第53話 特殊個体
「田中さん、あなたはここで戻りなさい」
「えっ」
唐突に、麻衣ちゃんから追放宣言をされてしまいました。
俗にいう「お前をパーティから追放するぞ!」ってやつですね。うーん、初めて言われました。
ですが不服でもある為、一応理由は聞いてみます。
「どうして、ですか?」
「むしろ理由を聞かれることが不思議なんだけど……」
「へ?」
私の困惑が伝わったのでしょう。麻衣ちゃんは淡々と理由を語り始めました。
「レベルが低いのはまあ目を瞑るとして……“炎弾”の制御が出来ないのは普通に危なっかしい、MP管理が出来ていない、ちょこまかと落ち着きがない」
「うっ」
「突拍子もない行動をして周りを振り回す、自分のレベルをわきまえずに暴走する……さて。申し開きはありますか」
「むぐ……」
ぐうの音も出ない正論をまくしたてられ、私は口ごもるしかありませんでした。
いつも私の味方をしてくれている由愛ちゃんにも視線を送ってみます。ですが彼女も困ったように愛想笑いを浮かべるのみで、私を助けてはくれませんでした。
「うん、ごめん琴ちゃん……今日はもう、大人しくした方が良いかも」
「由愛ちゃんまで……!?どうしてっ」
「えーっと……MPの残り数値、教えて?」
えっと、先ほど由愛ちゃんと麻衣ちゃんが戦っている間に……“アイテムボックス”、“魔素放出”、“探知遮断”の三種類の魔法を使っちゃいました。
いずれもコストパフォーマンスで言えば、相当に軽い魔法の分類です。
え?“アイテムボックス”はMPいっぱい使うから普通は違うだろって?まあ私なので。
あんまりはぐらかすことも出来ないので、私は大人しく白状代わりの合言葉を発することにしました。
「……ステータス・オープン」
すると私の眼前にステータス画面が表示されます。
一応2人にも共有するのが筋ですよね。由愛ちゃんと麻衣ちゃんに、大人しくステータス画面を送信することにしました。
【田中 琴】
Lv:8
HP:75/75
MP:42/169
物理攻撃:38
物理防御:27
魔法攻撃:124
魔法防御:91
身体加速:49
……えーっと。
“アイテムボックス”でMP1。
“魔素放出”でMP2。
“探知遮断”でMP2。
先ほどの戦いでMPを5消費したことになりますね。それに加えて、武器を入れ替えたので更に-1です。
もう25%を切っていました。
私のステータス画面を見た麻衣ちゃんは、にこりと穏やかな笑みを浮かべました。自然を装った笑みが、かえって怖いです。
「田中さん、先ほどあなたは……ゴブリンを匿いましたね。私から隠す目的で“探知遮断”を使いましたね?」
「うぐっ、あー……はい」
「さすがにそれはダメでしょ。田中さんに何かあったら私の責任なんですよ?」
「すみません……」
うう。
ごもっともな正論なので、チクチクと胃が痛いです。
本来の業務内であれば、別に好きなように行動して良いと思いますが……今は研修中ですもんね。
研修中にゴブリンで遊んでいるのはご法度です。
遊びです。(断言)
今回においては完全に私に非がありますね。少し好奇心にかまけすぎました。
それに、残りMPのことを考えると、確かに麻衣ちゃんの言う通り……大人しく安全地帯に戻った方がよさそうです。
「そうですね、確かに花宮さんの言う通りです。今日は大人しく戻ります……」
「はい。ダンジョンの入口までは付き添いますよ。土屋さんは引き続き研修を続けましょう」
この年になって怒られるというのは、精神的にも堪えますね。
女性の身体になってから涙もろくなってしまったのでしょうか。悔しい気持ちが抑えきれず、ぽろぽろと瞳から涙が零れます。
「……う、ぅう……」
「こ、琴ちゃんっ。大丈夫だから、まだ挽回できるから、ねっ?」
私に寄り添う為に、由愛ちゃんは大槌をボールペンの形に戻してポケットへしまいました。
そして、私の両肩に手を当てて温かい言葉を掛けてきます。
「う、ぅ……うん……」
由愛ちゃんの言葉が心にしみます。柔らかに微笑む彼女に身体を預けてしまいたい気分です。
そんな想いをぐっと堪え、ゆっくりと歩みを進めます。
まだモンスター出現地帯に入ってから、そう遠くまで歩いていません。ですから、出入り口はすぐそこでした。
あとは私が安全地帯である2階層に戻るだけ。
なのですが——。
出入り口をふさぐように、1体の魔物が立ちはだかっていました。
「ギィ……」
薄緑色の皮膚を持ったゴブリンです。
「ゴブリン、だね。ちょっとどいてて……私がやっつける」
由愛ちゃんは再度ボールペンを手に持ちました。魔力を込めながら、静かにボールペンをノックします。
すると、光の粒子を纏うボールペン。瞬く間に、それは1mを超える大槌へと姿を変えました。
「っ、あ、まって……」
嗚咽の残る声で、私は由愛ちゃんを呼び止めようとしました。
ですがかすれた声では、彼女に声が届きません。
おかしい。
おかしいです。
ゴブリンは、集団で行動する生き物なんです。群れで戦うことが基本です。
それが。
単体で、堂々と私達の前に立ちはだかる……それだけで、違和感に満ちた行動と言えます。
