156 たまたま立ち寄った場所で唐突に発生するサブクエスト
なんやかんやあって森の奥にぞろぞろと連れ立って入って行ったわけですが、問題の怪我した女の人はちょっとした小高い丘? 小さい崖? そんな感じのところの下で座り込んでいた。
茂みをかき分けて近づいて行った時の物音で少し驚かせてしまったかな、という反応だったんだけど、話を聞いてみたところ、猪に追いかけられて逃げてる途中に上から落ちて足をくじいてしまったらしい。近づいた時の反応はその猪が回り込んできたのかと思ったから、との事だった。
崖の上の方を見上げてみると結構大きめの茂みになっていて、そこを抜けた先で急にこの高低差。これは確かに落ちるよなー、と思った。
怪我に関しては足が折れているという事はなかったけど酷い捻挫になっていて、ポーションを使うかどうかを迷っていたらリリーさんが回復魔法であっさりと治していた。えー……私がそういう事をすると怒るのに、自分はやっちゃうの? いや、私を目立たさせない為なんだろうけど、ちょっともやっとする。
それはさておき助けたこの女の人。近くの村の人だそうで、山菜の類を採集しに森に入っていたらしい。
折角助けたのにまた野生の獣や魔物に襲われたりしても面白くないので、村まで送って行く事になった。別に急ぎの旅じゃないし、ちょっと寄り道しても問題もないしね。送るって言い出したのはリリーさんだけど。
「怪我まで治して頂いて……本当にありがとうございます」
「いえいえ、旅のついでですから大丈夫ですよ。あ、落とした篭とかも回収しに行きましょう」
「そんな、わざわざそこまでしていただかなくても……」
「大した手間でもありませんから」
うーん、リリーさんはコミュ力高いね、こういう対応を全部任せられるので私としては非常にありがたい。私だと何故か斜め方向に話が流れていく時があるからなあ。
猪に襲われた時の話を聞きながら逃げてる途中で落としたという採集篭を回収し、私達が昼休憩をとった場所まで歩いて戻り、そこから馬車に乗って一路村を目指して移動。
馬車に乗り込んだ時の配置は昼前と同じで御者席にアリサさんとクロ、客室に私とリリーさんと、あと助けた女の人。ちなみにこの人、名前はアンナさんと言うらしい。見た感じ20代前半くらいかな? 当たってる自信ないけど。
最初は馬車に乗るのも恐縮した様子で、こんな立派な仕立ての箱馬車に乗ってる私達の事を貴族の縁者かお金持ち何かだと思ったようでちょっと怯えられたりもした。そこは誤解だと説明して、普通の冒険者だと何とか納得してもらったんだけど、確かに私達みたいな若い小娘だけの冒険者パーティーがこんな馬車に乗ってたら色々勘違いもするよね……。だからといって馬車を使うのをやめるつもりはないけど。あ、屋根の上の鉢植えは全部【ストレージ】に仕舞ったよ。流石に人を乗せるとなるとちょっと間抜けっぽいし。
緊張を解す意味でも世間話がてら色々と話を聞いたところ、このアンナさんは実は村長の娘で既に結婚していて、もう子供も3人いるんだとか。あー、この世界の成人年齢って15歳だし、結婚も出産も早くなるか。
ただその子供達の一番上の女の子なんだけど、少し前に他の村の子供達と森で遊んでいるところをゴブリンに攫われて行方不明になっていたとの事。子供達を攫って行ったのがゴブリンだと分かったのは、その時一緒に遊んでいた子供の1人が運良く逃げて来たからだそうだ。
ちなみに攫われた子供達は冒険者達によって既に救われたとかで、目立った怪我も無く一緒に攫われた子供と一緒に無事に村に帰って来たらしい。なんだかどこかで聞いたような話だな?
そんな話をしているうちに特に問題もなく村に到着。馬車に乗ったまま村内を闊歩するのもなんだか高圧的な感じがして気が引けたので、客室に乗っていた面子は全員降りて歩いて移動となった。アリサさんは御者役のままだけど、クロは暇を持て余したのか降りてきてきょろきょろと周囲を見ながらついてきた。……ただ、馬車から降りてもノルンとベルのお陰で存在感マシマシだったからあまり意味はなかったような気もする。
村人達から遠巻きに見られながら村長宅に辿り着くと、家から転がるように出てきた村長さんや他の家族達から大層感謝された。帰りが遅いと心配するにはまだ早い時間ではあるものの、いつもなら帰ってきていてもおかしくない時間なのに戻ってこないし、そろそろ探しに行こうかと相談していたらしい。少し前にゴブリンに子供達が攫われた事があった為、かなり心配していたようだ。ものすごい勢いで感謝される事になった。
「ありがとうございます、ありがとうございます! 娘が無事に帰ってくる事が出来たのは貴女達のお陰です、お礼もしたいので今日は泊って行ってください!」
「あー、いえ、たまたま近くを通りかかっただけですし、そんなにしていただかなくても……」
そんな村長さんの勢いに押されっぱなしのリリーさんが辞去しようとしていたんだけど、ここで思わぬ伏兵が! いや、ある意味予想通りだったのかもしれないんだけど、先日攫われて戻って来た孫娘って言うのが、私達がゴブリンレギオンの巣から助け出した子供の内の1人だったのだ。さっきまで遊びに行っていたけど丁度いま帰ってきて、そこで私達に気付いたその子が騒ぎ出したというかなんというか。
