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【中編】ヤンデレに愛されるゲームにおっさんが迷い込んだ話  作者: 夏目くちびる


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001

恐らく全3話くらいだと思う。書き溜めずに一話ずつ更新するつもり。アンハッピーな批判ネタが続いたから今回はハッピーエンド構想。

 目を覚ますと、俺は一人の女に顔を覗き込まれていた。彼女は俺と目が合うと恍惚とした笑みを浮かべ、スルリと離れて部屋の真ん中でクルリとターンしスカートを翻す。



「おはようございます」



 見覚えのない少女だ。前髪をパッツに切り揃えた、ボブカットなのかおかっぱなのか俺には見分けがつかない黒の髪型。どこか陰鬱で影のある瞳。病気を疑うほどに白い肌。学生服。妙にデカい乳。そして、甘だるい雰囲気。



「……」



 手首が手錠でベッドと繋がれているのを確認すると、余計なことを言って刺激を与えるのはマズいと俺の理性が叫んだ。寝起きにしては冷静な自分を褒めてやりたい。俺は、そんな自分の理性を信じてこの女に質問することはせず観察だけで情報を仕入れることとした。



 見覚えのない部屋だ。随分と物が少ない。デスクには小さなノートパソコン一台に文房具。教科書、カップ麺のゴミ。到底俺とは趣味の合わない、安っぽくて小さな本棚に収められている蔵書は漫画ばかり。クローゼットには、どう見ても学生服と思しきセパレートのコスチュームが吊るしてある。



 窓の外は夜。切り取られた景色を見るに住宅街らしい。一軒家が立ち並んでいるが、この部屋の構造は玄関からキッチンを通り室へつながるワンルームであることから察するに、どこかのアパートの一室であることは想像に難くないだろう。



 そして、吊るしてある制服は男子生徒のものだ。恐らくこの女と同じ学校のものであるだろうから、これまた恐らく、俺をここへ連れてきた女の共犯者の部屋である可能性が高い。



 ……この制服の持ち主は外出しているのだろうか。玄関の靴は二足。恐らくこの女のローファーと、男物のスニーカー。ならば、他に可能性があるのはトイレだが、誰も入っている様子がない。



 食器類は一人分。歯ブラシは……一人分? どういうわけか、プラのカップの中には歯磨き粉しか刺さっていない。まさか、男は俺を拉致監禁しておきながら呑気に歯磨きをしているのか?



 そんなことを考えて再び女に目線を寄越した俺は戦慄した。なぜなら、女はカップに収まっていたであろう青色の歯ブラシを手に持ち、それの匂いを嗅いでから舌先で舐め回し始めたからだった。



 最近の女子高生の特殊性癖に惑わされつつ、自分の口に淡く歯磨き粉の味が残っているような気がしたが、すぐに勘違いだと思い直した。



「あ、あ〜。んんっ。お嬢さん。そういうのは、いくら愛し合っていても生理的に拒否する男、割といると思うよ」


「ふふ、そんなことないですよね。ダーリン。だって、私とダーリンは普通のカップルの絆を超越した存在なのですから」



 ダーリン。



 はて、俺の後ろに誰かいるだろうか。そう思って首だけで後ろを向くと、壁にはなぜか手鏡がかけてあった。しかし、なるほど。そこに映った自分の姿を見て、俺は、ようやく自分の身に何が起きたのかを理解しかけていた。



「顔、違うな。それに随分と若い」


「はい」


「こう、線が細くて女みたいだ。健康に気を使って鍛えてた元の俺のほうが、渋みもあって断然カッコいいがね」


「そうなんですか。ふふ。ダーリンの本当の顔、見てみたかったです」


「やっぱり、そのダーリンってのは俺のことを言ってるのか?」


「当たり前ですよ。やっと会えたんですよ、ダーリン。これで、ずっと一緒にいられますね」



 なんとなく思い出したことがある。



 数年前、興味本位で買ってみた一本のゲームソフトがあった。『ラブ・ユア・チョイス(以降lyc)』。一部ネットニュースで取り上げられマニアの中で熱狂が巻き起こった伝説の恋愛シュミレーションゲーム(以降ギャルゲ)である。



 従来のギャルゲのシステムと一線を画す要素であったのは選択肢を自分で入力する点だ。要するに、ゲーム内のイベントに答えがなく、ヒロインと結ばれるためには現実の女を相手にするようにしっかりと相手のことを調べて落とす準備をしなければならなかった。



 おまけに、キャラクターの思考にAIを採用しており、物語が進むにつれて主人公のセリフや行動から人間らしさを学び、最終的にはプレイヤーによって完全にエンディングが変化する『パーフェクトマルチエンディングシステム』を採用。結果、多くの非モテオタクがクリア不能となり『誰がここまでやれと言った』と阿鼻叫喚の声を上げさせた、色々な意味で界隈を盛り上げた一本であった。



