第89話 開幕!大銀河食い倒れツアー!
ホットサンドを平らげた後、シュタイン教授は優雅にナプキンで口元を拭い、居住まいを正した。
「さて、アキト君。計画の骨子は固まったが……勘違いしないでくれたまえよ? これは今日明日でポンとできるような日曜大工ではない」
「わかってますよ。都市ひとつ分のエネルギー制御システムを組み込むんでしょう? 突貫工事でやったら船が爆発する」
「うむ。技術的な課題も山積みでね。……だが、我々がここで製作を進めている間に済ませておくべき、おあつらえ向きな『時間のかかる手続き』があるのだよ」
教授は忌々しげに、しかしどこか楽しげに肩をすくめた。
「今回搭載するのは、実質的に法の抜け穴を突くシステムだ。完成したところで、ただ組み込むだけでは次の検問で即座に拿捕されるのがオチだ。それを防ぐには、この船自体に『絶対的な大義名分』が必要になる」
「大義名分?」
「マッコウクジラを、テクネ・プライム直下の『正式な実験艦』として登録するのだ」
教授が空中にウィンドウを展開し、複雑な申請書類のフォーマットを表示させる。
「名目は『次世代バイオプラント搭載艦の運用試験』。私が責任者となり、この船を帝国の技術発展に寄与するテストベッドとして申請する。……そうすれば、多少の異常なエネルギー反応や、規格外の設備も『実験データ収集のため』という最強の免罪符で押し通せる」
「なるほど……。軍のテスト機なら、一般航路で多少の出力オーバーをやらかしても『データ収集』で押し通せる、みたいなもんか」
「その通り。ここでもできることとして、君たちを『外部研究員』として登録しておく手続きも進めておこう」
教授はさらりと、とんでもないことを言った。
「外部研究員?」
「正規のものとは比べるべくもないが、それでもいくつかの防疫措置や禁輸措置をすり抜けられる身分証にはなる。君が好む『真性食品』や『本物の生鮮食品』は、一般の検問ではバイオハザードリスクと取られ、焼却処分対象になる事もあるからな」
「……それはありがたい。せっかく見つけた食材をゴミ扱いされるのは御免ですからね」
「だろう? それに、以前君に渡したフリーザー。あれは廃棄の為の手続きをとっていない。つまり書類上は、この船は『テクネ・プライムの正規の実験装置を載せている調査船』という体裁が保たれるわけだ。有用に使い給えよ」
なるほど。あのフリーザーは単なる在庫処分品ではなく、この船を一時的にでも「実験船」と言い張るためのアリバイになるわけだ。
老獪な教授の手回しに、俺は感心するしかなかった。
「そして、『正式な実験艦』のためには帝都にある『賢人会』本部の承認と、正式な登録手続きが必要だ。……ここテクネ・プライムでは権限が足りん。つまり、帝都までの長旅になる」
「なるほど。……ですが、教授はここでユニットの開発につきっきりになるはずだ。帝都まで往復している時間はないでしょう」
「その通りだ。私は残る」
教授は頷いた。
「ヴァーナ君と共に、環境ユニットの設計と制作にかかりきりになる。何ヶ月かかるかわからん仕事だ。ここを離れるわけにはいかん」
「……じゃあ、誰が手続きをするんです?」
「そこでだ。私の代理として、『正式な随行員』――エマルガンド君をついて行かせよう」
教授は端末を操作し、いくつかの星系データを表示させた。
「道中、君の優秀さを見込んで、私がフィールドワークに出ることを許容できないほどの高リスク地帯に、食材となるかもしれない生体の情報がいくつかある。座標を渡しておく」
「へえ、アンタが行けないような場所へ、俺に行けと?」
「君なら行けるだろう? そして、調査には鼻が利くパートナーが必要だ。……エマルガンドがいれば、目的の達成は難しくないはずだ」
俺は眉をひそめた。
あの気弱な助手が、高リスク地帯で役に立つとは到底思えない。
「仮にも私の助手だぞ、惑星でのフィールドワークにおいては凄まじい直感を持つ。危険を避け、安全な可食物を見つける天性の調査員だ。……もっとも、本人はただ『怖いから逃げ回っている』だけのつもりらしいがね」
◇
「ひぃぃぃ……また、またあの船に乗るんですかぁ……!?」
数分後。
ヴァーナの研究室に呼び出されたエマルガンドは、この世の終わりのような顔で絶叫した。
彼女はてっきり、ここで教授の研究を手伝うだけの安全な仕事だと思っていたらしい。
だが、現実は非情だ。
「諦めたまえ、エマルガンド君。君には私の名代として帝都への申請手続きと、更には未知の惑星でのフィールドワークをしてもらわねばならん」
「そ、そんなぁ……。あそこ、揺れるし、怖いし、船長さんと一緒にいると何か起きそうですし……」
不名誉な評価だ。俺はこれでも平穏無事な航海を心がけているつもりだぞ。揺れるのはちょっと運ぶものが悪かっただけだ。
「しかし、船長君の料理が毎日食べられる。変われるものなら私が同行したいほどだ」
「……っ」
エマルガンドがゴクリと喉を鳴らした。
彼女もまた、食の快楽には抗えないらしい。
「わ、わかりました……。行きます、行きますよぅ……」
涙目で承諾する助手を見て、ヴァーナがくすくすと笑う。
「ふふ、安心して、惑星調査に必要な防護措置はこちらで用意してあげるわ」
「あ、ありがとうございますぅ……魔女様ぁ……」
エマルガンドがヴァーナにすがりついている。
話がまとまったところで、俺は隣の実験区画に向かって声を張り上げた。
「おーい、ミナ! 帰るぞ! いつまで油を売ってるんだ!」
「わかった。 今いく」
ぱたぱたと足音がして、ミナが飛び出してきた。
油を売るというか、油にまみれている。何をしていたんだか。
「失礼します。マスター、教授」
そこへ、静かな声と共にルシアが現れた。
その手には、数枚のデータスレートが抱えられている。
「船内カーゴルーム、及び機関室周辺の空間測量、完了しました。配管のレイアウト、エネルギーラインの余剰出力値、全て計測済みです」
ルシアは一礼し、スレートをシュタイン教授へと差し出した。
俺たちが茶を飲んでいる間に、彼女は教授から頼まれていた「農園ユニット設計用のデータ」を収集していたのだ。
「うむ、ご苦労。……完璧だ。開発は相応に時間のかかる仕事だ。君たちは焦らず、ゆっくりと寄り道をしてきたまえ」
教授は満足げにデータを確認する。
「……さて。方針は決まったな」
俺は立ち上がり、新たな仲間(?)となったエマルガンド、そしてクルーたちを見渡した。
「目的地は帝都。目的は『実験艦としての登録』および『各地の食材データの収集』」
建前は壮大だが、要するに「ぶらり下車の食い倒れツアー」である。
マッコウクジラの新たな、そして長い旅路が決定した。
目指すは銀河の中心、帝都だ。
まるで全てがあらかじめ想定されていたみたいだ。さすが教授
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