第61話 女性で遊んでいそうなタイプ
「なァ神童ちゃんよ。田中ちゃんのこと気になるのは分かるけどな、席外してもらえるか?」
三上さんはゆあちーへと視線を送り、離席を促しました。
ですがゆあちーは「でも……」と不服そうです。ちらちらと私と、隣に立つ男性——田中 恵那を交互に見やります。
まあ、今の恵那はどこからどう見ても浮浪者の怪しい男にしか見えませんからね。
客観視すれば、夫婦共々ろくでもない人物にしか見えません。
当然、恵那もゆあちーに警戒されていることは理解していたのでしょう。首に手を当てながら、くすりと微笑みました。なんでイケメンって首に手を当てがちなんですかね。頸椎損傷?
「安心しなさい。琴……のお友達なら、彼女がどれほど危なっかしい人物なのか分かっているでしょう?」
「誰が危なっかしい人物ですかっ。私はちゃんとしてますよっ」
「あなたは黙ってて。研修中もどうせ、ゴブリンの死骸をおもちゃみたいに扱って遊んでいたんでしょう」
「千里眼か何か……?」
公衆の前でぞんざいな扱いを受けたのが納得いかなかったので噛みついたのですが、恵那にバッサリと切り捨てられてしまいました。
しかし、監視カメラでも付けていたんですか?私の行動がまるで筒抜けです。
うーん慧眼。
それから、恵那はゆあちーを諭すように語り掛けました。
「そうね。強いて言えば、私は琴の監督責任者、といった立場かしら」
「……アンタみたいな男が?ことちー、最初アンタのこと知らないって言ってたけど?」
「痛いところを突いてくるわね。少し事情があるのよ」
「ふぅん。ま、ことちーに変なことしようものならぶん殴るからね」
「……“変なこと”、ねぇ……?」
ちょっと。何でそこで私を見るんですか恵那は。その単語に含みを持たせないでくださいっ!
誤解ですっ。誤解なんですっ。……多分。
正直、真実を告げてしまいたいです。性別と年齢。
しかし私も恵那も、それが真実であると証明できる証拠を持ち合わせていないんですね。
なのでどうしても、「事実を伝えること」よりも「その場を収める」ことを優先しがちです。
社会人の悲しい性ですね。
ゆあちーと恵那はしばらく睨み合っていました。ですが、今回はゆあちーが引き下がることにしたようです。
彼女は観念したようにため息を吐いた後、ソファから立ち上がりました。そのまま、出入り口へと歩みを進めます。
出入り口前に立った彼女は、それから三上さんへと視線を送りました。
「皆さんのギルドの問題もあると思いますので、ひとまず……お邪魔します。ことちー……田中さんをお願いしますね。この子をしっかりと守ってください」
「はいよ。心配されてんな、田中ちゃんよォ」
三上さんが厭味ったらしくニヤニヤとこちらを見てきます。性格悪いですよ?
最後に、ゆあちーは「またねっ。後で連絡先交換しよっ」と言い残して、病室から出て行きました。
彼女が完全に姿を消したのを見届けた後、私は三上さんと恵那を交互に見やります。
ここから先は、大人の話ですね。
「とりあえず、麻衣ちゃんも呼んで……あ……ちょっとしんどくなってきた、かも……」
そろそろ起き上がっているのも限界なようです。頭重感と眩暈が襲い掛かってきました。
私の異変を瞬時に感じ取った恵那が、そっと私の背中に腕を回してくれました。
男性の姿となった恵那の逞しい腕に包まれながら、私は静かに横たわります。
「ほら、琴男は無茶しないで。吐き気はない?」
「あっ、うん。吐き気はない……かな。起きてるのが辛くなってきて……」
「体力も万全じゃないんだから仕方ないわよ。相も変わらず無茶が好きね」
「だって、恵那と久々に会えたし……死んだって思っていたから、驚いたのと嬉しかったのと……」
うーん、完全に弱ってしまっているようです。
普段だったら言わないだろうなー……って思うような本音がボロボロと零れていきます。
恵那がダンジョンの崩落に巻き込まれて死んだという情報を知らされた時、胸の奥がぽっかりと空いてしまったような気分でした。
私を構成するパーツの大部分を無くしてしまったような気分だったんです。
そんな死んだと思っていた恵那は、再び戻ってきました。
……男性の姿となって、ですが。
色々と聞きたいことがあります。色々と知りたいことがあります。
ですが、何よりも私が恵那に求めることと言えば。
「……もう、居なくならないでください。離れないでください」
「っ……」
今だからこそ言えることですが、“女性化の呪い”でこの姿になってから。恵那が家を出た時だって寂しかったんです。
そんな辛い気持ちから逃れるようにお酒に逃げていたんです。
本当は戻ってきてほしかったですよ。
でも、元の関係に戻るのは無理だって思っていたので、言えませんでした。
……そんな私に、恵那は再び歩み寄ってくれました。
本当に、一番最初に出会った頃から変わりませんね。
何もかも諦めた私の前に、飄々とした姿で現れるんですから。
「……滾るわね。これは……」
「ん?」
「いや、何でもないわ。琴男の幻聴よ」
「そ、そう……?疲れてるのかな……」
なんだか恵那の口からとんでもない言葉が聞こえた気がします。
そうですよね、幻聴ですよね。私も疲れてしまっているようです。忘れることにしましょう。
そんな私達のやりとりを、三上さんは遠い目をして眺めていました。
「……あー……美人の恵那ちゃんはもう居ねぇのかよ、畜生。なんだよこのオカマ色男……」
ちょっと。
散々な言いようですねぇ!?見た目はどうあれ、中身は田中 恵那のままですよ!
