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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第4章 過去
36/55

(9)優しい月

*性的表現があります。苦手な方は飛ばして下さい。R15でお願いします。

 美月の羽織ったショールが肩から滑り落ちた。パジャマ代わりに着ているのはワンピースタイプの部屋着だ。長袖だが襟首はかなり開いていて、肩や胸の谷間が露わになる。

 そのまま、美月は悠の身体に抱きついた。


「……泣かないで」

「泣いてないよ。もう、そんなことで泣けるほど綺麗な心はしてない」

 悠の返答に美月は回した腕にさらに力を入れた。

「じゃあ……泣いていいわ」

「美月?」

「私があなたのママになってあげる。間違えてもいいのよ。罪を犯してもいいの。……いえ、よくはないけど、人は過ちを犯すものよ」

「君は……優し過ぎる」


 あのあと、母は父の言葉を信じ……すぐにふたりは仲直りした。

 悠にも謝罪と『本気で言ったんじゃないの』と言葉をかけてくれたが……。わだかまりを打ち消すことはできなかった。母の悠を見る目が変わった気がして、見えない壁ができてしまった。

 所詮、母は息子より夫を愛している。だからこそ、悠を捨てた男とよりを戻したのだ。母にとっては悠も、愛する男を取り戻すための道具だったのかもしれない。

 愛されたはずの記憶も、幸せな思い出も、それは人の心ひとつで冬の陽射しにすら溶け落ちる氷へと姿を変える。ほんの少し前まで、まるでダイヤモンドのような不変の輝きを放っていたものが、跡形もなく消え去った。


 ふたりはリビングではなく、悠の部屋へと戻る。


(彼女に甘えるべきじゃない。これ以上……弟たちも家の中にいるのに)


 そんな思いを胸の内に抱えたまま、悠は美月の身体を抱き締め、ベッドに倒れ込んだ。



~*~*~*~*~



『パパはたくさんの罪を犯した。でも……奈那子が美月を与えてくれて、やり直すチャンスをくれたんだ。だから、もしここで死んでも、自分のせいとは思わないでくれ。パパの命を価値のあるものにしてくれて……ありがとう』


 八年前の事件で美月の父が撃たれたとき、父は死を覚悟してそんな言葉を口にした。

 十代後半から二十代前半の父が、とても人に話せないほどの悪行を繰り返したことは知っている。お節介な人間はどこにでもいて、中学生の美月に色々なことを教えてくれた。

 だが、たとえどんな過去を耳にしても、美月には父を嫌うことはできなかった。同時に、母もすべてを許し、ともに贖罪の道を歩もうとしていたことを聞き……。美月はより一層、母の代わりになりたいという思いを強くする。

 父は命の危機に瀕したときですら、自分が美月や小太郎の実の父親ではないとは言わなかった。


 人生に、過ちを犯したと気づいたときは、取り返しのつかない過ちではない。


 美月はそんな思いを胸に弁護士になった。

 法により裁かれても自らの過ちを認めない人間もいる。そんな人間と父が同じであるはずはない、と。



 悠は美月の身体に溺れるように抱きついてきた。

 性急に彼女を求め、一刻も早く繋がろうとした。悠は父親を信じていないのではなく、ましてや母親を許せないのでもない。彼が何年も許せない人間がいるとしたら、それはたったひとりだろう。


「美月……悪い……こんなつもりじゃ」

 部屋着の裾をたくし上げただけで、彼自身は上着すら脱がずに押し込んできた。それは教会の敷地内で、生垣の影に隠れるように彼女を抱いたときより、さらに切羽詰まった様子だ。

