第54話 限界を超えて
冒険者の多くが愛用している“身体強化”に該当する類の魔法。これは厳密に言えば、“雷属性”に該当します。
全く共通点を見出せない2つの単語。しかしここには人体解剖が大きく影響しているんですね。
前提知識として、人が身体を動かすメカニズムを説明しておきましょう。
脳から「こんな風に身体を動かしたい」という指示が電気刺激となって組織に伝達。そこから“興奮収縮連関”と呼ばれる一連の化学反応を介して筋肉が収縮します。
細かく説明すると時間が掛かっちゃいそうなので省略しますが。
つまり、身体を動かすには電気が関係しているんです。
“身体強化”の類の魔法は、その作用を活かしたスキルとなっています。
しかし、限界を超えた使用によって筋肉を破壊するリスクも高いので……長時間の使用は避けた方が良いです。
これは私の使う“魔素放出”にも言える話ですね。
“身体強化”が筋肉に作用するスキルであることに対し、私の使う“魔素放出”はいわゆるパワードスーツのようなものです。身体に纏わせた魔素を使って、強引に体を動かしているので、むちゃくちゃな動きは基本的にNGです。
“魔素放出”を使った技術を開拓している最中、何回か激しい筋肉痛で動けなくなったことも多々ありますし。
——ですが、今回ばかりはそうもいっていられないですね。
由愛ちゃんは大槌を駆使した、豪快な戦術を得意としています。ですが、その戦闘スタイルの性質上、スピード型とは相性が悪い。
麻衣ちゃんは元々が魔法使いです。近接戦闘に適応したステータスではありません。
その上、“時間魔法”は対象を捉えることが出来なければ、発動さえ困難でしょう。
なので雷ゴブリンと渡り合うのは、“魔素放出”によって速度を最大限に向上させた私にしかできないことなのです。
突如として私達の前に立ちはだかった雷ゴブリン。魔物である以上、そうやすやすと私達を逃がしはしないでしょう。
「——っ!」
ほぼ反射的に、右斜め前に滑り込む形で倒れました。
私が居た痕跡を穿つように、紫電の稲妻が空高く舞い上がります。
倒れ込んだ勢いで前転し、素早く体勢を立て直します。それから構えたロングソードを握りしめ、低く駆け出しました。
「はっ!」
大地に短剣を突き立てた雷ゴブリン目掛けて、小柄な体躯であることを利用し懐に入り込みます。それから、素早く逆袈裟斬りを仕掛けました。
ですが雷ゴブリンもそれは想定していたのでしょう。
「ッギィッ……!」
雷ゴブリンは高く跳躍し、逆袈裟斬りの軌跡から逃れます。
「運動させないで下さいよ。体力には自信ないんですから」
私は皮肉を漏らしながら、雷ゴブリンの後を辿るように跳躍。追撃を図ります。
そこから空中で一文字斬りを仕掛けました。私の身体から放出される銀色の光だけが、その軌跡を描きます。
「——ギッ!!」
しかし雷ゴブリンの戦闘IQは高いようです。
唐突に空中に向けて紫電を放ちました。
その反動を利用し、地面へと急降下。素早く着地した上で私を迎撃せんと身構えます。
「やるじゃないですかっ」
素直に称賛の声を浴びせながら、私は位置エネルギーを活かしてロングソードを突き刺さんと狙います。
大地に深々と突き刺さったロングソードを中心として、激しい土煙が舞い上がりました。
そんな土煙を押しのける形で、雷ゴブリンは大きくバックステップ。攻撃の余波から逃れます。
一連のやり取りから察するに、能力値としては五分五分、と言ったところでしょうか。ゴブリンだけに。
……なんだか私もゴブリン扱いされてるみたいで腹が立ってきましたね。
ただ“魔素放出”だけに頼っていては、ジリ貧でしょう。
そう判断した私は、腰に携えていたナイフを鞘から引き抜きました。
「ほらっ、あなたもこれで解剖してあげます、よっ!」
「——ギッ!?」
そのまま、ナイフを雷ゴブリン目掛けて投擲します。
予想外の方向から襲い掛かった遠距離攻撃に、雷ゴブリンは困惑の声を漏らします。
雷ゴブリンは反射的にナイフを弾き、その攻撃から身を防ぎます。
ですが、防がれるのは予想済み。ナイフは所詮ブラフです。
雷ゴブリンが体勢を立て直す前に、私は低い姿勢から駆け出しました。
見える景色全てがぼやけていきます。
足に力が入り切らず、胸が締め付けられるような気分です。
ですがそれでも、私は剣を振るうことを止めませんでした。
「たっ!」
「ギィッ……!」
放つ横薙ぎの一閃が雷ゴブリンの皮膚を傷つけます。ですが致命傷には浅い。
連撃に移行しようとしましたが、既に雷ゴブリンは私のリーチから離れていました。
(多分、既にMPは使い切っていますよね)
全身がすごく重く、徐々に息苦しさが身体を支配していきます。
冒険者の命綱であるMP。それはただ魔法やスキルを発動させるだけではありません。
MPが減少すればするほど、私達を強化するステータスは減少していく。
つまりMPをほとんど使い切った私は、完全に生身の肉体で無理矢理身体を動かしていることになります。
“魔素放出”の残り香を駆使して、今は辛うじて動くことが出来ていますが……。
「ごぷっ……っ、あ……」
あっ、まずいです。
口から血が零れました。全身に痛みが伝播していきます。一度意識してしまえば、痛みはより一層強まっていきます。
ですが、私がここで倒れてしまったら?