……多分。
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呼び出された麻衣ちゃんは、私達の面々を見渡しては首をかしげていました。
やはりというか、恵那に対して不審な視線を送ります。
「……えっとぉ……誰ですか、この浮浪者……」
「ちょっと。浮浪者は失礼じゃないかしら?」
「え。おと……おん……ん!?」
や、まあ……混乱しますよね。
見た目だけで言えば完全に男性。ですが口調で言えば女性なのです。
テレビでそういうコメンテーターなどを見ることはあっても、実際の場面では困惑が勝ります。
夫婦共々、ご迷惑をおかけしてすいません。
……今は、どっちが妻でどっちが夫と捉えるべきなんでしょうね?外見だけで言えば私が妻ですが……。
それから、恵那は腰掛けていたベッドから立ち上がり、整った姿勢でお辞儀しました。
「初めまして。旦那がお世話になってます、妻の田中 恵那です。よろしくお願いいたします」
「旦那……妻……えーっと……んん?」
あっ。
まずいです。麻衣ちゃんの思考回路がショートしかけています。
目をぱちくりさせては、交互に私と恵那を見やっています。
恐らく、恵那は麻衣ちゃんが私の正体を知っていると見越して、説明を省略したのでしょう。
ですが省略しちゃダメでしたね。
旦那も妻も、何一つ間違っていません。
間違っているのは見た目だけです。
麻衣ちゃんは助けを乞うように、私に視線を送ってきました。
ですが私だってどう説明したものか分かりません。
なので、私は恵那に話を促すことにします。
完全に体力が尽きているので、ベッドに横たわったまま会話に参加するのは、非常に申し訳ないですが。
「恵那……ごめん、ちゃんと説明して欲しい。どういう経緯で男性の姿になったのか」
「あら。そうね、私としたことが……ごめんなさい」
話の主導権を恵那に渡さなければ、いつまでたっても話が進みません。
私の言葉にハッとした恵那は、「ふう」と小さく息を吐きました。それから、その端正な顔立ちで周囲を見渡します。
「私は、琴男の家から出て行ってから……、琴男の身に起きた現象の原因を探っていたわ。現実を受け入れられなかった、というのもあるけれどね」
「私の……」
「そう。あなたの言う“女性化の呪い”かしら。それが引き起こされた原因は何か、そのトリガーを知りたかったの。好奇心の強い琴男に影響されたのかしらね」
そう言って、恵那はくすりと微笑みました。
男性の姿になったとしても、柔らかな笑みは何ひとつ変わりません。まあ与える印象はやっぱり違ってしまいますが。恵那の声が低いので、どうにも口調が引っかかります。
それから恵那は静かに深呼吸して、本題に入ります。
「結論から言えばね。琴男の場合は“女性化の呪い”、私の場合は“男性化の呪い”とでも言おうかしら……これには再現性があるわ。まあ、その条件を達成するのは非常に困難だけれど」
「……再現性が、ある?」
三上さんは、ぽつりとその言葉を反芻しました。
恵那はコクリと頷き、それから自分の身体を見下ろします。若い男性の姿となった、その肉体を。
「ええ。この冒険者が少ない、かつ各々が練度を高めた現代だからこそ……成立した条件でしょうね」
「あのぅ。教えてください。その条件って、一体何ですか?」
全日本冒険者協会職員である麻衣ちゃんは、真剣な表情を作って話に割って入ってきました。
冒険者が少ない昨今のご時世と、“女性化(あるいは男性化)の呪い”が、一体どうつながっているのでしょうか。
すると、恵那は静かにその答えを発します。ゆっくりとした口調で、相手が聞き漏らすことの無いようにはっきりとした声音で。
「たった1人で、ダンジョンの全階層を踏破する……それが、姿そのものを変える為の条件ね。恐らく、攻略するダンジョンに指定はないわ」