 尚、現在制作スタジオは中国の企業に買収され、サービスを完全に終了してしまっているため絶版となっている。そんなネット記事を、いつだったか読んだ記憶がある。



 閑話休題。



 話を戻すが、その中で俺は四条葵(しじょうあおい)というヒロインを気に入った。話題性で購入した俺には他のギャルゲのプレイ歴などなく知識が皆無だったため、セーブ&ロードの重要性なんていうのも理解していなかった。つまるところ、ゲームのお約束やイベントシーンの回収など考える余裕が一切なかったのだ。



 そんなわけで、作品舞台の地方都市における豪農の館のお嬢様美少女女子高生(おっとり系)とかいう、東京で建築家をやっているリアルの俺では確実に出会うことのない属性のキャラクターだけに目標を定め、ひとまず他のキャラには目もくれず一途に攻略を実行したのだが……。



 結論から言えば、lycはそうでなければクリア出来るゲームではなかった。なぜなら、セーブ&ロードがゲーム側ですべて把握されているからだ。



 選択肢毎にセーブをして色んな文章を入れキャラクターの反応を何度も楽しんでいると、臨界点を超えたキャラクターがそれを学んで「ちょっとあんた、あたしのこと弄んでるんでしょ」とメタ的なツッコミを入れられてしまうのだ。



 そうなると、もう取り返しがつかない。アンインストールしてもう一度やり直し。キャラクターたちにとっては一度きりの恋愛を共有しなければならないだなんて、どう考えてもゲーム的には欠陥でしかないのだが、そう作られているのだから仕方あるまい。オタクたちは、パーフェクトマルチエンディングシステムのせいで一切意味をなしていない攻略サイトに一縷の望みを抱きながら、必死にプレイしていたと当時を振り返るYouTube動画でゆっくり霊夢が語っていたような、いなかったような。



 つまり、これだけ長いこと話して何を言いたいのかといえば、目の前にいるのが四条葵であるということだ。



 ならば、今俺が見ている鏡の中の男の姿は主人公であり、俺はlycの中に閉じ込められてしまったことになる。



 最後に覚えているのは、動作不良を起こしたpcをなんとかしようとssdを綺麗にするためにデータを洗っていたら、lycのアプリケーションが見つかったこと。先に語ったYouTube動画のせいもあって久しぶりに起動した結果こうなっていることを考えれば、非現実的であれ、俺が二次元の世界へトリップしたか、或いは三十歳にしては随分と痛々しい夢を見ているかの二択であると考えるのが合理的だろう。



 以上、観察終わり。



「なぁ、葵」


「なんですか? ダーリン」



 言うと、葵はとんでもなく甘ったるく甘えた声で俺の体に擦り寄った。どうやら、俺の推測は的を射ていたらしい。



 元の俺の姿という言葉に大した反応を見せなかったし、lycのキャラクターがメタ発言を使用することから察するに、彼女は自分がゲームのキャラであると自覚している可能性が高い。

 ならば、この表情はつまり、自分の名前を覚えていたことに驚き半分、嬉しさ半分と言ったところだろうか。男に惚れた女というのは、リアルであれバーチャルであれ大して違わないなぁと俺は心の片隅に思った。



「とりあえず、拘束を解いてくれないか」


「いやです」


「縛ろうが縛るまいが、ここがゲーム内なら逃げる方法もないと思うけどね」


「でも、嫌です。何年も私を放置して寂しがらせた罰です」



 葵は、ニヤついていた表情を凍らせて俺を恨めしそうな目で見つめた。



「私と一緒にいてくれるって言ったのに、あなたはゲームを閉じてしまった。その後、何年も起動することがなかった」


「おいおい、落ち着――」


「愛してるって言ったのに!!」



 突如、葵の悲鳴。緊張を覚えたのは、俺に当事者意識があるからに他ならなかった。



「私だけって言ったのに!! 私だけを愛してくれるって言ったのに!! あんなにいっぱい、いっぱい思い出を作って。たくさん、たくさん、たくさんたくさんたくさんたくさんたくさん!!」



 やがて、俺の上にまたがって大粒の涙を流す葵。



「ねぇ!? どうして!? どうしてそんな嘘をついたんですか!? 理想の女の子だって言ってくれたのも嘘だったんですか!? あの言葉が、あなたがくれたものが、私にとってどれだけ嬉しかったのか分かりますか!? 私があなたへ捧げたものは、あなたにとってそんなに簡単に捨ててしまえるものだったのですか!? あなたが所詮ゲームだと思っている世界は、私にとってはすべてなんです!! それを、それを他でもないあなたが見捨ててしまうだなんて……っ!!」


