172 DO・GE・ZA……なんと見事な……
「先ほどは大変失礼な物言いをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
というか開幕土下座スタイルやめてくれませんかね。
いや、土下座って本気で視界に暴力的すぎてずるくない? 卑怯すぎない? やられる方は堪ったもんじゃないよ。
どうしてこうなった? はい、ここから回想開始!
「あっ! ああー! アンタ達は!」
部屋から顔を出して早々にこっちに気付いて第一声、『アンタ達』呼ばわりで大声をあげた行き倒れの人。部屋から出てこちらにズカズカと近寄って来た。
私としては心当たりもない見知らぬ人なので返しは当然『どちら様?』なわけだったんだけど……。
「ど、どちら様って……まさか名前どころか、顔すら忘れられてる……? ふ、ふふ……そりゃあ眼中にもないだろうとは思ってたけど、まさか、完全に忘れられてるっていうのは流石に想定外すぎるわ……! そうよね、所詮私なんてその程度よね……!」
その場に崩れ落ち、次は嘆きの声を上げ始めた。
「……えーと?」
いや、本当に誰だ……? うーん……?
リリーさんとアリサさんの方をチラ見。リリーさんは首を左右に振り、アリサさんはしかめっ面で腕を組んで考え込んでいる。
やっぱり二人の知り合いでも無さげだし、そもそも私の方に向かって来てたよね、この人。
三人そろって首を傾げているとクロが私の袖をクイクイと引っ張って何やら言い出した。
「レンちゃ、その人、レンちゃが王都出発する時に、後ろの方にいた人」
……私が王都を出発する時?
あの時見送りに来てた人は、トリエラ達と、アルノー工房の人達と、後はベクターさん……そういえばベクターさんにしか挨拶しなかったけど、少し離れて後ろの方にパーティーメンバーっぽい人たちも来てたっけ? あー、そういえばあの時ニールも居てこっち見てたんだよなあ、キモッ! 思い出すだけで鳥肌が……。
……ん? あれ? この人、確かにあそこに居たような気がするぞ……?
「あっ!」
思い出した! 名前はたしか……。
「レンさん? 誰なのかわかったんですか?」
「ええと、テ……テ…………」
リリーさんに声を掛けられるも、なかなか名前が出てこない。
そんな私達の様子に、行き倒れの人も顔を上げてこっちを見てくる。あー、確かに見覚えある顔のような気がしてきた!
そして喉元まで出かかってるのに、出てこないこのもどかしさ!
「…………すみません、なんでしたっけ?」
「なんでよおおおおおおおおおおお!!!」
いやほんとスマン、マジで思い出せないわ。でも仕方ないじゃん、碌に接点もない、興味ない人の事なんて、ちゃんと覚えてろっていう方が無理があるよ。
でもほらあれだ、たしかニールの恋人でベクターさんの仲間の一人でしょ? ヤツの名前言いたくないから言わない様に確認だ。
「えーと、たしかベクターさんの仲間の人ですよね? ……多分ですけど」
「クッ! そうよ! その通りよ!」
おー、正解した! クロお手柄! 思わずリリーさん達の方を振り返る。
ああ~……みたいな顔をしてなんだか頷いてるリリーさんとアリサさん、そして舟をこいでるクロ。
「ちょっと! どっちむいてんのよ!」
……ああん?
振りむいて行き倒れの人の顔を見る。
「……」
「ちょっと! なんなのよ! 何とか言いなさいよ!」
……なんだコイツ? 今の状況分かってないのか? 自分の立場を理解してないのか?
