第11話 勇気の行進②
「じゃあ、先を急ぎましょ!」
意気揚々と先を行くミレーヌの後ろについていく。
一本道だから迷いはしないが、はたしてどこまで続いているのだろうか……。
その疑問の答えが出る前に、俺たちはモンスターに遭遇してしまった。
見上げるほどの巨大なヘビ……。
「まさかヒドラブルか!? 駆け出しの冒険者じゃ太刀打ちできないクラスのモンスターだぞ!」
だがそれだけじゃなかった。
「ねえ、リオ! 人がいる!!」
なんと若い女の子がヒドラブルの前に立っていたのである。
彼女の手には小型のナイフ。
あれでは絶対にかなわない。
しかもヘビは女の子を丸のみしようと大きな口を開けているではないか。
「危ない! 早く逃げろ!!」
俺の叫び声もむなしく、女の子は怯む素振りさえ見せず仁王立ちしている。
怖すぎて動けなくなってしまったのか、それとも強気でいるのか、後ろ姿からでは想像すらつかない。
いずれにしてもこのままだと成すすべなく食われてしまう。
「シャアアアア!!」
ヘビがついに女の子に襲いかかったその時――。
「夢幻流。第二十七乃型。迅雷!!」
ミレーヌが石槍をヒドラブルに向かって投げた。
――バリバリバリッ!
まさしく雷のように大きな音を立てながら、青白い光をまとった石槍は飛んでいく。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
ミレーヌの掛け声に呼応するように槍はヒドラブルの頭へ一直線に向かっていき、ついにその大きな口の中へ吸い込まれた。
――ズガアアアアアン!!
耳をつんざく爆発音とともに、ヒドラブルの全身に雷光が走る。
口から白い煙を漏らしながら、ヒドラブルは地面に前のめりに伏せて、ピクリとも動かなくなった。
「あはっ! やったぁ!!」
ミレーヌが無邪気に喜び、飛び跳ねる。
そこだけ切り取ってしまえば、どこにでもいそうな普通の女の子だ。
だが上級の武器を使わなければ倒すのが難しいヒドラブルを、最下級の武器である石槍で倒してしまったのも彼女なんだよな。
とても同一人物とは思えない。
まあ、そんなギャップに惹かれたから、俺は彼女に武器を作ってあげることに……って、いやいや!
違う、違う!
俺はもう武器は作らないって決めたんだ!
「あ、あのー……」
か細い声にハッとなって、声の主に目を向ける。
ついさっきまでヒドラブルに小型のナイフで絶望的な戦いに挑んでいた、無謀な女の子だ。俺たちが名乗ると、彼女はクレアと名乗った。赤毛の三つ編みで素朴な感じだ。
歳は16、17といったところか。
なんでも故郷を出て、クロスマーケットに向かう途中だったらしい。
「へっ? ということはこの先に町があるの?」
ミレーヌが素っ頓狂な声で問うと、クレアは小さくうなずき「町……というよりは寂れた村ですけど」と自嘲気味に笑みを漏らす。
この洞窟を抜けてからすぐのところにあるそうだ。
クレアの指さす方を見る。薄っすらと出口らしきものが目に入ってきた。
「リオ、よかったね! 今夜の宿が見つかりそうだよ!」
「おいおい、たまたま見つかっただけじゃないか! もし見つからなかったらどうするつもりだったんだよ?」
「へっ? 野宿に決まってるでしょ」
「いやいや、俺はベッドじゃなきゃ寝れないタイプなんだ。野宿なんて絶対しないからな」
「もうっ。聞かず屋の殿方はモテないって聞いたことがあるわ」
そんな軽妙なやり取りをしていると、クレアが俺たちの間に割り込んできた。
「あの……そのバッジ。もしかして冒険者様ですか?」
ミレーヌが得意げにずいッと胸を突き出す。
「へへっ。そうよ!」
クレアの顔に喜色が浮かんだ。
そして彼女はミレーヌの手を取って告げた。
「お願いします! 私をクロスマーケットまで連れていってください! 少ないですけど、報酬はお支払いしますから!」
クレアの手には銅貨が10枚ほど握られている。
ミレーヌは戸惑いながら小首を傾げた。
「えっ……。でも、クレアの村はすぐそこなんでしょ? 今日はもう遅いし、一度おうちに帰って、朝になってから村を出ればいいんじゃない?」
「ダメです! だって私、村を飛び出してきたんですから!!」
夜逃げってやつか。
なんだか面倒なことに巻き込まれそうな予感がしてきたぞ。
クレアには申し訳ないが、あっさり断って先を進んだ方がよさそうだ。
「悪いな、俺たちは先を――」
「何かワケありなのね。いいわ。話してくれるかな?」
ミレーヌが俺の言葉をさえぎってクレアの顔を覗き込んだ。
その目はキラキラと輝いている。
なぜ厄介ごとに自ら巻き込まれていくんだ?
俺にはその神経がまったく信じられなかった。
◇◇
この世界には人間以外にも知能の高い生物がいて、総称して『魔物』と呼ばれている。
かつては『魔王』が『魔物』を束ねるトップに君臨していて、人間の生活をおびやかしたが、『勇者』の出現により魔王は倒され、同時多くの魔物が姿を消した。
もう1000年以上も前のことだと、学校で習ったよ。
しかし末端の……つまり『最弱』に類する種族は、せん滅をまぬがれ、今でも細々と種を維持している。
そのうちの一つがゴブリン族だ。
集団戦を得意とする魔物で、徒党を組んで商人たちの隊列を襲うこともあるらしい。
クレアが抜け出したオールダムの村には産業らしい産業はなく、唯一誇れるのは農産物のみ。
イモや果物を隣町で売って、生活に必要な物資を得ていた。
しかしゴブリンの群れは村人が農作物を隣町に運ぶところを狙って襲うようになったのだそうだ。
しかし村には訓練された兵もいなければ、ろくな武器すらない。
村の男たちは戦う前からあきらめてしまった。
交易は途絶え、物資が村に入ってこない。
人々の生活は困窮を極める一方。
間もなくやってくる冬を前にして、ストーブでたく薪すらない。
このまま村にいてもひもじい思いをするだけだ。
だからクレアは村を飛び出してきたのだという。
「……村には戻りたくないの」
ゆっくりとした話し方や細い声からして、かなり大人しいタイプだと思う。
そう考えると、夜になって一人で村を抜け出したのは、彼女にしてみれば一大決心だったのだろうな。
それなのに村を出てすぐに巨大なヘビに食われそうになった、と……。
クレアのそばかす交じりのあどけない顔に暗い影が落ちる。
「お願いします! 私をクロスマーケットまで連れていってください!」
俺は首を横に振った。
「俺たちと一緒に村へいくか、それとも危険を承知で一人で旅を続けるか――どちらか一つしかないな」
ミレーヌが「そんなにはっきり言わなくても」と非難するような目で俺を見てくる。
……が、知ったことか。
「この洞窟までたどり着いたことすら奇跡的だったんだぞ。それなのに引き返すなんてできるか。むざむざモンスターの餌食になるだけだっつーの」
気まずい沈黙が流れる。
だがクレアが自分の意志を曲げるまでは、それほど時間がかからなかった。
「分かりました。では命を助けてくれたお返しに、私の家まで案内いたします――」
こうして俺たちはオールダムの村に入り、クレアの家に泊まらせてもらうことになったのだった。




