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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第3章 心の扉
27/55

(9)月夜の恋人

*性的表現があります。苦手な方は飛ばして下さい。R15でお願いします。

 一週間はあっという間に過ぎていく。

 悠は決して美月の気に入らないことはしなかったし、彼女の意見を尊重してくれた。お城や遊園地、動物園、美術館、映画館やゲームセンターまであらゆるデートコースを回った。極めつけは……ラブホテル。


 アメリカには日本のラブホテルと同じようなホテルはない。場所によってはそうとしか取れないホテルもあるが、治安が悪く、普通の恋人同士が利用することはないという。モーテルもピンからキリまであり、決して『セックスをするための場所』ではなかった。

 仕事柄、美月も危険な場所に出入りすることもある。それは、強引に連れ込まれた少女たちからのSOS。そういった場合、シェルターの同僚やときには警官と一緒に、その手のホテルに乗り込む。どこも一様に薄暗く、退廃的なムードを漂わせていた。



 しかし今回、悠と一緒に入った場所はまるで違う雰囲気だ。なんと、そこにはカラオケがあった。

 美月が驚くと、

『ここは全室通信カラオケがついてる。市内のラブホテルはほとんどそうじゃないかな』

『悠さんは色んなラブホテルを利用してるのね』

『……君のご希望どおり、ベッドが回転するタイプの部屋を予約しておいたから』

 悠は咳払いをして話を変えた。

 美月にとって、こういったホテルの部屋が予約できることにもビックリだ。悠は必死で『いつもしている訳じゃなくて、君のためにネットで探して予約したんだ!』と主張していたが……真偽はよくわからない。


 美月が日本を離れたのが十五歳のとき。体型は大人の女性に引けを取らないものだったが、精神的にはまだまだ幼く、この世の中で一番素敵な男性は父だと信じていたころだった。

 当時の標準的なラブホテルの仕様など一切知らない。少ない情報の中から、そういったホテルで長く愛されているのが“回転ベッド”だと耳にした気がして、それを悠に伝えたのだった。


 その部屋はあらゆるものがピンク色にデコレートされていた。円形のベッドは枠組みもシーツもカバーもピンク色。ベッドの横と上には大きな鏡があり……枠は当然ピンクだ。そして、ジェットバスもピンク色だった。

 しかもバスルームにはなぜか、大きなエアマットが敷かれていた。

 美月がその上に転がり、無邪気にはしゃいでいると……。悠は少し困ったような顔をして美月の隣に座り、“プレイマット”と呼ばれるものの使い方を実地で教えてくれた。

 とはいえ、美月から積極的には動けなかったので、どちらかと言えば、悠に奉仕してもらっただけではあったが……。


 美月はそこに、悠からのプレゼントを身に着けていった。

 それは信じられないほどセクシーなランジェリー。ブラジャーとショーツにガーターベルトまでセットになっている。サイドを紐で結ぶタイプのショーツなど、見たのも穿いたのも初めてだ。国内有名メーカーの品物だし、専門店の店頭で売られているものなので、決していやらしいことが目的のデザインではない、と思うのだが……。

『一番不思議なのは、どうして悠さんに私のサイズがわかったのかっていうことかしら』

『ああ、それは……ひと晩タップリ触らせてもらったからね』

 そんなことを言いながら、嬉々として紐を解く悠だった。



 ラブホテルのデート以来、自宅のお風呂にも一緒に入るようになった。

 浴槽も洗い場も広さ的には遜色ない。さすがに“プレイマット”を置くスペースはなかったが、『お気に召したのなら、また予約して行こう』そう言って悠は笑っていた。

 

 お風呂から上がり、髪を拭きながら美月はルーフバルコニーに出た。

 さっきまで上弦の月が綺麗に見えていた。だが、零時を回るともう見えない。これから少しずつ月は満ちていく。夜空にいる時間も長くなり、あと一週間で満月になる。こればかりは、動かすことのできない現実。それをタイムリミットに定めたのは美月自身だった。