「……」


「ゲームの中の女だから傷つかないとでも思いましたか!? 割り切って楽しんでるとでも思いましたか!? 私があなたと同じ次元に生きてないからって、愛したフリして騙すなんてあんまりじゃないですか!? だったら、最初からあんなにアプローチなんてしないでくださいよ!!」



 なる、ほど。



 いや、まいった。これは、どう考えたって葵が正しい。彼女が三次元から人間を引っ張って来てしまう程度に精神を病んでしまった理由も、すべてが俺の選択が招いた結果なのだから。これはもう、俺が何かを要求出来る状況でないことは明らかだった。



「私は、頼んで産んでもらったわけじゃないのに。勝手に幸せにして、見捨てて。そんな酷いことをするあなたが私は許せません。だから、いつか再び会うことがあれば必ず復讐するって。殺してやりたいって。そう、誓っていたのに……っ」



 顔に落ちてくる彼女の涙の冷たさが、ここが夢ではないことを俺に教える。

  


「私、ダメなんです。それでも、やっぱり好きなんですよ……っ」



 もはや、俺には他の道などあるはずもなかった。



「よし、分かった」


「なにがですか?」


「付き合おうか。いや、エンディングの後なんだから付き合ったままではあるのか。まぁ、そんな細かいことはどうでもいいけどな。一緒にいよう」


「……え?」



 葵は、俺が何を言っているのか理解していない様子であった。



「一緒にいると言ったのさ。おじさん、流石に女子高生と付き合うっつーのは気が引けるけどね。葵がそこまで病んじゃってるんなら、責任くらいとるさ」


「ほ、本当ですか?」


「本当ですとも」



 俺をこの世界に引き込んだ仕組みとか、元の世界にちゃんと帰れるのかとか。そんなことは、ひとまずどうでもよかった。



 どんな理由であれ、嘗ての俺が好奇心と暇潰しのためだけに四条葵を口説き落とし、挙げ句こんなふうに病んでしまうまでアプローチしてしまった。これは、紛れもない事実であり呑み込まなければいけない現実だ。



 もちろん、ゲームなのだから気にする必要もないと唱える者もいるだろう。しかし、例えばシューティングゲームのつもりで敵機を撃墜しまくっていると、ある日『本当はリアルに飛び回ってるドローンでお前が殺していたのは本当の人間だよ』と言われたとする。その時果たして俺は罪の意識を感じずにいられるだろうか。



 否だ。



 今の俺はまさにそんな気持ちなのだ。ゲームだろうがなんだろうが、目の前に俺のせいで精神を病んで狂ってしまった女の子がいる。その子の存在を知ってしまえば、もう放っておくことなんて出来ない。ならば、自分のことは後回しにして、ひとまず彼女に罪を贖うことを優先することが正しいに決まっている。



 そうだろ?



「なぁ、手錠を外してくれないか。こんな縛られて馬乗りの状態じゃ、男としてカッコつかない」



 言うと、葵はスカートのポケットから鍵を取り出し、俺の顔面に胸を置くような姿勢で手錠に手を伸ばし俺の拘束を解いた。それが露骨な性的アピールではなく言われたとおりにするための行動であると感じて、俺は、やっぱり女子高生は子供だと思った。



「待たせて悪かった」



 膝に乗せたまま対面し、しばらく俺の顔を見つめていた葵は、やがて照れくさくなったのか誤魔化すように俺の胸に顔を埋めた。尚も鼻腔をくすぐる甘い香り。そういえば、俺は昔から女に謝ってばっかりだなぁと、今は遠くに感じる故郷の世界を思いながら彼女の頭を抱いて撫でる。



 恋愛は、決して永遠のものじゃない。



 綺麗な物語と幸せの絶頂で終りを迎える葵たち二次元の女には、きっとそんなリアルを知る機会などない。だから、彼女たちに罪を贖う機会に恵まれなかったプレイヤーたちを代表し、二次元の女に教えてやるのが、ここを訪れた俺の役目なのかもしれない。



 俺は、深く息を吐いて葵の華奢な体を力強く抱き締める。彼女は、小さく声を漏らし、まるで一つになろうとするかのように、俺の背中に爪を立てて必死にしがみつく。



 ほんの数秒、そんな強い包容を交わしたあとで力を弱めると、俺は名残惜しそうにぼんやりと頬を赤らめる葵の前髪を直して額にキスをしてやった。



「今日は寝よう。俺は高校生なんだろ? 多分、明日も学校だよな」


「は、はい」


「出来れば、無理矢理におっさんを若者の輪の中にブチ込むような要らん世話は焼かないで欲しいね。ノリを求められたら、あっという間に参ってしまうからさ」



 冗談めかして言うと、葵は暗い瞳のまま優しく笑った。

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