第99話 限定プレミアム『テイスティ・キューブ』
漆黒の宇宙を背景に、整然と並ぶ無数の光が巨大な円環を描き出していた。
最初の中継ステーション――『ゼニト・パルドア』だ。
ここは帝国の物流網を支えるための、堅牢で機能的なモジュール構造のコロニーだ。
「……マスター。ゼニト・パルドアへの接舷、完了。検疫プロトコル承認。上陸許可が出ました」
ルシアの声に促され、俺たちはエアロックを抜けた。
通路は効率的に巡回する清掃ドローンによって整えられ、フリーポートに比べれば格段に視界が晴れている。だが、完全に無機質というわけでもない。
通り過ぎる人々の足音や、輸送カートが床を叩く微かな振動、そして空調から流れる僅かな機械油の匂いが、ここが「生きている港」であることを教えてくれる。
「わあ……アキト、見てよ! 床がこんなに綺麗。フリーポートとは大違いだね!」
ミナがはしゃいでいるが、傍らのルシアは冷静に周囲を観察していた。
「……ミナ、驚くのは早すぎます。ここはまだ帝国の外縁部、管理レベルはそれほどでもありません。帝都アルカディア・ノヴァに近づくにつれ、環境維持システムはより厳格になり、より高度な安定領域へと移行していきます」
「……なるほどな。ここでも十分整っているように見えるが、まだ先があるってことか」
俺たちは人波に流されるように、ステーションのマーケット・プラザへ向かった。 そこには、外縁部なりの「整った豊かさ」があった。
陳列棚に並んでいるのは、宝石のように個包装された『汎用合成食品』の最新ラインナップだ。栄養素と味覚データが最適化された、効率を追求するこの世界の主食だ。
「アキト、アキト! これ見て 『ゼニト・パルドア限定・プレミアム・フレーバー』だって!」
ミナが指差したのは、落ち着いたデザインのディスプレイが光るテイスティ・キューブの専門店だ。
そこには、このステーション周辺のガス惑星から採取された稀少な成分を使ったという、おおよそ食べ物に使う表現では無い限定フレーバーが並んでいた。
「一個15クレジット。せっかくだから食べてみようよ!」
ミナが自分の小遣いで、その透き通った青色のキューブを人数分購入した。
俺とエマルガンド、ルシアにも一つずつ手渡される。
「船長の分もちゃんとあるからね!」
「……ありがとうな」
俺は手渡された青い立方体を見つめた。
触感は少し硬めのゼリーのようで、匂いは……微かなミントと、新品の精密機械のような、清潔だが冷たい香りがした。
「いただきますっ!」
ミナとエマルガンド、そしてルシアが同時にキューブにかじりついた。
「んん〜っ! このツンとくる刺激が鼻に抜けて、後からコクが追いかけてくる! これ、すごく新しい味だよ!」
ミナが耳をぴこぴこと動かして喜ぶ。
「確かに……。安物と違って、後味に一切の雑味がありません。とても澄んだ味ですぅ」
エマルガンドも、至極当然のように満足げな表情で飲み込んだ。
「計算された配合に基づく、効率的かつ娯楽性に富んだ構成です。このクラスの中継地としては、非常に高い完成度と言えます」
ルシアまでもが、淡々としながらも肯定的な評価を下した。さて、俺の番だ。意を決して、俺もそのプレミアムな塊を口に入れた。
「…………っ」
口の中に広がったのは、強力なハッカ飴を洗剤で薄めたような、あるいは高級な香水の試供品を舐めたような、正体不明の感覚だった。
甘いのか、辛いのか。脳が「これは食べ物なのか、それとも薬品なのか」という判断を迷っているのがわかる。決して食べられないわけではないのだが、それ以上に「不自然」という違和感が勝ってしまう味だ。
「……どう、アキト? 美味しい?」
期待に満ちたミナの瞳に、俺は喉まで出かかった感想を飲み込んだ。
「……そうだな。……非常に、未来的な味がする。俺にはまだ、馴染むのに時間がかかりそうだ」
なんとか飲み込んだ俺を見ながら、ルシアが静かに告げる。
「ステーションの管理局より、資材の引き渡し準備が整ったとの通信が入りました。取引を開始します」
俺は、いつまでも舌の奥に残る「プレミアム」な余韻を消したくて、空を仰いだ。 このステーションの住人たちは、これを最高の効率と味を兼ね備えた逸品として楽しんでいる。 整然としたこの世界の豊かさと、俺の間の埋めようのない溝を改めて痛感した。
「……早く船に戻って、何か作りたいな」
俺の独り言に、ミナやエマルガンドは不思議そうな顔をしていたが、俺は足早に、手続きのために取引所へと向かった。
しっかり食べておく回
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