近い。いや、それだけじゃない。

 片手で傘はさしたままの体勢で庇ったせいだろうか。もう片方の手はコンクリートの塀に、陽菜越しにドンと手を突く形になっていて。姿勢もやや前かがみ。……所謂、『壁ドン』の姿勢になってしまっていた。


「…………」


「…………」


 雨粒の音がやけに大きい。

 それ以外の音が何も聞こえなくなっていて、ある意味で世界が真っ白になってしまったかのような……俺と陽菜以外に、誰も居なくなってしまったかのような。そんな錯覚さえ起きていて。


 陽菜の顔が、すぐ目の前にある。


 太陽のように綺麗な金色の髪も。赤く染まった頬も。桜色の柔らかそうな唇も。長いまつげも。潤んだ瞳も。全てが、目の前にある。少し近づけば、手に届いてしまう距離。


 すぐに退けばいいのに。傘をさして壁に手を突いたまま、俺は金縛りにあったように動けなくなっていた。


「……………………」


「……………………」


 目が離せない。俺も……たぶん、陽菜むこうも。

 この姿勢は陽菜に逃げ場を許さない。だから俺は早く退かないといけないのに。


 そして……こちらを見つめる瞳が、急に近づいてきて。


「――――っ」


 陽菜がつま先で立って、伸びあがったんだと。背伸びをした、ということを認識した瞬間。


 ――――互いの唇と唇が、触れあった。


 ……それからどうしていただろう。どれぐらいの時間が経っただろう。


 長かったような。短かったような。

 永遠だったような。刹那だったような。


 気づけば雨音は消え、世界に静寂が満ちる。


「…………雨、止んだね」


 陽菜の声が、真っ白な世界に彩りを滲ませる。


 いつの間にか青空から差し込む陽光が、俺たちを包み込んでいた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] キマシタワー! 爆烈はよはよ! 数日かけて読み進めてつ・い・に! たまらん! [気になる点] 肝心のシーンがですね、ちょっと表現に難があるかも。 「陽菜がつま先で立って、伸びあがったんだ…
[一言] エモい…ただただエモい…
[良い点] あぁぁぁあ!!!!ああぁぁ!!(歓喜)
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