私がちょっと言いくるめてやろうと口を開こうとすると、私の剣吞な雰囲気になにやら不味いとでも思ったのかリリーさんがスッと私の前に出て話し出した。
「あのですね、黙って聞いていれば貴女の方こそさっきからなんなんですか!?」
「はぁ!? なによアンタ! 関係ない奴は引っ込んでてよ!」
「関係ない?」
「ええそうよ!」
「そうですかそうですか、関係ないですか……行き倒れていた貴女を助けて治療までしてあげた恩人である私が関係ないですか? それはそれは面白い話ですね、じゃあ私達に関係ない貴女は今すぐここから出て行ってもらえますか? あなたを寝かせていたアレも全て私達の持ち物なので、関係ないあなたに使わせてあげる理由なんてどこにもありませんからね! はいはい、早く出て行ってください! ほらほら!」
「は? え? 助けた???」
「そもそも行き倒れていた貴女に気付いたのは今まさに貴女が詰め寄ってるその人なんですけどね! まさかこんな礼儀知らずで恩知らずの人が居るだなんて信じられません!」
「え? え? ……え?」
段々を顔色が悪くなってくる行き倒れの人。リリーさんに怒鳴られてようやく少し冷静になったのか、周囲に視線をやって今が夜中だという事にも今更気付いたっぽい。リリーさんの剣幕に当てられた私は逆にスーッと落ち着きすぎるくらいに落ち着いてしまった。あー、【精神耐性】か、これ。
「顔も名前も覚えてなかったレンさんにも非はあったのかもしれませんが、そもそも情が深い彼女が知り合いの顔も名前も覚えてないっていうのは正直考えられません! 貴女、レンさんの事を知ってるみたいですけど、どの程度の関係ですか!? 友人知人ってことはありませんよね! なら知り合い? 顔見知り? ちゃんと名乗りました!? そもそも会話をしたことは!?」
「あ、う……その、名前を名乗った事は、ある、けど……ちゃんと話した事は、ない……です……」
「名乗った事があるだけで、ちゃんと話した事がない!? それで名前を忘れられてあの態度ですか!?!? ……信じられない!」
うーん、やっと自分の状況のまずさを理解したらしく、行き倒れの人は青い顔で座り込んでしまった。
「あ、あの……助けてくれたって言うのは……」
「今の状況を見て理解できませんか? さっきも言いましたが、行き倒れて意識を失っていた貴女を見つけたのはレンさんですよ!」
「う、うそぉ……」
「こんな事で嘘を吐いてどうするんです!? 本当に失礼な人ですね!」
「あ、ご、ごめんなさ……」
「謝る相手が違う!」
「ひっ! ごめっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
リリーさんの余りの剣幕に自分の立場を完全に理解したようで、ここからひたすらに謝り倒しだし、そして自分の言動に関しても問題がありすぎる事も理解してしまったのか、行き倒れの人の謝罪はそこから土下座に移行したのであった! 回想ここまで!
「あ、あのぅ……」
「なんですか! っていうか名前!」
「ひぃっ! テスです! 名前、テスって言います!」
あー、そうだそうだ、テスだ。っていうか、よくよく思い出してみても本当にこの人とまともに口を利いた事ってなかったな……それに名乗られはしたけど、私は名乗り返さずにスルーしてた気がする。
「テスさんですね! それじゃあ今すぐ出て行ってください! 私達は関係ない人ですからね!」
「あ、あの! それなんですが、せめて朝まで置いてもらえませんか!」
「はぁ!?」
「ひっ……でもあの、もう暗いですし……私、野営道具とかも失くしたみたいで……その……た、助けてください! お願いします!」
「……はぁ~……レンさん、どうします?」
「折角助けたのに、追い出して死なれるのは流石に気持ちがいいものではありませんし……折角使った労力が無駄になるのも……」
「はぁ~……レンさんは本当に人がいいというか、甘いというか……名前も覚えてなかった相手にそこまで情けを掛ける人はそういませんよ? しかもあんな剣幕で絡んできた相手に」
「あー、まぁ、それは、はい……」
いや、別に彼女が死んでもどうでもいいんだけど、問題は実際に死んでしまった場合、そうして見捨てるような事をして死なせた事をベクターさんに知られて揉め事になった時の事を考えると、ちょっとマズイかなーと思っただけだったりするんだけどね。……ほら、あの人って王族だし。
「あ、あの……レン、さん……さっきは本当にすみませんでした……」
あ、ちゃんと私にも謝ってきた。まあさっきもリリーさんに謝る相手が違うって怒鳴りつけられてたから、ある程度まともな人間ならそりゃ謝ってくるか。……つまり、テスはある程度はまともな人だったの? いや、随分失礼な事考えてるってのは承知の上なんだけど。
「はい! それじゃあ今日はもう寝ましょう! 不寝番は私とアリサで交代で!」
テスの謝罪に対して何も答えない私を見て再びリリーさんが場を仕切りだす。まあもう夜遅いしね……早く寝ておかないと明日に響くし。
「ヴォフッ」
「え? ノルンさん?」
「ヴァフッ! ワゥフッ!」
「えーと?」
あー、ノルンいい子だなー。
「……リリ、不寝番やるから、寝てていいって」
私が翻訳しようとすると、先にクロが翻訳して伝えてくれた。クロ、もうほとんど寝てたのに……!