「……ソロで、全階層を?無茶苦茶言っていませんか……?」
「ええ。ソロでの活動が許されるほどの実力者……という条件だけでも私達田中夫婦を除けば、そう見つからないでしょう」
なるほど。
冒険者の母体数がそもそも少なくなり、複数のパーティが同時にダンジョン攻略に赴く、というケースが大幅に減少したこと。
ロマンを突き詰める為に、冒険者界隈に留まり続けた人々が鍛錬を続け、その結果として冒険者全体の練度が向上したこと。
その二つの前提条件に加え、「ソロでのダンジョン攻略を許容されるほどの実力を持つ」という条件が加わった結果……ということですね。確かに黎明期なら到達不可能な条件です。
なんというか、あらゆる奇跡が噛み合っている気がします。
私がそう感嘆としている時ですね。
三上さんは「ちょっといいか」と話に割って入ってきました。
「なあ、恵那ちゃんよォ。お前、ダンジョンでこれ落としただろ」
そう言って、彼は室内の机に置いていた冒険者証を突きつけます。
魔法金属を素材として作られた冒険者証には、彼女(彼?)の名前と、顔写真が貼られています。
47歳という年齢にして、その美しさの衰えることはありません。
艶のある黒髪と、ほうれい線が刻まれながらも美しさを維持した顔貌がそこにはありました。田中 琴男のガンギマリ顔写真とは大違いです。
恵那は「あら」と声を漏らし、そんな冒険者証を受取ります。
「いつの間にどこかへ消えたかと思ったら、とっくに拾われていたのね」
「冒険者証だけが残っていたもんだからよォ、こちとら恵那ちゃんが死んだかと思ったんだぜ?」
「……それはごめんなさい」
「田中ちゃんはなぁ、女の子になった時にすぐギルドに連絡くれたっつぅのによォ。つかどうやってここまで来たんだよ、電車賃はどうした電車賃は」
主題からは大きく逸れますが、確かにそれも気になりますね。
恵那が今着込んでいる灰色のスウェットは、おそらくダンジョンの仮眠室にあったレンタル品のパジャマを借りたものでしょう。
ですが恵那は今、財布などの類を持っているようには見えません。ダンジョン崩落の時に紛失でもしたのでしょうが……、どうやってここまで来たのでしょうか?
すると、恵那はどこかばつが悪そうに明後日の方向へと視線を送りました。
「あのね、私って……客観的に見たら、なかなか色男に見えるでしょう?女性で遊んでいそうなタイプの」
「自分で言うか、お前それ……」
「だからね、その……ちょっと、軽そうな女の子をナンパして、お金を貰ったわ。この見た目って便利ね」
……は?
しれっと告げられた電車賃確保の真相に、場の空気が凍り付きました。
三上さんは天を仰ぎ、魂の抜けたような声で呟きます。
「俺さァ、田中ちゃんだけで、すでにキャパオーバーなんよ……なんだよこの夫婦……」
花宮さんは頭を抱え、現実から目を背けるように蹲りました。
「え……そこら辺の人ナンパして、お金を貰ったってこと……?さすがに、ちょっと倫理的に……」
よからぬことを口走った、と二人のリアクションから悟った恵那は私へと視線を送りました。
「琴男。私、何か間違ったことをしたかしら?」
「見た目としては大正解だと思うよ……」
「女性口調を隠して、声を掛けたら一発だったわ。逆に心配になるくらいね」
「……あー……うん……」
このまま目を閉じて、寝たふりを決め込みたいところです。
なるほど、私の言動も傍から見たらこんな風に見えていたんですね。今になって納得しました。
なんというか、恵那が将来有望なヒモ男に見えてしまいます。
剣聖と言われた美人の冒険者の末路がこれですか?
なんかこの空間、中年しか居ない気がするんですが気のせいでしょうか?(作者)




