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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第6章 再生
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(10)永遠のフルムーン

 ――あなたから欲しいものは……もう、何もない


 それは美月からの最後通牒のように聞こえた。

 これ以上、未練がましく愛の言葉を口にするべきではない。彼女は新しい人生を歩み出そうとしている。その隣に立つのは悠ではない。選ばれなかったのではなく、自ら捨てたのだ。

 今の悠に愛を乞う資格はない。

 美月の冷たい態度に、精一杯の虚勢を張って見せる。少しでも彼女の負担にならないように。そんなことを思いつつ、悠はドアに手をかけた。


(もう……これまでだ。諦めろ……おまえにチャンスはない)


 開いたドアの間から、足を一歩踏み出せばいい。

 帰国して、できるだけ早いうちに離婚届けを提出する。身の振り方はそのあとで考えても……。


(本当にいいのか? おまえはまだ、カッコつけるだけのプライドを残してるじゃないか。それで本当に後悔しないと言えるか!?)


 心の月を永遠に失うことになる。

 頭に響く叱咤する声を振り切ることができないまま、悠はドアノブから手を離した。ドアはゆっくりと音を立てて閉まる。

 もう一度、美月に頼んでみよう。いや、もう何度でもお願いしてみるしかない。土下座してでも、足元に縋りついてでも……ひれ伏すくらいがなんだと言うんだ。

 警察に突き出されて、強制送還されるまで粘れば、美月も根負けしてくれるかもしれない。

 

 いささか危険な考えに囚われかけたとき、背後から嗚咽とともに救いの声が聞こえてきた。


 行かないで……と。



~*~*~*~*~



 美月の仕事場である個室は管理棟に、そして私室は裏庭の一角、三階建ての宿舎の中にあった。一階の角部屋、二間続きの日当たりのいい部屋だ。

 彼女の大泣きに誰もが驚き、一時は飛んで来たジュードに悠は放り出されそうになった。

『なんでもないの。あの……主人が、私と子供のために仕事を辞めてここで暮らしてくれるって。それで、嬉しくて……だから、心配しないで』

 美月がそう説明してくれなければ、本当に警察を呼ばれていたかもしれない。

 そして、美月が落ちつくまで部屋で休んだほうがいい、ということになり……悠は彼女を抱き上げ、私室まで連れて来たのだった。


「あの、ごめんなさい。……私」


 美月は悠に抱きついたまま離れようとしない。そのため、悠は彼女を抱えたままソファに腰かけた。

 こんなふうに甘えられることなどなかった気がする。本当に受け入れてもらえたことを実感して、悠も嬉しくて堪らない。

 思えば、他の何と引き換えにしても彼女を手に入れたい、それほどまで愛したのは初めての経験だ。

 頼られることも、甘えられることも、全部受け止めて、自分の全力で彼女を守りたい。そんな気持ちがこれほどまでに誇らしいことだとは知らなかった。


「重いでしょう? 結構体重も増えてるから……下りるわ」

「僕の膝の上は座り心地が悪い?」

「そうじゃないわ、でも……」

「じゃあ僕の上にいてくれ。一生、尻に敷いたままでもいいよ」


 悠の返事に美月はクスクス笑い始めた。

 ただそれだけのことなのに、彼女の笑顔を見ているだけで心が満たされていく。


「あの……悠さん。赤ちゃんのことで……話しておきたいことがあるんだけど」

「何? 性別かな?」

 美月の髪を撫でながらポニーテールをほどいた。

 甘い薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。それが香水ではなくシャンプーの香りだと気づき、悠は美月の髪に顔を埋めた。

「僕はどちらでもいいよ。なんだったら双子でもかまわない」

「残念ながらひとりなんだけど……。ねえ、悠さん、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるよ。でも、日本にいたときは髪の香りが違う。君がこんなにセクシーなシャンプーを使ってたとは知らなかったな」

「……悠さん、酔ってるみたいだわ」

「ああ、初めての恋に酔ってるんだ。シャンプーの香りにKOされる日がくるなんて、思ってもみなかった」

 正直な感想だった。

 意味もなく笑い出してしまいそうなほど、気分が高揚してどうしようもない。


(“愛してる”の言葉は媚薬だな……)


 すると、美月も諦めたのか、悠にもたれかかったまま話し始めた。

「実は……精子バンクは利用してないのよ」

「それは、遺伝子上の父親から親権を要求される可能性がある、ということかな?」

 美月は正真正銘、悠の妻だ。

 どんな人間が相手でも退けるつもりではいるが、美月がそれを望まなければ無理強いはしたくない。だが……美月の産む子供が、自分以外を父と呼んで育つことに許しがたいものを感じた。


(ああ、これが自業自得というヤツか。それもこれも、愛を認めようとしなかった僕のせいだ)


 悠がどん底まで落ち込みそうになったとき、美月は実にあっさり引き上げてくれたのだった。

「いいえ。この子の父親は、あなたから子供に関するどんな権利も奪うことはできないと思うわ」

「それは……よかった。でも、ひょっとして、もう亡くなってる……とか?」

 美月の言い方はあまりにも断定的で、それ以外は思いつかない。

「違うのよ、そうじゃないの。だから……なんて言えばいいのかしら。もう十六週……五ヶ月目に入ってるのよ」

「……」

 妊娠の週数で言われてもさっぱりわからない。

 何ヶ月という数字も、単純に足し引きすればいいものではない、ということは知っている。だが具体的にどう計算すればいいのか、日本最高峰の大学に通ったが教えてはもらえなかった。