「ああー……すみません、今日はお願いしてもいいですか? ……流石にちょっと、精神的に疲れが……」
「ヴァフッ」
「ありがとうございます……それじゃ、みんな寝ましょうか。あ、テスさんでしたっけ、貴女はさっき寝てた場所使ってください」
「はい、すみません、ありがとうございます……その、あの……」
何やらしどろもどろのテス。なに、まだ何かあるの? ……ああ、もしかすると明日以降に追い出されるかもしれないから、その辺の事聞きたいのか。
「……今後の事は明日話し合うという事で」
嫌そうな顔で返すリリーさん。そりゃそうだ。私だって相手するの嫌だもん。
「はい……」
しょんぼりとしながら割り振られたコンテナハウスに戻っていくテス。それを見届けると私達も自分のコンテナに戻って寝る事にした。
……念の為、コンテナの戸は締めて内鍵をかけておこうという事になった。流石に盗みはやらないと思うけど、信用度が無いから当然と言えば当然だ。ゼロどころかマイナスだし。
まあいいや、さっさと寝よ。……すやぁ。
そして翌日早朝。
コンテナハウスから出ると既にテスが起きて焚火を付けていた。横に積み上げてある枯れ木の枝の山を見るに、私より早く起きて自分で獲りに行ってきたっぽい。……ふーん?
「あ、おはよう……ございます」
「オハヨウゴザイマス」
挨拶してきたの挨拶で返す。うーん、昨日は混乱して気が立ってただけなのか、今朝は随分と大人しいな……正直不気味だ。
取り敢えず顔洗って歯磨きか。と言っても私は『洗浄』使えばそれで済む話なんだけど、流石に他人がいる前では自重しておきたい。
という事でお風呂ハウス……バスハウスに行って済ませる事しよう。実際はバスハウスに入って見えない状態にして『洗浄』使うんだけどね。コソコソ移動して『洗浄』一発、うーんスッキリ。
外に出るとテスがこっちをチラチラ見ながら手持無沙汰な感じにしてたので、手招きして洗顔歯磨きするように指示、蛇口とかの使い方も教える。ちなみにお湯も出るので朝からお湯で顔が洗えるのだ。幸いな事にテスは洗顔用具は肩掛けの鞄に入れていたようで無くしていないみたいだった。
テスが顔洗ってる間に焚火で薬缶に火をかけて、中に麦茶のパックをポイと入れる。この麦茶のパックは当然自作だ。
しばらくすると顔をすっきりした表情のテスがバスハウスから出てきた。
「あの、ありがとうございます、さっぱりしました」
「ああ、はい。どういたしまして」
「えっと、レン……さん、と、お呼びしても?」
「あー、はい。どうぞ……そういえば私からは名乗ってませんでしたね」
「いえ! それは別に! あの当時の私達の態度を考えれば、それもおかしくないと思います! ……えっとそれで、その……昨夜は本当にすみませんでした」
深々と頭を下げてくるテス。
あー……若い女の子にこう何回も謝罪され続けると、なんというかこう、非常に精神的によろしくない気分になってくる。……うーん、仕方ない。
「……わかりました、昨夜の件に関しては、謝罪を受け入れます。なのでもう頭を上げてください」
「……はい」
頭を上げるテス。そして沈黙。
……誰か! この気まずい雰囲気をどうしかしてくれ!
