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その16 兼業稲作農家の実態――治水編

 田。

 田んぼ。

 田園風景。


 黄金色の稲穂の海はだれもが心の奥底にもつ、日本人の魂に宿る心象風景のひとつです。

 つまり農作業とは、ただたんに収入を得るための仕事にとどまらず、自然を相手にしての産業であるがゆえに自然を守ることにつながっているといえるでしょう。



 しかし近年は農業のみならず、第一次産業に急激な低収入化の波がおしよせており、もはやそれひとつのみで生計を成り立たせるのは困難になりつつあります。


 考えられない速度の高齢化、予測を大幅に上回る離農率の高さは、『とてもやっていけない、やっていられない、もうどうしようもない』という、第一次産業に従事する方々の声なき声なのかもしれません。


 競争力をあげ、効率よく作業を行える大規模農業化を推進しようとする市場原理にNOを突きつけたこの後継者不足は、目に見えている分、分かりやすい訴えのひとつです。


 これら第一次産業を保持するためにも現状を変えていかねばならない、という考えは誰もが持つものであり、聞こえがよい問題提示かもしれません。


 しかしことは、そんなに単純なのでしょうか?

 目に見えているそれだけが、全てなのでしょうか?




 全く関係のなさそうな話ですが、実は深く地域の農業に根ざし、いまだ解決していない問題があります。



 どうか、聞いてください。




 実家の周辺は、およそ約10年に一度の間隔で浸水水害にあう地域であると述べました。


 実はこれは、作られた被害だったのです。


 予測不能の大雨で堤防から水があふれ、水害がおこるのは仕方がないことです。

 が、私の実家の近くに流れる一級河川に作られた堤防は、市街地側と実家地域側では高さが違っているのです。


 市街地側と実家地域側では、堤防の一部に実に1メートル以上もの落差が人為的に作られているのです。


 昔ながらの古い集落が点在していたものの、もともとは稲作などの農業用地が広がっている地域だったため、この広がる田んぼを遊水池とすることで市街地側の住民を守るのが目的です。


 水の都と称されているだけのことがあり、一級河川が集中している地区です。

 河川には堤防が築かれていますが、豪雨などで水量が一気に増すと負荷がかかりすぎてしまいます。


 堤防の形状から、市街地側の堤防が決壊をおこしやすいと測定されていたため、これを防ぐための1メートルの落差でした。(※)



 長良川の堤防が決壊を起こして昭和の大水害をおこしたあの年、堤防が下げられている箇所から流れ込む大量の水で、実家周辺も湖と化しました。


 幸いなことに実家は浸水を免れましたが、たくさんの同級生や友人の家が、床下床上浸水の被害を受けました。


 家屋の浸水は免れた我が家でしたが、しかし田んぼだけは被害を免れることはできず、収穫まであと1ヶ月ばかりにせまっていた稲は、全て水に浸かるという大打撃をうけました。


 水に浸かってしまった稲は、下手をすると根をだしてしまいます。

 そうなると三等米以下の評価しか受けられなくなってしまいます。


 大損害を出したこの水害に、ですが見舞金や補助金はほとんど出ませんでした。

 昭和の大水害をもたらした水域の治水工事の一貫として計画され、やがて世に知られるようなったのが徳山ダムなのです。




 この水域にある河川は氾濫を起こしやすいうえに、その特徴と立地的に中流水域に治水用ダムが築けません。

 ですがあれだけの被害をだした水害に、対処する策を講じないわけにはいきません。

 しかし多くの住民をかかえる市街地側の意見も、市側としては無視できません。


 さまざまな思惑が入り乱れ、治水ダムの計画は何度も頓挫しかけました。

 しかし地域農家の方はあきらめませんでした。

 細く長くねばり強く要望提出と交渉を続け、その努力はついに実を結んだのです。

 水域の上流に位置する河川に、治水目的を兼ねた徳山ダムの建設が発案、計画されたのです。


 それが、徳山ダムでした。


 徳山ダムの計画が本格始動すると、被害地区の農家さんたちは、これで水害に悩まされずにすむんだと、完成を心待ちにするようになりました。


 しかし徳山村を全村、しかも貴重な生態系や、古代の遺物などをも含めて水没させるという徳山ダム計画は、世間から無駄な公共事業の筆頭として槍玉にあがり続けました。


 水没し、消えてしまう故郷の美しい四季折々の姿を、心を込めて写真に撮り続けられた方の作品を見れば、徳山ダムは本当に必要なのかという疑念もわくでしょう。

 多方面において理解と協力を得ようと治水だけでなく、利水についても手をひろげたせいで、ますます収拾がつかなくなってしまったようにも思えます。


 紆余曲折を経て徳山ダムはようやく完成しましたが、いまだにこのダムは全撤去などの反対運動が行われています。


 それもまた正しい意見です。




 けれども徳山ダムが完成し治水面が安定するまでの間にも、幾度も洪水による浸水被害がおこっていたのです。

 もちろん、市街地側の住宅も田んぼも、高い堤防に守られて、さしたる被害はありませんでした。


 この格差は、どうして生じてしまったのでしょうか?


 同じ市内に住む者なのに、一方の数が多いからという理由だけで、どうして自分たちはその年の稼ぎをまるまる犠牲にしなければならないのでしょうか?


 水害による農業の損害を減らしたいという住民側のつよい願いは、なぜ、どうして、市政側になかなか届かなかったのでしょうか?


