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【書き出し】作品集【祭り用】  作者: 天崎 剣


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聖域の巫女と最後の竜<第25回/第四会場>

 世界を滅ぼす悪しき竜から人々を解放するため、聖王国リフェールの聖王エレオスは世界中から兵を募った。腕に覚えのある猛者達が竜討伐のため、未開の地へと向かっていった。

 竜によって荒野に成り果てた地を進んでいるうちに、キリトは気を失ってしまう。

 彼を助けたのは、ルルと名乗る銀髪の巫女。

 世界に残る最後の聖域。その神殿に住む彼女は、遠く聖王国からやって来たキリトに興味を示し、事細かに事情を聞いてくるのだが――


【結果:8位/59P(会場3位)】

「ルル、この男どうするつもりだ」

「……連れてく」


 朦朧とした意識の中でキリトが聞いたのは、太い男の声と、透き通るような少女の声。


「私は反対だ。危険すぎる」

「ごめん、ガーゴ。どうせ死んでしまうのだろうけど、その前に、外の世界のことをどうしても聞きたくて」


 少女の台詞に力が抜ける。やはり自分は死にかけていたのだ。

 過酷な旅だった。共に旅した仲間たちも、一人、また一人と倒れていった。

 世界を壊そうとする悪しき竜の最後の一頭を、倒すための旅――……

 未開の地へと向かう途中で意識が飛んだ。巨大な木々が聳え立つ不思議な光景が目に入ったところまでは覚えていたのに、目的の場所に近付いた喜びで一気に力が抜けた。そうして、気を失っていたのだろう。


「外の世界のことなど知ってどうする」

「どうもしない。ただ、滅びてしまえば知ることさえ出来なくなる。それが、怖いから」


 目を開ける力すらなくなっていたキリトは、意識の片隅で二人の会話を聞いていた。

 体が重く、力が出ない。空腹で身動きのとれないキリトの体を、誰かがひょいと持ち上げた。



 *



 優しい風が肌を撫でたのに気がついて、キリトはゆっくりと目を開けた。

 視界は明るく、眩しく感じるほどだった。

 手足をどうにか動かして、まだ生きていると確認する。

 知らないうちに武器や防具は外されていた。持って行かれたかと慌てて飛び起きると、寝かされていたベッドのそばに、綺麗に磨かれて置いてある。


「ここは……」


 古い石造りの宮殿のような建物。太い柱には装飾が施され、床には様々な模様のタイルが規則的に並んでいる。色鮮やかな壁画に彩られた室内には、多くの植物が置かれていた。偽物ではない、本物の植物だ。普段リーマ・フェインで見ていたのとは違う、本物の。


「あぁ、起きたんだ」


 振り向くと、真っ白な肌をした少女が立っていた。虹色に輝く長い銀髪に、炎のような橙の目。肌の露出が多い服には、幾何学的な紋様があしらわれている。大きめの上着を羽織ってはいるが、それでも少女は小さく見えた。

 この世のものとは思えない美しさに、キリトは息を呑む。

 

「体が随分弱っている。無理せず休むといい」


 気を遣ってくれてはいるのだろうが、表情を変えずに淡々と返してくるこの少女は恐らく――


「助けてくれたの、君だろう。ありがとう。恩に着る」

「気にするな。見つけたのに放置しておくのが嫌だっただけ」

「それでも助かった。ところでここは」

「神殿だ。ここに居るのは私だけ。安心しろ」


 やけに開放的な建物だと、キリトは辺りを見回した。

 大きく取られた窓は開け放たれていて、部屋の中がまるで外の景色と一体になったような錯覚に陥ってしまう。

 空が青い。漂う雲が白く透けている。建物の外には濃淡の様々な木々がびっしりと生い茂り、湿り気のある涼やかな風に土と木の匂いが混じっている。


「一瞬、助けるべきか否か思案した。言葉は通じるか、その濃い皮膚の色と黒い髪の毛の他に何か我々と違いはないのか。不安だったが杞憂で良かった」


 言いながら少女はゆっくりとキリトの前までやって来て、頭一つ半分も大きな彼をしげしげと見上げるのだった。


「私はルル。神殿の巫女。お前、名は」

「……キリト」

「これも縁だ。キリト、私に外の(・・)話を聞かせて欲しい」



 *



 ひび割れた大地と岩ばかりの世界になったのは悪しき竜が暴れたせいだと、キリトは幼い頃からそう聞いて育った。

 リーマ・フェインもかつては美しい緑に囲まれた豊かな土地だったらしいが、キリトが物心付いたときには跡形もなくて、川は枯れ、木々も枯れて、辺り一面赤茶色の世界が広がっていた。地面に張り付いた小さな草がようやく緑色を見せている程度で、人々は日差しから逃げるように頑丈な煉瓦造りの家々に住み、僅かな水を地面深くから汲み上げて(つま)しく暮らしていた。作物は思うように育たず、家畜は痩せて、人々は常に飢えている。それが、キリトの日常だった。


「だのにどうしてここは」


 窓枠に手を掛けキリトが言うと、ルルはフッと小さく笑う。


「ここは神が守りし最後の聖域。太古からの自然が残るのは、地上ではここだけだと聞いている」

「聖域……」

「私も時々、ガーゴと共に外に出る。どこもかしこも赤茶色の景色ばかりが広がって、それが徐々に聖域を侵食していくのを目の当たりにすると、胸が苦しくなるんだ。このままでは聖域が消えてしまうのじゃないか……と」