そんな思いが脳裏を過ぎります。
本来、無茶は冒険者にとって禁物です。ワーカホリックなんてご法度です。
……でも、昔の私はよくそんな無茶をやっていたものですね。どんな世界でも、黎明期ほど特にブラックです。
なんだか懐かしい気もします。
少なくとも20年以上忘れていた感覚が取り戻されていく気がします。
MPという概念が存在しなかったあの頃は、無謀とはいつだってお友達でした。
ですから、こんな時こそ誓うべきでしょうね。
——もう一度、戻って来て。
過去の私。
……と。
「っ、ああああああああああっ!!」
私はロングソードを構え、出せる力を振り絞り、全速力で距離を詰めていきます。
全身の筋肉という筋肉が、今にも引きちぎれそうなほど痛みます。
それでも私は、体を動かすことを止めませんでした。
MPの限界を超えて。
——今ここで動かなかったら、きっと後悔するから。
ですが、私の決死の特攻を悟ったのでしょう。
「——ッ、ギッ——!」
「しまっ……!」
咄嗟に身の危険を感じ取った雷ゴブリンは、咄嗟にその場から逃れようと後方に勢いよく跳躍。
ですが、まるで罠にでも掛けられたように。
雷ゴブリンの身体は空中でぴたりと止まります。
「——!」
その理由が分かった私は、麻衣ちゃんへと視線を向けました。
彼女は必死の形相で魔法杖を構えています。その杖に飾られた魔玉が、ほんのりと淡い青色の光に照らされていました。
「っ、やっと引っかかった……!」
「……ありがとう、ございます……っぷ……」
“時間魔法”がようやく命中したようです。ゴブリンは身じろぎ一つさえ出来ません。しかし表情筋までは完全に支配できなかったようで、苛立ったような視線をこちらに向けてきます。
ですが、決着のようですね。
私はロングソードを構え、その胸に刃を突き立てようとします。
高濃度の魔素を注入し、魔素中毒に陥らせる算段でした。
「これで、終わり——」
……あれ?
最後の力を振り絞ってとどめを刺そうとしましたが、身体の方が先に限界を迎えました。
少女のか弱い身体を酷使しすぎたようです。
「……あ、あれ……」
べしゃりと地面に倒れ込みました。直ぐに立ち上がろうとしますが、全身の筋肉がことごとく痛み、まるで動かせそうにありません。
「田中大先生っ!」
麻衣ちゃんが慌てた様子で私の名前を呼んできます。
何か言葉を返したいのですが、口さえもロクに動かせません。か細い息が漏れるのみでした。
「ギ、ギギッ……」
「……っ」
はは。
なんという様でしょうね。
散々ベテラン冒険者として経験を積んだ私が、このざまですか。
思わず自虐じみた笑みが零れます。
雷ゴブリンは“時間魔法”によって拘束されながらも、にやりと愉悦の笑みに浸っています。
“時間魔法”に専念している麻衣ちゃんは攻撃魔法を放つことが出来ません。ですが、“時間魔法”を解除してしまえば、その速度を再び捉えることなど不可能でしょう。
そんな絶望的な状況を打破したのは、由愛ちゃんでした。
「琴ちゃんっっっっ!!!!」
いつの間にか、雷ゴブリンの背後に回り込んでいたようです。
由愛ちゃんは大槌を大きく振り回し、雷ゴブリンの頭部を思いっきり殴りつけました。
頭部を中心に響いたインパクト。それは轟音を生み出し、彼女を爆心地として衝撃波を撒き散らします。
そんなレベル45から放たれた一撃を耐えきることは、雷ゴブリンには出来ませんでした。
もう、断末魔すら上がりません。
雷ゴブリンの首が弾き飛び、ごろりとダンジョンの床に転がります。
絶命を確認した麻衣ちゃんは“時間魔法”による拘束を解除。
少し間を置いてから、脳からの指示を受け付けなくなった雷ゴブリンの四肢がずるりと崩れ落ちました。
(……助かりました、よ……)
治癒魔法もまだ受けていないはずなのに、痛みが消えていきます。
いや、痛みだけではありません。
身体の感覚も。
意識も。
全てが、暗闇の中に沈み込んでいきました。