「……その、以前は顔を合わせる度に睨んだりして、すみませんでした……。言い寄ってたのは貴女の方じゃなくて、ニールの方だっていうのは頭ではわかってたんです。でも感情ではどうしても受け入れられなくて……でも、だからってあんな態度をとるのはおかしいっていうのも自分ではわかってました。でも、やめられなくって……」
しばらく黙って薬缶を見ていたら、なんかテスが独白しだした。やめてくれ、絆されちゃうだろ!
「昨夜目が覚めて、貴女の顔を見た瞬間、あの頃の感情が一気に蘇って、それで頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃって……それであんな失礼な態度を……ごめんなさい……」
「あー、はい」
どう返事すればいいの、この状況……。う、なんだか居た堪れなくて胃が痛くなってきた。
「あの後、寝付くまでも頭の中ずっとぐちゃぐちゃで、どうしていいかわからなくて……でもいつの間にか寝付いてたみたいで、それで、朝起きたらなんだか妙に頭の中すっきりしちゃってて」
「……」
取り敢えず好きにしゃべらせておこう。
「そうしたら、あの頃の自分達の言動のおかしさとか、凄く理解しちゃって、そうしたら貴女の態度も凄く納得で……私の顔と名前を忘れられてた事も、その程度にしか私達に興味がなかったんだって思ったら、じゃあニールに言い寄られてもいい気なんてしてなかっただろうな、ただ迷惑なだけだったんだろうなって」
うん、まあね。実際に迷惑以外の何物でもなかったね。
しかし何と言うか……行き倒れて死にかけて、その状態で起きたら私の顔をみて以前の事を思い出して、全部ぐちゃぐちゃになっちゃって、ひと眠りしたら頭の中の理性と感情が全部すっきり整理整頓されて、諸々の事が腑に落ちちゃった感じなのかも?
「そうしたらなんだか自分の事がものすごい恥かしくなっちゃって、もっとちゃんと謝らなくっちゃって……あの頃は、本当に、本当にすみませんでした」
そう言ってテスはまたしても深々と頭を下げた。
あー、うん。自分という相手がいるのにも関わらず、恋人が別の女に言い寄ってたらそれは良い気はしないって言うか普通に不愉快以外の何物でもないってのは理解する。しかも当時のテスは十代中頃くらい、思春期真っ盛りだ。そんな年頃で色恋沙汰に関して拗らせない方が珍しいだろう。まあ今もそう変わらない年齢だろうけど。
……昨夜の態度は論外だけど、一晩経ってのこの態度。随分反省してるようにも見える。
多分、根はそう悪い子ではないんだろう。問題はこの態度がいつまで続くかだけど……そこは現時点では確認のしようもないからなあ。
……なんだかもう色々考えるのが面倒になってきたなあ。そもそもの諸悪の根源はニールなんだし、もうこの子の事はいいかなあ。
「……わかりました、以前の事に関しても謝罪を受け入れます」
「えっ、いいんですか……?」
「はい。……そもそも悪いのは貴女ではなくて、あの人の方ですし」
だが意地でも名前は言わない。
「あー、はい……ニールですね……。あの、無理に名前を呼ばなくてもいいので……凄い顔してますし……」
「そうさせてもらいます」
どうやら顔芸してしまっていたらしい。
いやでも本当に、ヤツの恋人のテスには申し訳ないんだけど、今でも思い出すとムカムカしてくる! あーもう! 朝っぱらからこんなにイライラしたくないのに!
……よし、気を取り直して朝ご飯作ろう!







































