第29話 不届きな行為
「はい。それでは皆さん。カードが割り振られたと思いますので、それぞれ同じ色のところへ移動してください」
花宮さんの指示に従って、それぞれの冒険者達がレベルに応じて割り振られた場所に散り散りになっていきます。
青とか、緑とか、黄とか、赤とか。
冒険者のレベルによって、研修グループを分ける仕組みみたいですね。
それぞれ、全日本冒険者協会より派遣された熟練の冒険者達がいるグループへと集まっていくのが見えます。
土屋さんも「またねー」と楽しそうに手を振ってくれたので、一応私も手を振り返しておきます。ミラーリングです。
ちなみにですが、私はカードを与えられていません。
というか、私にはグループが割り振られませんでした。
隣に立つ花宮さんにおずおずと話しかけてみます。
「……一応確認しますが、私のグループは……」
「田中さんは、レベルが低すぎるので……私とマンツーマンです」
「……ですよねぇ」
予想は出来ていました。
まあキャリアアップを積む目的で訪れる研修でもあるので……私以外の冒険者はそれなりにレベルが高いんですよね。
少なくとも、レベル20~30くらいはあると思います。
それに対して、私のレベルは7。ラッキーセブンです。ははっ。
しかし、花宮さんは不思議そうに首を傾げました。何というか、日本人形を思わせるミステリアスな雰囲気がありますね。
「田中さんは……どこで”アイテムボックス”を覚えたんですか……?」
うーん。一々質問されるのも癪ですねえ。
花宮さんは、女性化する前の私を知っていますし。自分の正体を説明して、信じてくれるかもしれないですね。
そう考えた私は、花宮さんに正体を打ち明かすことに決めました。
「あー……そうですね 。その前に……“田中 琴男”という冒険者を知っていますか?花宮さんの指導者だった」
私の本名ですね。久々にこの名前を出した気がします。皆、琴ちゃん呼ばわりしすぎ。
その名前を聞いた途端、花宮さんの無機質だった表情に驚愕が滲み始めました。
「……っ、どう、して先生の名前を……!?」
「例えばですが……“田中 琴男”が私だって言えば、信じられますか?」
「へ、は……?いきなり……何を言っているんですか……?」
花宮さんは「信じられない」と言った表情を浮かべ、首を大きく横に振りました。
まあそうですよね。突然知らない人物に「私は未来から来たあなたです」って言われたようなものです。
え?ちょっと違う?似たようなものじゃないですか?
さて。彼女に正体を信じてもらう為の方法を考えてみましょう。
①見た目が違う
②性別が違う
③ステータスが違う
はい。
ほとんど別人と言って遜色ない私です。
なので、行動で指し示すしかないのですが……。
……あっ。現物証明になりそうなものが、ひとつだけありました。
「あのっ、これ。田中 琴男って証明です。免許証です」
私はポケットに入れていた、よれよれのくたびれた茶色の折り畳み財布を取り出しました。見るからに年季の入った財布から、返納を忘れていた「田中 琴男」の免許証を見せびらかします。そう言えばこの間、返納催促の手紙来てたな。
相変わらず男性時代の私は酷い顔をしていますね。連続殺人犯みたいなガンギマリの顔です。
しかしその免許証を見た花宮さんは、不審げに眉を顰めました。
あれ?
「……オヤジ狩り?いや、お父さんから盗んだ……?」
「なんでそうなるんですかっ!?」
「だって女の子が持つ財布にしては古すぎません……?」
“田中 琴男のドロップアイテム”じゃないんですけど!
所有者!所有者です!
うーん。相手に信じてもらうって難しいんですね。
かえって状況が不利になってしまいました。花宮さんからすれば「田中 琴男の財布を持ち歩く不審な少女」です。さすがに誤解は解かないと、今後の研修が気まずくなってしまいます。
自分だけでは解決の糸口を見いだせないです。なので、花宮さんから情報を引き出すことにしてみましょう。
「えーっと、ですね……。田中 琴男ってどういう冒険者に見えましたか?」
「……え?」
花宮さんが「いきなり何を言い出すんだろう」と考え込むような表情を浮かべました。しかしそれも束の間のこと、きゅっと口を結び、つば広の帽子で目元を隠して私から視線を隠します。
「……ふふ」
どういう訳か耳元は赤らみ、口元は微かに笑っていました。……ん?
