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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第3章 心の扉
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(6)恋の魔法

*性的表現があります。苦手な方は飛ばして下さい。R15でお願いします。

 白い天井が見える。

 美月は目を開けたとき、ぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。


(何があったのかしら? 急にイライラして、そして悲しくなって……)


 美月はアルコールにいい印象はなかった。両親とも乾杯程度にしか飲まず、身近に好んでお酒を飲む人がいなかったせいもある。そして彼女が働くボストン・ガールズ・シェルターには、十代でありながらアルコール中毒の症状を見せる少女も少なくない。あるいは、両親や夫、恋人がアルコール中毒で暴力を振るわれたという女性も。これでは、とても積極的に飲みたいとは思えないだろう。

 そんな自分がアルコール……それも発泡酒を一缶飲んで、悠にやつ当たりをするなど、信じられない。


 そのとき、冷たいものが美月の頬に当てられた。

「きゃ!」

「ああ、ごめん。アイス枕で冷やしたほうが気分がいいかと思ったんだけど……驚かせたね」

 真上に悠の顔があった。

 少し困ったような顔で見下ろしている。

「悠……さん。ここ、どこ?」

「城の近くのホテルだ。近くに病院があったから、一応往診してもらったけど……飲み慣れていないせいで急に回ったらしい。急性アルコール中毒になるほど飲んでるわけじゃないから、すぐに楽になるよ」

 

 高ぶった気持ちが落ちついてくると、途端に美月は恥ずかしくて堪らなくなった。

「ごめんなさい……せっかくの楽しい雰囲気を壊してしまったわ。来生さんにも失礼なことを言ってしまって。もう、お店に行けないわね」

 小さな声でつぶやくと、

「いや、那智さんがフォローしてくれたみたいだから、君を悪く言う奴はいないよ」

 悠はベッドに腰かけながら答えた。

 ギシッとベッドのスプリングが軋む音がして、少しだけ悠のほうに傾く。すると、ふたりの距離がわずかに縮まり、悠の手が美月の髪に触れた。

「私……とんでもないことを……」


 したたかに酔っていた訳ではない。口にしたことはすべて覚えている。あんな大勢いる場所で、バルコニーでセックスしたと叫び、すぐに抱いてと迫ったのだ。一条物産の取締役である悠の面目を潰してしまったに違いない。

 美月が自分の顔を両手で覆ったとき、悠は彼女の髪を撫でながら額に口づけた。


「十代の君をボストンに残し、結婚指輪で拘束しながら、仕事と称して日本で女遊びを繰り返してきた悪党――」

「……え? それって」

 

 浮気者の夫の本性を知り、離婚まで考え思い悩んでいる。だから少し神経質になっているらしい。那智は美月を庇うため、悠を悪者にしたようだ。

 いや、本当のことを話しただけとも言えるが……。

 それには、自分が失礼なことを言って那智の友人の妻を怒らせてしまった。と、青くなっていた茉莉子をなだめるためでもあったという。


「でもそれじゃ、悠さんが悪く言われるんじゃない?」

「そうだな。君に責任を取ってもらおうか」

「ええ、わかっています。私にできることならなんでも……」

 美月が真剣なまなざしで悠を見つめると、そのまま唇を重ねてきた。

 悠の手が身体に触れる。腰からウエストのラインをなぞり、彼の大きな手で胸を押し上げられた。優しく、ゆっくりと、キスのリズムに合わせるように、悠の指先が動く。


「……悠さん、あの……」

「抱いて欲しいと言ったのは君だよ」


 悠は身体を起こすと、シュルッとネクタイを解き、床に放った。ワイシャツもズボンも次々脱いでいく。

 薄いカーテン越しに窓から光が射し込んでいた。まだ、日は高いようだ。

 それより、このホテルはどういったホテルなのだろう。美月が寝かされているのは、おそらくダブルサイズのベッド。視界にはテレビとソファセットに小さな冷蔵庫が映った。カーテンの色はベージュ、部屋の大きさは、美月が暁月城ホテルで取ったシングルルームより少し広いくらいか。

 柔らかい光の中、美月は悠の裸を見つめた。

 昨夜は抱き合うことに夢中で、そんなことまで意識が回らなかった。もちろん、一緒に住んでいたので、半裸に近い格好は目にしたことがある。水着姿も何度も見た。だが、こうしてベッドで向かい合う彼は特別に思える。

 

「私……あなたのこと……その、身体が好きだわ」


 うっかり、『好き』と言ってしまいそうになり、慌てて付け足した。

 結婚も子供もあれほど毛嫌いしている悠のことだ。美月のねだる行為が興味本位からでなく、悠を愛しているからだ、と知ったら……きっと地球の反対側まで逃げ出すだろう。

 でも、さっきは酔いに任せて女の嫉妬心を見せてしまった。

 そのこともフォローしておくべきかどうか、悩む美月の耳もとで悠はささやいた。


「酷い奥さんだな。僕の身体目当てってことかい?」

「え……ええ、ダメかしら?」

「いや、ダメじゃない」

 

 最後の声は掠れていて、悠は吐息だけで答えた。

 それは耳の奥をくすぐられるような、不思議な感覚だ。美月が目を閉じ身体を小刻みに震わせると、悠はさらに言葉を続けた。


「こうして君を抱く限り、他の女には一切触れない。僕のすべてが君のものだ。君も……僕のものだと思っていいだろう?」

 

 それは魔法の呪文のようだ。

 悠のすべてが自分のものなんて……永遠であるなら、どれほどの幸せだろう。そんな思いを胸に秘め、「ええ……いいわ」と美月は答える。


「嬉しいよ、美月ちゃん。僕にできる最高の悦びを教えてあげよう……いいかい?」


 イエスの代わりに美月は悠の首に手を回し、自分からキスをした。

 彼の指先が太ももをなぞり、ワンピースの裾をたくし上げていく。そして小さな布地に指を引っ掛け、スルスルと引き下ろした。


(先に下着だけ脱がせるなんて……どうするつもりかしら?)


 悠は昨夜、美月の知らなかったことをたくさん教えてくれた。あちこちに、内股やヒップにまでキスされたのだ。その体勢は思い出すだけで恥ずかしい。それだけでなく、彼の唇は美月の足先までなぞった。親指を口に含まれたとき、美月は堪え切れずに悲鳴を上げてしまったほどだ。

 だが、素晴らしく気持ちよかったのは事実だった。


(昨夜以上の悦びがあるの?)


 ドキドキする美月に悠がしたことは……。

 そこは女性ドクター以外に見せることはないだろう、と思っていた場所。美月の脚を開かせ、膝を立てさせると、悠はその部分に唇を這わせた――。




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