 ひとつには、市街地側に、市へ多額の税金を納めて財政を支えてくれている多くの工場があったからです。

 市としては、ひっ迫していた財政を少しでも立て直すためにも工場のさらなる誘致をせねばならず、水害地区であるという風評を広めるわけにはいかなかったのが理由のひとつでした。



 そして振り返ってみれば、徳山ダム建設により、堤防の高低差からおこる水害をなくしたい、という地域の二大要望がかなうまでに、あの昭和の大洪水の被害から実に30年以上もの歳月が流れていたのでした。


 ダムが完成するまで、ダムの治水能力により河川氾濫を防ぎきることができるようになるまで、安心して農作業に従事し実りのある生活を送ることができなかった下流水域に暮らす兼業稲作農家の悲願が達成されて、数年たちます。


 ですがようやくダムが完成したというのに、兼業稲作農家は水害ではなく、後継者問題と経済な負担から、いま、離農を迫られているのです。




 この徳山ダムは現在、県下小学校における宿泊体験型社会科見学の格好の題材となっています。


 子供たちは、日本の技術の賜物である特徴のある構造をしたダムと、貯水量のすごさ、そして水力発電の仕組み学び、ウォークラリーで周辺の豊かな自然に触れ、より近くなった星空に胸を打たれて帰ってきます。


 しかし子供たちが学んだこれらとは別の『何故』を持ち出されてきたら、私たち大人は、なんと答えれば良いのでしょうか?


 ダムの犠牲になる人たちがいたのに、どうしてダムは必要だとして建設されたのか、と聞かれたらなんと答えるべきなのでしょうか?


 高低差のある堤防で何十年と苦しめられてきた地域の農家の方々が、ダムにより平穏を手に入れたのは事実です。



 同様に、自分たちの地域を救うために、別の地域の人々にかつての自分たちと同じような犠牲を強いており、多くの犠牲の上に農業を成り立たせながらも、実は農家は破綻寸前にまで追い込まれているのだと、一体、どれだけの人が答えられるでしょうか?


本文中※印について


この、破堤状態を人工的に作りだしている箇所を『洗堰あらいぜき』といいます


直近の被害は、2002年(平成14年)になります(徳山ダムはまだ完成しておりません)

この水害は集団訴訟に発展しましたが、2014年、最高裁が上告棄却を言い渡し、実質的な原告敗訴が決定しました

この際に、人工的に作り出された破堤状態である洗堰を『閉める』方向性が示唆されました


しかしながら現在にいたるまで、洗堰の落差は完全に埋められておりません

この年は水害が7月であったこともあり、県下の作況指数に影響がでなかったことも影響しているかもしれませんし、徳山ダムの完成と他の河川の排水施設強化により、過去の水害状況から充分であり必要性がないと見なされてしまったのかもしれません


ですがそれならば、防災対策とは、いったいなんなのでしょか?

被害を未然に防ぎ、かつ、もしも万が一にも災害がおきてしまった場合において、被災区域と被害を最小限にとどめるためのことを指すのではないのでしょうか?


この地域には東海道新幹線が走っていますが、コンクリート製の高架仕様となっている箇所が多いのはなぜなのかを、知っていますか?

十数年に一度あるかなしの水害で、もしかしたら、土盛りの土が流出して大事故につながってしまう『かもしれない・・・・・・

そんな何万分の一、何億分の一の確率でしかない『もしも』が起こらないようにと、コンクリート製の高架になっているのです。


あれは何のためにあるの?


子どもたちに問われたときの説明の最後に、でも、一度も役にたったことがないよね、と言えることこそが最高の幸せであり、あれのおかげで、一回もひどい目にあったことがないんだね、と笑えることこそが防災においての最大の勝利なのではないでしょうか?



※新幹線コンクリート製高架※


南東位置から山が背後に入るように堤防より撮影

この周辺は山を背景にしての新幹線の撮影スポットとなっている

高架となっているあたりは遊水地となる田畑の広がる区域である


挿絵(By みてみん)



洗堰あらいぜき


洗堰を北東に南西に臨んで撮影

背後に見えるのは新幹線ではなく高速道路の高架である

本来の姿をわかりやすくお伝えするために堤防から北から南を臨んで撮影したかったのであるが、立ち入り禁止となっているため断念した


挿絵(By みてみん)



洗堰に近寄ってみる

長良川決壊の年の洗堰は一段目までの高さしかなかった

埋め立てられる以前は、櫛状態になっていた

二段目の高さにまで埋め立てられたのは徳山ダム完成ののち

計算によると長良川決壊の水量であれば、徳山ダムと他の水域に配置した排水施設能力の向上により埋め立ては不要との説明である


挿絵(By みてみん)



北から南を臨んで撮影

左手に位置するのは高速道路の高架、奥に小さく見えるのが新幹線の高架である

高速道路の高架より以東には市街区域だけでなく田んぼもひろがっている

土地は低く用水路からの越水で水はつかりやすいが、洗堰以西とは雲泥の差である


挿絵(By みてみん)




この、たった数メートルの破堤状態を埋めもどす作業が、なぜ進まないのでしょうか?


巨億の税金を投じて巨大なダムをつくることは巨悪である


と簡単に論破する前に、洪水のためにどれほど多くの人が長年にわたり財を失ってきたのかもを、同等に論じる席にのぼらせてほしいのです


そして、ひびわれの補修あとも貧相なこの洗堰あらいせきのすがたに、なにかを感じとってほしいのです

 

  

 

 

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