「わざとだと思うならプロポーズを取り消してもかまわないわ。ただ……計算が正確なら、最初の夜か、お花見のときのホテルか……教会で授かったのならロマンティックで素敵。ああ、でも、子供には言えないわね」

「み、みつき?」

「ちゃんとピルは飲んでたのよ。ただ……初めての経験だったから、二日ほど飲み忘れたみたいなの。ちなみに予定日はお正月の少しあとよ。ニューイヤー休暇に重なったら大変だわ」

「美月ちゃん……ストレートに答えて欲しいんだが。ブロンドの子供が生まれる確率というのは……」

 美月は悠の腕の中でにっこりと微笑む。

「ゼロよ。だって、私にセックスの手ほどきをしてくれたのって、悠さんだけだもの――怒った?」

「フ……フフフ……フ、ハハハ……」


 日本を発つとき、東京の実家に寄った。

 父から、

『自分は正しいと信じて、大きな過ちを犯していることがある。人生は不測の事態の積み重ねだ。過ちに気づいたら、なるべく早く謝ってやり直すんだ』

 そんな言葉をもらったが、悠は聞き流したのだ。

 一々言われなくともわかっている。自分は父のような過ちを犯さないよう、気をつけて生きてきた。沙紀の罠に嵌った以外に過ちはない、と。

 それが、もう少しで父と同じ……子供の存在すら知らない、愚かな父親になるところだった。


(偉そうに言ってコレじゃ……救いようがないな)


「ねえ、悠さん……本気で怒ったりしてないわよね?」

「怒ってないよ。それどころか、幸せ過ぎてチャールズ川沿いをスキップしたいくらいだ。ああ、笑ったのは……あまりに的外れなプロポーズだったな、と思って。でも、よかった……誰とも決闘せずに済む。君にもし、やっぱり子供の父親と一緒になる、と言われたら……どうやって、ソイツを始末しようかと考えてた」

 美月はほんの少しの間、絶句して、

「……本気に聞こえるわ」

「本気だからね」

「悠さんて……優等生に見えて、いざとなるとやることが突飛ね」

 呆れているのか、あるいは感心しているのか、微妙な口調だ。

「子供が生まれたあとに、日本に戻ってもう一度結婚式を挙げよう。お互いの家族や友だちも呼んで……君のウエディングドレス姿をご両親に見てもらおう」

「……悠さん」

「そうしたら、お義父さんに殴られずに済むかな」

 悠の言葉に美月が笑った。

 冗談ではなく、百パーセント本気だ。美月を守るため、邪な思いは一切ない。結婚するとき、そんな約束を交わしたことを思い出す。


 ふたりの視線が絡み、数秒間みつめ合ったあと、ソッと唇を重ねた。


 愛は欠けては満ちる月のように、たとえそのひと欠片すら見えなくなっても、いつも胸の中にあった。

 五年後、十年後、二十年後、いつかまた見失う日が来るのかもしれない。そのときは、今日の美月を思い出そう。愛する人を泣かせた胸の痛みと、幸せで満たしてくれた笑顔を。

 六千マイル離れていても、ふたりが同じ月を見上げてきたように――。


 この日、彼の腕の中で……愛は永遠に欠けることのない月になった。




                                  ~fin~




御堂です。

お付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。


予定を10か月ほどオーバーしての完結となりました…す、すみません。


本作のヒーロー悠…こいつがクセモノでした(ノω<;)

なんというか、感情の起伏が穏やかで、なかなか動いてくれません。

ひと昔前の優柔不断ヒーローみたいで(笑)


代わりに美月ちゃんが動く動く。

いやぁ、こんだけ積極的なヒロインはうちでは珍しいと思います。

黙ってないし、さっさと決めるし、Hのときも自分から…(〃ノωノ)


美月の妊娠は当てられた方も多い気がします。

実は3章くらいで…こうなるんじゃないですか?というメッセージをくださった方も(笑)


予定どおりのラストに着地できてホッとしています。

このあと結婚式のシーンも入れかったんですが…まあ、キリがよかったのでここで~fin~にさせていただきました。


時間をみつけて、結婚式は番外編で…うん、いつかきっと(←こら)


沙紀の件は…彼女の執着心は短い時間でケリのつけられるものじゃないと思います。

ただ、彼女の最後の言葉に…生まれ変わる可能性があると信じたいな…


私は勧善懲悪で悪を懲らしめるより、救いをみつけるほうが好きなので、だいたいいつもこのパターンになってしまいます。

ええ、なんといっても美月の大好きなパパ、太一郎がその筆頭かも(苦笑)


彼の悪党ぶりは拙著「愛を教えて」をご覧くださいませ<(__)>(←宣伝かいっ)


その太一郎主役の「輪廻2章」(サイト&なろう連載中)が絶賛放置中なんですよねぇ…次はこれをなんとかしませんと(^^;)


関連作「愛を待つ桜」「愛を教えて―輪廻―」も、未読の方はよろしくお願いいたします。



最後に―

拙作にお時間をいただきまして、どうもありがとうございました。

書籍、連載中の作品ともども、お目に留まりましたら、今後ともよろしくお願いいたします(*・ω・)*_ _)ペコリ


御堂志生(2013/6/8)


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