 ルルはどこか寂しげな瞳で、じっと窓の外に目を向けている。

 小鳥の囀りが近くに聞こえる。風がそよぎ、葉が擦れる音がするのを、キリトは恐らく初めて聞いた。

 リーマ・フェインで彼が聞いていたのは、ビョウビョウと風が吹き(すさ)ぶのと、血肉に飢えた野獣の遠吠えだったから。


「悪しき竜達が世界を壊そうとしなければ、こうはならなかった」


 ボソリとキリトが口に出すと、ルルは興味深げに彼のそばまでやって来て窓枠にひょいと腰を掛けた。そうしてまじまじとキリトの顔を覗き込む。

 透き通るような橙の目に、短く刈り込んだ黒髪のキリトが映っている。リーマ・フェインでは一般的な浅黒い肌、濃い茶色の目。確かに大陸では少数派の人種ではあるが、決して珍しくはない。寧ろルルのような銀髪の方が珍しいのではと思うのだが。


「続けて」


 ルルは自分に向いた興味を逸らすように、キリトを急かした。


「……ルルも知っているだろう。悪しき十二頭の竜の話。竜は人間を襲い、喰らい、強大な魔力で恐怖の限りを尽くしていた。勇敢な戦士達が結束し、どうにか竜を倒したのに、その竜の(むくろ)から放たれた闇が、世界から少しずつ光を奪っていった。竜を一頭倒すごとに、世界は闇に包まれた。どんどん世界は干上がった。俺は……その、干上がった土地で暮らしていた」


 ルルから視線を逸らして、キリトは外の景色に目をやった。

 悪しき竜の、最後の一頭が棲むという森の巨大な木々がすぐそこに見えている。最後の聖域が竜の脅威と隣り合わせなのは、何かの因果なのだろうか。


「キリトは、何故ここに?」

「最後の竜を倒すため――聖王国で、兵を募っていた。体だけは頑丈だったから、給金目当てに応募したんだ。うちには働き手が俺しかいなかったから、ずっと貧しくて。金があれば王都で暮らせる。母も弟達も飢えずに済む」

「……そうか」


 ルルはどこかホッとしたような顔をして、ふうっと短く息を吐いた。


「お前がもし、もっと悪いヤツか、正義感に支配されたような人間なら、どうしようかと思っていた」

「……え?」

「聖王国からの討伐隊がここまで辿り着くのは稀だ。人も馬も大抵途中で力尽きて、枯れた大地の餌食になる。最後の竜を倒そうと聖王国は何度も何度も兵を寄越した。――が、聖王国正規軍がここまで来た試しはない。彼らは知っているのだ。認知は意図的に歪められている……と」


 ルルの口角が僅かに上がった。

 

「来い、キリト」


 白くか細いルルの手が、力強くキリトの手を引っ張った。



 *



 何の説明もなしに、ルルはキリトを連れ出した。神殿の長い廊下をズンズン抜けて、奥へ奥へ。

 どこへ行くんだとキリトが聞いても、ルルは何も言わなかった。ただ付いて来いとそればかりで、あとは何も言おうとしない。

 ふと視線を上げると、長い廊下の壁や天井に、巨大な何かが描かれているのに気付く。最初は文様かと思っていた。違った。生き物だ。巨大な何かの生物だ。

 ベッドのあった部屋の壁画にも、巨大な生き物が描かれていた。黒くニョロニョロした生き物を中心に、何かの儀式をしている人々の絵。空の部分は昼と夜に区切られ、空には稲妻が走っている、極彩色の奇妙な絵だった。


「この神殿は竜を祀っているのか。悪しき竜を……!」


 バシッと、キリトはルルを突っぱねた。

 彼女に掴まれていた腕を擦りながら、キリトは腰を落として身構えた。

 助けてくれた、良い人だと信じていた自分が恨めしい。何かがおかしいともっと早く気付くべきだったのに、冷たいながらも淡々と世話をしてくれたルルの優しさに疑うことを忘れていた。


「にわかには信じられぬだろう、キリト。世界を滅ぼそうとしていたのは、外の(・・)人間共の方だ。聖王国リフェール――現聖王はエレオスと言ったか。聖王家の保身のために、彼の一族はこの世界をを犠牲にしたのだ」


 ルルの後方、廊下の先に広い露台が見えている。

 彼女はほくそ笑みながらゆっくりと露台まで歩を進め、その中心で大きく両手を空に掲げた。


「ガーゴ」


 ルルは何かの名を呼んだ。

 すると森に向かってせり出した露台の下から、グワワワワァと空気が激しく震えるような鳴き声が聞こえてくる。


「お前の言う、悪しき竜とはどんな竜だ。私は、聖域の森を守る気高い竜しか知らない」


 振り向きざまに言い放ったルルの目が、炎のように赤く揺らめいている。

 羽織と長い銀髪が、下から吹き上げる風に煽られ、バタバタと大きくはためいた。


「あの人間、目を覚ましたのか」


 ルルの後ろに、巨大な黒い生き物がいた。


「ガーゴ。やはり外の人間は、お前を悪だと信じている。今、聖王国を滅ぼさなければ、この森も大地も、何もかも失うことになる」


 キリトは恐怖のあまり、その場にへたり込んだ。


「そう急くな、ルル。この人間がどう動くか。決めるのはそれからでも遅くない」 


 漆黒のような巨大な竜が、目を真っ赤に光らせて、蛇のように長い身体をくねらせながら、キリトをじっと見つめていたのだ。

久々に入賞しました~!! やったね☆

色々と掴めてきた気がするので、通常連載に活かします!!

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