「何を見ているんだい?」

 悠もバルコニーに出てきた。

 濡れた髪となんの変哲もない黒いTシャツと短パンが、彼を五歳は若く見せている。思わず、うっとりと見惚れてしまい……美月は慌てて夜空を見上げた。

「……月よ」 

「もう見えないのに?」

「私には見えるの」

「僕にも見える……ここに美しい月がある」

 背後から悠に抱きしめられ、美月は心が震えた。


 桐生の件はどうなっているのだろう。何か連絡はあったのだろうか? それだけでなく、無言電話の件も気になる。

 あれ以来、この家の電話は鳴らなくなった。不思議に思って美月が尋ねると、回線そのものが使用停止の状態だという。必要な連絡はすべて携帯で受けるので、仕事に影響はないらしい。

 あの電話は桐生の関係者だろうか……。

 しかし、悠の様子を見ていると、別の心当たりもあるような気がしてならない。


『夫婦というか、恋人同士のように遊んでみないか? その……離婚や子供のことはひとまず保留して』


 悠の言葉に乗ったのは美月だ。

 だがそれが、日を追うごとに美月の心を辛くする。重石のように圧し掛かり、ひとりになると涙が込み上げてくるほどだった。

 

 唇が重なり、キスはあっという間にふたりの身体に火を点ける。悠の手は、彼のパジャマの上だけを羽織った美月の身体を撫で回した。腰からヒップに手が下りていき……驚いたように止まる。

「美月ちゃん? ひょっとして……パジャマだけ?」

「悪い? だって、誰かさんがすぐに脱がすんだもの」

 我ながら、一週間前に比べてなんて大胆になったのだろう。

 美月は悠の首に両腕を回し、彼の顎に軽くキスしながら、

「気に入らないのなら、何もしなくていいわ。私はこのまま寝るから……きゃ」

 ふいに、悠は美月を抱き上げた。

「おいおい、奥さん。僕をこんなにしておいて、ひとりで寝るなんて冗談だろう?」

 横抱きにしたまま、彼はルーフバルコニーに置かれたガーデンチェアに腰かける。その瞬間、ヒップの下にある硬いモノに気づいた。

「悠さん……窮屈そうだわ」

「ああ、君と違って下着を穿いてるからね。少しずらしてくれないか? 君の手で楽にしてやってくれ」

 

 悠が本当の意味で楽になったのは約三十分後――。

 それも、美月の手ではない場所だった。



「ねえ、悠さん。私たち抱き合ってばかりいるわ。明日から仕事なんでしょう?」

 チェアの上でふたりは向かい合っていた。

 美月は悠の膝に乗ったまま……。荒い息を整えながら、彼の胸に顔を埋める。それは抗いようのない至福の時間。自分からは離れたくない場所だった。

「ん……一応、行ってくる」

「一応って?」

「休暇の延長を申請してくるよ。まだ、僕が頼んだ法律事務所から連絡はないし、君をひとりにするのは不安だし……」

 もっと悠の傍にいられる。

 それは嬉しい反面、さらなる苦しみを意味していた。

「そんなに休んでいたら、クビになるわ」

「そのときは君の助手にでも雇ってもらおうかな」

「冗談はやめて……」


 美月は身体を起こし、悠から離れようとした。

 実を言えば、まだふたりはひとつになったままだ。立ち上がろうとした美月の腰を掴み、悠は彼女を解放しようとはしなかった。


「悠さん、離して。これ以上ふざけないで!」

「本気だと言ったら?」


 美月の呼吸が止まる。

 彼女は食い入るように悠の瞳を見つめた。ふたりの間にあった隔たりに橋がかけられたような気がして、美月が悠の頬に手を伸ばした瞬間――。

 恋人たちの時間はあえなく終わりを告げたのだった。




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