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2.転生直後は家庭環境が悪かった

 前世の記憶が蘇ったのは、私が13歳のときだった。

 生家ことファスタネット侯爵家はとくに厳格なことで知られていて、父親であるファスタネット侯爵家を筆頭に、礼儀や勉強には他家より数倍厳しかった。

 前世ではとにかく刺繡をしつづけ刺繡狂とまで言われていた私だけれど、そんなファスタネット侯爵家とはたいそう相性が悪く、一日の数分単位で睡眠の時間まで決まっているスケジュールでは、なかなか刺繡をすることができなかった。

 さらに悪いことに、身の回りの人々が非常に私に当たりが強かったのもある。


「ご、ごきげんよう」

「違います。どうしてそんな汚い脚の曲げ方になるの!」

「い、いた! こ、こうでしょうか……いたい!」

「あなたのお母様はもっと優雅に、そして習得が早かったのですよ!」


 挨拶の習得では家庭教師に、前世であればすぐさま体罰でしょっぴかれていたはずの鞭で膝を何度も何度も叩かれ、しまいには


「もっと優雅に!」


 だなんて言われた。

 優雅にって何なのよ、そんなふわふわなこと言われてもわからないわよ。

 ……そう思っても、この家じゃ口答えするともっとひどいことになるから、精一杯頑張らないといけない。


「このあと2時間、しっかりここで勉強なさい!」


 家庭教師は目を吊り上げ、そう吐き捨てて部屋から去っていった。

 廊下からくすくす笑い声が聞こえるのは、家庭教師と結託しているメイドたちの声。

 目の前の鏡には、それはそれは顔色が悪く、目の下に隈を作り、肌艶をすべて捨てた瘦せぎすの令嬢がいる。

 深みのあるはずの茶色の髪はぱさぱさだし、肉が足りない体は骨ばっているし、侯爵令嬢という貴族階級の一応上のほうにある家の令嬢とはとても思えない容貌だった。


 ちなみに、家庭教師だけでなく母親もとても私に辛辣だった。

 厳密には母親ではなく継母。

 私の実母は私を産んでから少しして、流行り病にかかって亡くなってしまった。

 そして私が7歳ごろのときに後妻として、父親と結婚したのだけど、まあこの継母が結構やばめなやつでして。


 とあるお休みの日のこと。

 休みという位置付けではあるものの、家庭教師から追加の課題を今日中にやれ、というお達しがあった私は、部屋で必死に教科書とにらめっこしていた。

 その日の課題は、世の中の貴族当主と奥方、子女の顔と名前を全員覚えることらしい。

 公爵家とか侯爵家ならともかく、伯爵家や男爵家、なんなら一代限りの騎士爵家も全部覚えるって、正気か???


「これができるまでは、お食事はありませんからね」


 そう言い捨ててどこかに言った家庭教師を脳内で何回かぼこしながら必死に覚えようとしていると、部屋の扉が急に開いた。

 私に一つも似ていない、金髪碧眼の女性――つまりは継母だ。

 私はビクッと体を震わせながらも立ち上がり、その場で淑女の礼をしたわけだが、どういうことか継母は私を見るなり眉間に深い皺を刻み、こちらに歩み寄るなりひっぱたいたのだ。


「顔を見せないでちょうだい!」

「……申し訳ございません」

「お前なんかとっととこの家から出なさい! どこへでも嫁いで、お金を持ってきなさいよ! まったく、お前の顔を見るなんて、今日は最悪な日だわ」


 お前がわざわざ見に来たんだよな????

 そうは思うけれど、ここで言い返すともっと大変なことになるから、私はずっと黙って下を向くばかりだった。

 継母がぎゃーぎゃー何かを叫んでいるのをチラッと見ると、扉の向こうに一人の少年が立っているのが視界に入った。


 彼はギルベルト・ファスタネット。ファスタネット侯爵家の嫡男で、父親と継母の子。

 キラキラとした丸い青い瞳に、輝かんばかりの金色の髪。

 そして乙女ゲームの攻略キャラクターすらモブになってしまうほどの可愛さ!!

 8歳とは思えないほど優秀だし、見目は良いし、私に優しくしてくれるし!

 憎き継母と似たような髪と瞳の色だけど、ギルはたまにご飯とか持ってきてくれるし、体罰を受けた痕を「痛いの痛いの飛んでけ~!」って言ってくれるし、本当に天使のような存在だった。

 ……なのだがこの継母、私はともかくギルすらも自分がより良く生きるための道具としか思っていない節があった。

 扉の外でぷるぷる震えるカイルを見つけるなり


「あぁギルベルト……! ごめんなさいね、お母様の声が大きくてびっくりしちゃったでしょう……!」


 と言ってギルを抱きしめに行くが、むしろギルは母親が近づくと余計に恐れるような表情になっていた。


「あなたはこんな愚かな女みたいになってはいけないわ。誠実な男性になって、お母様をお世話するのよ」

「ぅ……」


 バタンと勢いよく閉じた扉の向こうから、かすかにギルが呻く声が聞こえた。

 さすがに、それについては気色悪いな、と思っているけれど、今の私ではギルを助けることはできなくて歯がゆい。

 なんとしてでもこの家から結婚なりなんなりして出て、ギルを助けないと。


 そう考えながら、私は再び勉強に戻った。

 勉強に戻る直前、私はドレスに縫いつけていたポケットからぬいぐるみを取り出した。

 前世の推しだったカイトくんだ。

 新感覚シミュレーション恋愛アプリ、『となりの執事と貴族令嬢』で攻略キャラクターとして出てくる彼は、家庭環境があまりよくなく、スレた生活を送っていたが、ひょんなことから執事になったという設定。

 執事になってからは真面目に過ごし、必死に勉強しているところを垣間見ることができた。

 境遇自体は少し違うけど、カイトくんが私みたいな状況になったとしても、ひたむきに頑張ってたと思う。私も頑張らなきゃ。

 ぎゅっとぬいを握りしめて一度頷くと、私はぬいをポケットに仕舞って机に向かった。

 それに、今日これを覚えることができれば、今日は10分寝る前に刺繡の時間がとれるはず。

 クローゼットの中の奥まったところ、おそらくメイドも見ていないであろうところには、私が作ったたくさんのぬいがいて、一日数分数秒でも、ぬいを見て癒やされるのが私の日課だった。



 そうして、なんとかして家庭教師の課題をクリアした私は、その後泣きべそかきながら「ねえさまぁあ……」とやってきた可愛い可愛い義弟にくまのぬいぐるみを作ってあげた。

 そんな生活が3年続いた。

 毎日家庭教師と継母からはいびられる毎日だったけど、推しぬいと義弟を頼りになんとか成人の16歳になり、 そして16歳になった当日。

 朝起きてクローゼットを開いた私が見たのは、すべてがすっからかんになった、空のクローゼットだった。

次でがらっとお話動きますので、もう少しお待ちください……!

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