第100話 『スター・ツナの竜田揚げ』
「ようし!」
船に戻るなり、俺はキッチンで喉の奥から声を張り上げた。
突然の気合の入った大声に、背後を歩いていたミナとエマルガンドが「わぁ!?」「な、なんですぅ!?」と肩を跳ねさせて驚いている。
「ど、どうしたのアキト。急に大きな声出して……」
「いや、なんでもない。ただ、あの洗剤みたいな後味を今すぐ上書きしたくなっただけだ」
俺は調理台に向かい、さっそく準備に取り掛かった。
まず取り出したのは、鮮度維持フリーザーに保管されていた『スター・ツナ』の赤身だ。
解凍の手間もなく、取り出したその身は深紅の輝きと瑞々しい弾力を保ったままだ。時間が経てば経つほどこの技術の素晴らしさを痛感するな。
そしてルシアとミナの協力を得てじゃがいもモドキから精製した、あの『片栗粉』を取り出す。
「アキト、それ……。きょうはそれで何をつくるの!」
鼻を利かせたミナが、期待に目を輝かせて覗き込んでくる。エマルガンドもまた、ごくりと喉を鳴らした。
「今回は竜田揚げだ」
俺はスター・ツナを贅沢な厚切りにした。
ボウルに入れ、醤油モドキ、すりおろしたショウガモドキ、感動を呼ぶほど鮮度の良い酒を加えて揉み込む。そのまましばらく置き、身の奥まで味を浸透させる。
その間に、バットへたっぷりと片栗粉を広げた。
少し粒子が粗く、指で触れるとキュッキュッと鳴る独特の感触がする。
下味のついたツナの身を、片栗粉の海へ。
一つずつ、丁寧に粉を纏わせていく。水分を吸った粉が白く粉を吹いたような状態になれば準備完了だ。
中華鍋にたっぷりと張った合成油が、パチパチと温度の上昇を告げる。
「温度、180度。対流パターン、安定しています」
ルシアのナビゲートを合図に、俺は身を投入した。
――シュワァァァァッ!!
心地よく弾ける揚げる音。
片栗粉が油と反応し、表面で細かな気泡を形成しながら、薄い黄金色へと色づいていく。衣の中で加熱されていく醤油と生姜の香ばしい匂いが、キッチンへと広がっていく。
「うわぁ……いい匂い! 前のポテトの時とも全然違う!」
「この香り、もうおいしそうですぅ」
数分後。予熱で火が通り過ぎないよう、完璧なタイミングで引き上げられ、皿の上で山を成した。
『スター・ツナの竜田揚げ』の完成だ。
「さあ、冷めないうちに食え」
俺が言うが早いか、二人の手が伸びた。ルシアもまた、冷静ながらも素早い所作で箸を動かす。
ザクッ――!!
静かなキッチンに、軽快な咀嚼音が響いた。
「……っ!!」
ミナが目を見開き、耳を限界までピンと立てて硬直する。
エマルガンドは、熱々の身を口に含んだまま、感極まったように頬を押さえていた。
「……サクサク。いえ、ザクザクですぅ! この衣、なんて軽いのに力強い歯応え……っ。それに中のツナが、信じられないくらい柔らかくて……ジュワッて、お汁が溢れてきますぅ……!」
「片栗粉のデンプン質が加熱により変化し、さらに脱水されることで生じた多孔質構造による食感です。……マスター、これは極めて充足度の高い仕上がりです」
ルシアも、その黄金の破片を咀嚼しながら、満足げに目を細めていた。
俺も一つ、口へ運ぶ。
ザクッとした衣の食感の直後、醤油モドキの塩気とショウガモドキの香りが鼻を抜け、その奥から閉じ込められていたツナの濃厚な旨味が爆発する。
揚げたての揚げ物は何にも代えがたいご馳走だ。ゼニト・パルドアの『プレミアム』なんて比じゃない。これが、俺たちが求めていた「本物」の味だ。
「……やっぱり、飯はこうでなくちゃな」
俺たちは、ゼニト・パルドアの無機質な空気の中で、この一皿によって「自分たち」を取り戻した。
満足感に浸る俺たちの耳に、ブリッジに移動したルシアからの通知が響いた。
「マスター。ゼニト・パルドアでの荷卸し、および全資材の補給が完了しました。出航プロトコル、準備済みです」
「よし、わかった。……ゼニト・パルドア、悪い港じゃなかったがな」
俺は空になった皿を見つめ、満足感と共に立ち上がった。
あの『プレミアム』な残香は、もう舌のどこにも残っていない。黄金色の衣と、スター・ツナの暴力的なまでの旨味が、俺の精神を完全に上書きしてくれた。
「目的地設定。ルゴラゲートウェイ経由、海洋惑星アズライト・プライム。……行くぞ、マッコウクジラ!」
俺の号令と共に、船体が心地よく震える。
巨大な輸送艦は再び、漆黒の宇宙へとその舳先を向けた。
100回です!別の展開も考えましたが節目にはご飯を食べておきたいということで。
片栗粉って揚げ物に使うと結構減るよな……と思いながら書いていました。
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アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!