「いいの。構わないから、抱いて」

「君を抱くのは間違ってる。そうと知りつつ……僕は最低の男だ」

「それで気が済むなら……最低の男になって。私と一緒に堕ちてちょうだい」

 悠は驚いたような顔をする。

「私も……あなたが思っているような女じゃないわ。可愛い女でも賢い女でもない……」

 美月は彼の耳元でささやくと、長くしなやかな脚を悠の腰に絡めた。



「本当にごめん。服も脱がずに何をやってるんだか……」

 情熱に押し流された時間がひと段落すると、悠は我に返ったように謝り始めた。そんな彼を無視するように、美月は自分でワンピースを脱ぎ、ベッドに滑り込む。

「何を謝ってるの? 私は別に悪くなかったわ……悠さんはよくなかった?」

「君を抱いて、よくなかったことなんて一度もない」

 美月のあとを追うように、服を脱ぎながらベッドに入ってくる。


「そう? でも……あと一週間しかないわね」

 美月の言葉に悠は何も答えない。彼の裸の胸に耳を押し当て、鼓動を聞きながら……。

「桐生のことは……何かわかった?」


 悠は三秒ほど沈黙を守りながら「……いや……まだ、連絡はない」と、ため息をつくように答えた。

「そんなに、早く結果を知りたい?」

「いい結果なら、早く知りたいわ。将来の計画も早く立てたいし……。小太郎にこんな大変な思いをさせなくても、私が会いに行けるかもしれないんだもの」

 美月は悠の身体に触れながら、

「本当はね、怖かったの。もちろん、最初は桐生の件があって連絡を取らないように言われていたんだけど……。悠さんと結婚したあとは、連絡ぐらい取っても平気だった。でも、あんな大変な思いをさせた私のこと、許してもらえないんじゃないかと思って」

 すると、悠は向きになって反論した。

「そんなはずがないだろう? 何度も言うが、桐生の件は君のせいじゃない。許すも何も……初めから誰も怒ってないよ」

「だったら……悠さんも同じよ」

「いや、僕は」

「同じだわ。あなたが彼女を抱いたのは事実だとしても、彼女の行いまで責任に感じる必要はないでしょう? それはあなたのせいじゃないわ」


 仮に、悠の父が彼の言うとおりの男性だったとしても……。

 女性がたったひとりで子供を生んで育てるなんて、並大抵のことではない。それも今から三十年も前のこと。日本というお国柄を考えたら、未婚の母には厳しかったはずだ。

 今ではだいぶ風潮が変わってきたが、社会福祉という点から考えれば昔と大差ない。

 悠の母が夫を愛しているのは事実だろう。だが、それ以上に悠のことを愛したはずだ。

 美月は子供を生んだことはないが……。可愛い息子がいつのまにか大人になり、女性とセックスして妊娠させた、と聞けば大抵の母親は慌てるのではないだろうか?

 しかも夫の隠し子という疑惑とともに聞かされたら、どれだけ聡明な女性でも冷静ではいられない。


「君の言葉を聞いていたら、大したことじゃないように思えてくる。さすが弁護士先生だ」

 悠は少し緊張を解いたような顔で美月に口づけ、抱き締めた。

 美月も彼のキスに応えながら、

「私は……高いわよ」

「シェルターの弁護士なのに?」

「ええ、ガールズシェルターのね。悠さんはいつから“ガール”になったの?」

 クスクス笑いながら答えると悠も笑い始める。

「僕たちの仲じゃないか……割引いてくれよ」

「そうね、私たちの仲だものね……五割増しかしら? きゃぁ……」


 悠の指が布団の中に潜り、美月の太ももを撫ぜた。そして、ほんの数十分前まで悠のいた場所を往復する。熱い吐息が何度も重なり、互いの肌を夢中になって求め続け……。


 ドアのすぐ外、廊下が軋む音になど気づくはずもないふたりだった。




ご覧いただきありがとうございます。


今回で第4章が終わり、次回から「第5章妄執」へと進みます。

ドアの外にいたのはもちろん彼ですが…

いたずら電話の犯人の正体、沙紀の思惑、美月の決断…あたりが5章の中心となります。


次回更新は11/12or15になります。

遅れがちで申し訳ありませんが、よろしければお付き合い下さいませ<(__)>

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