「素敵な冒険者でした。人見知りの私にも……目線を合わせて対等に指導してくれた、カッコいい冒険者でした……知識と技術を持ち合わせた、人で……尊敬して、ます」
「……っ、あ、そう、なんです、ね……」
あの……私です。ご本人登場ですよ。
目の前の人物が“田中 琴男”本人だと知らない彼女からの、べた褒めの言葉。
実際に指導した後輩からこうして面と向かって褒められると、照れくさいですね。私まで恥ずかしくなります。
ですが花宮さんの“田中 琴男トーク”は止まりません。次から次に、彼女から見た“田中 琴男”を教えてくれます。
「どんな強敵だって、奇想天外な方法で颯爽と倒していくんです。皆が雑魚だからって見向きもしないゴブリンでさえ、面白い方法で倒してしまう。“一番身近な魔物にこそ視線を向けるべき、そこにダンジョンの基礎が詰まっている”……と教えてくれた田中大先生の教えは、今でも私がモットーにしている言葉ですね……」
「田中大先生?あー……は、はい?」
「……そんな、田中大先生の免許証をなぜ……」
しかし、私が「田中 琴男の免許証を持っている」という事実に何か思うところがあったのでしょうか?
彼女の目が、徐々につり上がってきました。
「……何であなたが、田中大先生の免許証を持っているんですかっ!大先生の尊厳を……っ、傷つけるようなことをしたんですかっ!?」
「待って、待ってくださいっ」
「待ちませんっ!しっかりと、そりゃあもう事細かに説明してくださいっ!!あっ、やっぱり待てないのでいいですっ!!」
ヒートアップした花宮さんは、研修中ということも忘れ、明確に私に敵意を向けてきます。
まるで「恩師の仇」と言わんばかりの殺意の籠った雰囲気に転換されてますね。やばい。
空気の異変を感じ取った周りの冒険者達はぎょっとした表情を浮かべ、こちらを見ています。同じく全日本冒険者協会から派遣された冒険者達が、状況を収めるべきかと様子を伺っています。
彼女は静かに”アイテムボックス”を顕現させ、中から一本の杖を取り出しました。
やはり花宮さんも”アイテムボックス”を会得はしているんですね。こんな状況下ですが、後輩の成長にしみじみしてしまいます。
取り出したのは、ドラゴンの角を削って作られた漆黒の柄の先に、真紅の宝玉を嵌め込んだ杖でした。シンプルなデザインでこそありますが、その内に秘めた力は馬鹿に出来ません。
周りの冒険者達も異変を瞬時に感じ取り、臨戦態勢を作っています。
悪目立ちはもう良いんですって!
「ま、待ってくださいっ。もう少し穏便に……っ」
「問答無用です……!あなたが田中大先生の免許証を持っているということ!それが彼に不届きな行動をしたという証明ですっ!一度痛い目を見てくださいっ!!」
「……ちょ、ちょっと。あー、もうっ!」
以前にドン引きされたので、正直やりたくなかったですが。
これが“田中 琴男”の証明となるのは間違いないです。
「花宮さん!これを見てくださいっ!」
私は”アイテムボックス”を顕現させました。重力で中に入ったものが落ちやすいように下向きにします。
ぼとり。
ちょうどこの間ダンジョン攻略をした際に、持ち帰っていたゴブリンの死骸が”アイテムボックス”から落ちてきました。
傍から見れば奇行中の奇行ですよね。周囲の冒険者の「は?」とか「なんで?」とか困惑した声が聞こえます。
”アイテムボックス”内から何匹もゴブリンの死骸から落ちてくる異常な光景。
その光景に、花宮さんは目を奪われていました。
「ほらっ、このゴブリンを大量に持ち歩く冒険者がそう何人も居ると思いますかっ!」
地面に転がった大量のゴブリンの死骸に、花宮さんは驚いた様子で後ろずさります。
「……ま、まさか、ありえません……」
「これ以上に田中 琴男を証明するものはないでしょう。そうは思いませんか?」
「——っ……」
花宮さんの手から、杖が零れ落ちます。
甲高い音が鳴り響きました。
彼女は呆けた顔を浮かべて地面にへたり込みました。
帽子で隠れて表情は見えませんが「まさか……」とうわごとのように繰り返しています。
……とりあえず、ひと悶着は回避したようです。
私はすぐに”アイテムボックス”を左手に密着させる形で再顕現させ、地面に転がったゴブリンの死骸に押し付けました。瞬く間に、死骸が”アイテムボックス”の中へ格納されていきます。
ごめんなさい、床を汚しました。
「……私は“女性化の呪い”に掛かって姿を変えた、紛れもない——“田中 琴男”本人ですよ。これで、信じてもらえましたか?」
「田中……大先生……っ!ぐずっ」
目元の潤んだ花宮さんが、鼻をすすりながら私に抱き着いてきました。
「いや、何この状況」
私達の一連の流れを遠巻きに見ていた、由愛さんの呆れた声が聞こえました。
いや、まあ客観的に見れば……。
私がおんぼろの財布から取り出した免許証を見せて。
花宮さんが突然キレて。
私がゴブリンの死骸を大量に”アイテムボックス”の中から出して。
花宮さんが泣き出した。
という意味不明も意味不明な状況ですもんね。
ほんとすみません。




