5 島の秘密
モモの切迫した問いかけに、ケートスの記憶をブロックしていたものの一部が外れ、溢れ出たイメージが送られてきた。
……徐々に上がって来る海面に、生活の場を追われた動物たちによる死の行進。その中にはヒトの姿もあった。
狭まっていく陸地を奪い合い、押しのけ合う、動物たちとヒト。その折り重なった死骸を乗り越え、さらに乗り越え、沈みゆく大陸に残された最後の島を目指して行く。
そこは、かつて『キリマンジャロ』と呼ばれていた場所であった……
モモは深い悲しみに包まれた。
(ああ、そうなのね。ここは、わたしの仲間たちの……)
道中ずっと喜びにあふれていたモモの心の変化に、ピピは戸惑った。
(大丈夫かい、モモ。もう引き返そうか?)
モモは流れ落ちる涙をぬぐった。
(いいえ、大丈夫よ。行きましょう、白い島へ)
浅瀬になったため、ケートスはゆっくり慎重に泳いでいる。だが、しばらく行くと海が浅くなり過ぎ、もうそれ以上先へは進めないようだった。
ピピはケートスの背ビレの後ろを離れ、海面から半分ぐらい浮き上がっている空気槽の近くまで移動した。そこで、海面から眼柄だけを出した。ちょっとヒリヒリするが、我慢できないほどではない。間近で見るモモは、ピピよりいくぶん小さかった。
(モモ、どうしよう?)
(そう、ね。ケートスをこれ以上進ませると、お腹がつっかえて動けなくなると思うから、ここで帰す方がいいわね)
(え、じゃあ、ぼくたちは?)
(ピピも一緒に帰って。ずいぶん遠くまで来ちゃったから、ケートスに連れて帰ってもらった方がいいと思うわ。もちろん、ピピを食べたりしないよう約束してあるから)
(モモはどうするの?)
(わたしはもう少し進んでみるわ。どうしても、白い島を一目見たいの)
ピピにも白い島を見たいという好奇心はあったが、こんなに遠くまで来たことがないため、そろそろ心細くなってきていた。
(モモも一緒に戻ろうよ。いつかまた来ればいいじゃないか。ぼく、その時には忘れずに防護スーツを持ってくるからさ)
(いつか、という日があればいいけど……)
(え、どういう意味?)
(ううん、何でもないわ。それより、ピピ、お願いがあるんだけど。この空気槽のどこかに非常用の開放ボタンがあるはずだから、それを見つけて押してくれない?)
(それは、いいけど。開けたら元に戻せないかもしれないよ)
(いいのよ、それで)
ピピの心に、モモの言葉がしみ込んでいく。ピピは激しく眼柄を回した。
(ダメだよ。どうしても白い島に行きたいなら、ここからは、ぼくが連れて行く。そして、必ず連れて帰る。だから、ケートスにはここで待ってもらうように言ってよ)
モモは静かに微笑んだ。
(ありがとう、ピピ。でも、決して無理はしないでね)
開放ボタンはすぐに見つかったが、ピピがおそれたとおり、閉めるボタンはなかった。しかし、空気槽のまま陸まで運び上げることは、ピピには不可能だ。決断するしかない。
(じゃあ、開けるよ)
(お願い)
シューッという音とともに、空気槽はてっぺんから二つに割れた。笑顔で外の空気を吸い込んだモモは、急に「クシュン!」と言った。
(モモ、モモ、大丈夫?)
モモはおかしそうに笑うと、歯を擦りあわせた。
「ごめんなさい。思ったより、空気が冷たくて。どう、わたしの声、聞こえる?」
ピピもクチバシを水面から出した。
「ああ、聞こえるよ。かわいい声だね」
「ありがとう。でも、音が小さいでしょう。ヒトの歯は、元々音を出すのに向いてないのよ。本当はノドの奥から声を出すらしいんだけど、やり方を教えてくれる相手がいなかったから」
モモは少しうつむいた。
「大丈夫だよ、ぼくにはちゃんと聞こえてる。それより、ぼくの背中に乗って」
「え、いいの?」
「うん。モモの触腕が海底に届くぐらい浅いところまで乗せて行くよ」
「本当にありがとう。でも、これは『足』というの。そして、こっちは『手』よ」
モモに再び笑顔が戻った。だが、相当に体力を消耗しているように見える。
モモはケートスに待つように告げると、ゆっくりピピの背中に乗った。その途端、ピピが「熱っ!」と悲鳴を上げた。
「ごめんなさい。わたしの体がピピより温かいからなのね」
「へ、平気さ。遠慮しないで」
本来変温動物であるピピにとって、ヒトの体温は高過ぎる。その上、モモ本人も気が付いていなかったが、実は、昨晩から高熱が出ているのだ。
ピピの背中は軽い低温火傷の状態であったが、ピピは何も言わず我慢した。また、ピピの背中は少しヌメリがあって滑るため、モモに断って触腕を巻き付けたが、熱さに再び悲鳴を上げそうになった。
「ごめんね、モモ。気持ち悪くないかい?」
「大丈夫よ。行きましょう」
こころなしか、さらにモモの元気がなくなったように感じ、ピピはなるべく早く着くよう、噴水管に力を込めた。
この姿勢だと、ピピには前方がよく見えないため、モモが誘導しながら進んで行くことにした。
空にはすっかり日が昇り、水温も上がってきていた。
「ピピ、熱くない?」
泳ぎに専念するため、ピピは心で返事をした。
(平気だよ)
「無理しないでね。そろそろ足が着くんじゃないかしら。わたし、降りましょうか?」
(もう少し進んだ方がいいよ。まだ、モモの背の倍ぐらいは深いから)
「あ、見えてきたわ!」
それはまさに真っ白な島であった。平坦で海面スレスレの高さしかなく、潮位によっては水没するのではないかと思われた。
「もう、降りるわ。これぐらいなら、泳げると思うの」
(モモ、焦らないで。もうすぐだから)
「大丈夫よ」
ピピの触腕を振り切るように、モモは海に飛び込んだ。
だが、初めて水の中に入ったモモは、たちまち溺れた。ガボガボと水を飲んでしまう。ピピの泳ぎをマネして必死で手足を動かしているようだが、どんどん体が沈んでいく。
ピピは急いでモモの体の下に潜り込んで支えた。
(モモ、モモ、しっかりして!)