ですが、そのような違和感をどう言葉にすれば伝わるのでしょう。
魔物の生態を把握していない由愛ちゃんは、まるでその事に気付きません。
私達の背後で立っていた麻衣ちゃんは、何かを察知したのでしょう。
咄嗟に由愛ちゃんに向けて叫びました。
「——っ!待って!!土屋さんっっっっ!!」
その声が発せられるのはわずかに遅かったです。
由愛ちゃんは大槌を引きずりつつも、ゴブリンへと距離を縮めていきます。
「やあああっ!」
「ギィッ……アアアアアアアアア!!!!」
突然、ゴブリンは大声を張り上げました。その120㎝にも満たない身体から、紫電が迸ります。
「なっ、なに!?」
さすがの由愛ちゃんも、その状況に異変を感じ取ったようです。重心を後ろにずらし、勢いよくブレーキを掛けます。
土煙の巻き起こる中、彼女はゴブリンからほぼ反射的にバックステップして距離を取りました。
「——っ!?」
紙一重でした。
由愛ちゃんが先ほどまでいた空間を横薙ぎにするように、紫電迸る一閃の軌跡が描かれます。
それは、紫電纏うゴブリンが放った一撃でした。
「田中大先生っ!あれは……!?」
麻衣ちゃんが、咄嗟に私に意見を求めます。
ゴブリンのことに関しては十分に精通しているはずの私に、です。
ですが。
「……分からない。初めて見ましたよ……っ」
「えっ……!?」
悔しいですが、私も初めて見た個体です。
ゴブリンと言えば、ダンジョン内を集団で闊歩する魔物。確かに「ゴブリンメイジ」という一部魔法を使う個体こそいますが、全身から雷そのものを纏わせる個体など見たことがありません。
そもそも、体内に発電器官を持ち合わせていません。
散々解剖してきたので、これは胸を張って言えます。え?張るほどの胸無いだろって?うるさいな。
この身体になる直前、私は塔型ダンジョンを最上階まで単騎で踏破しました。
当然、最上階付近になるとゴブリンの上位個体だって出現します。
ダークゴブリン、ゴブリンメイジ・アーチャー、ブラッドゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンロード等々……。
ですが、いずれも強化されるのは基本的に身体能力でした。
肉体そのものに属性を付与されたゴブリンなど、今まで存在しなかったんです。
「なんですか、あれは……っ!」
知的好奇心と焦燥感が入り混じります。
知りたい、知らなければ。
ですが、その前に由愛ちゃんをも守らないといけません。
本来であれば無力である私ですが、ひとつだけ……由愛ちゃんにも勝る技術を持っています。
「ごめんなさい、花宮さん。少しだけ、無茶をします」
「っ、ダメです……!琴ちゃんに何かあったら……っ……!」
「大丈夫ですって。花宮さんの責任にはしませんよっ」
「そういう問題じゃないですっ……!」
慌てて引き留めようと、私の肩を掴む麻衣ちゃん。ですが私は、その細い手を払いのけました。
ステータスとしては私の方が劣るので、本来はそのようなことは出来ないはずですが……麻衣ちゃんも、微かに私に期待しているのでしょうね。
紫電迸らせたゴブリン——ひとまずは、雷ゴブリンとでも呼称を付けておきましょう。学名云々に関しては、私は知りませんし。
雷ゴブリンは、じろりと値踏みするように私達を見据えています。
私は大きく深呼吸し、ロングソードを鞘から取り出しました。
残った鞘を無造作に放り投げ、その切っ先を正面に構えます。
すらりと伸びる銀色の光が、光沢を帯びていました。
残りMPは42。
それに対し、秒間消費MPは3。
つまり、14秒が限界ですね。
「——“魔素放出”っ!」
私がそう唱えるのに応えるように、全身に高濃度の魔素が漂い始めました。
密度の高い魔素は、外界から吸収する光を乱反射します。やがてそれは、私を纏う銀色のオーラへと変化していきます。
もはや1秒でも惜しいので、私は迷いなく雷ゴブリンへと駆け出しました。
大地を踏みしめた瞬間、土煙が激しく舞い上がります。見える景色全てに、ブラーが掛かります。
「2人は……絶対にっ、傷つけさせませんよっ!」
「ギッ!!」
雷ゴブリンはさすがというのでしょうか。迅雷にも似た速度で、私を迎撃せんと構えます。
ゴブリンが握る短剣の切っ先に至るまで、紫電が迸っています。
衝突する白銀のオーラと紫電。
私達を中心として、衝撃波が生じました。それは大地を抉り、砂煙を高く巻き起こします。
「っ、きゃ……!」
「土屋さんはこっちへ!……田中大先生……っ」
土煙に飲まれようとしていた由愛ちゃん。彼女に襲い掛かろうとしていた土煙の時間を咄嗟に止めた麻衣ちゃんは、早々に彼女の手を引いてその場から離れました。
激闘の余波に飲まれないように避難してくれて助かりました。
これで、心置きなく本気を出せるというものです。
「始めて見ましたよっ、こんなの……っ!」
今まで見たことのない、いわゆる“特殊個体”と言えるゴブリン。
30年間不変だったはずの常識が、崩れ去ろうとしている。
それを、ひしひしと肌で感じ取りました。
文字通り、少女の肌で……です。