「あ! あの時の冒険者のお姉ちゃん達だ!」
「うん? ミーナ、どうしたんだ? あの時の冒険者?」
「うん! この人達、わたしをゴブリンのところから助けてくれた冒険者のお姉ちゃんだよ!」
「なんだって! 本当なのか!?」
「本当だよ! お姉ちゃん達、お母さんの事も助けてくれたんだ! ありがとう!」
「なんという事だ……! 娘だけではなく孫まで救ってくださった方々だったとは! これは是非お礼せねば、ご先祖様達にも合わせる顔がない! 皆様方、大した持て成しは出来ませんが、今夜は是非泊って行ってください!」
と、捲し立てられ、断る隙も無いままあれよあれよと村長宅に連行されて歓待を受ける事になったのでしたとさ。
そんな訳でテーブルの上には沢山の料理というか、ここの村人基準ではご馳走に分類される料理が並んだ。とても食べきれる量ではない気がするのは気付かなかった事にしよう、うん。
お味の方は可もなく不可もなくというか、新鮮な素材の味を生かした料理の数々だった。胡椒とかの香辛料はね……お高いからね……。
とは言え塩とハーブで味付けされた猪肉のステーキはなかなかの絶品で、これにはアリサさんも大喜びだった。なんでも氷室で熟成させてるらしく、村でも冠婚葬祭やらの祝い事やお祭りの時にしか出さない料理なんだとか。お高い香辛料なんて使わなくてもこれだけの味の郷土料理があるとか、地方の農村もなかなかどうして負けてないよね。
歓待を受けてる時の話の流れで結局数日はこの村に滞在する事となり、お腹一杯になるまでご馳走を頂いた後は村長宅の離れに案内された。ちなみにこの離れは客人や隊商が来た時の宿替わりにもなってるらしい。宿泊客の人数が多い時は集会場みたいな寄合所も使うとかなんとか。なお、お客様が貴人だった場合は少し離れたところに住んでいる代官の屋敷の方に泊まるらしい。へー、村長とは別に代官もいるんだ?
ちなみにこの代官様はこの周辺のいくつかの村をまとめてる騎士様で、それらの村の周辺を巡回したりなどして魔物を狩ったりもしてるらしく、お陰でこの村は魔物や魔獣の被害が少ないんだとか。
ついでに時折村の若い連中に稽古もつけてくれてるとかで、この村の青年団というか自警団の戦闘力は周辺の村と比較しても頭一つ抜けているらしい。とは言えそんな平和は彼らの尽力の結果ではあるものの、まだ小さい子供達にはそういった事への理解がまだ薄く、村長の孫娘が攫われたのはそんな危機感が薄い子供達が行ってはいけないと言われてる距離まで出かけてしまったのが原因だった、との事だった。
幸いにして孫娘は五体無事に帰ってくる事が出来たし、逆に今回の事件を教訓として子供達には危機感を持たせる事が出来た、とか悪そうな顔で村長が笑ってたのは、ちょっとどうなんだろうか……。
ちなみに離れのベッドは固かったです。背中痛くなりそう……マットレスだけ自作の奴を使おう。あ、リリーさん達も使いたい? じゃあ全員の分を取り替えるとしますかね……。
翌朝、朝食は村長さんの娘さんが離れまで運んで来てくれた。内容は昨日の夜の残りに野菜スープと黒パン。うん、普通に美味しいね。
しっかし、数日滞在する事にはなったけど特にする事ないんだよなあ……。取り合えず適当に村の中でもぶらついてみようかな。
という訳で私は村の探索というか散策に行く事にした。アリサさんはクロを連れて周辺の森の様子を確認に行ってみるらしい。リリーさんも暇を持て余してるとの事で私について来た。ついでに村長の孫娘も付いてきた。
でまあブラブラしてるわけですが……うん、農村の見る所ってあんまりないよね。畑畑畑、畑仕事してる男衆、洗濯物してるおば様達、年若いお母さん達は子守りしながらおしゃべり。平和だなー。
そんな感じで村長の孫娘のミーナちゃんに案内されながらあっという間に村の中を一回り。うん、本当に何もないな。
そんな私達の表情を見て何かを察したのか、ミーナちゃんが村に唯一ある雑貨屋へと連れて行ってくれた。
「一応ここが村で買い物できる場所だよ」
で、雑貨屋のラインナップは……うん、悪いけどお察し。折角案内してくれたのにすまんね、ミーナちゃん。
「他には鍛冶屋さんもあるけど……」
いやー、鍛冶屋かー。悪いけど期待は出来そうにない感じだし、そっちはパスかな。雑貨屋の店主に聞いたところ、ここで扱ってる刃物の類の大半はここの鍛冶屋が作ったものみたいだっていうしね。ええまあ、既に【鑑定】してましてね……。
でも何も収穫が無いのも癪なので、野菜の類とか余ってるなら全部買うと伝えたところ、店主の息子が村長のところにまで走っていって村の備蓄の余剰在庫の販売許可を取って来た。
村の備蓄小屋まで移動し、そこで提示された売っても大丈夫な野菜類の在庫が結構な量だったので無理していないか確認したところ、代官様や自警団の頑張りのお陰で獣害も少ないという事もあって、ここ数年はそれなりの量の野菜を余らせて腐らせてしまう程度には収穫量が安定しているという話らしく、むしろ助かるから気にしないで買い取って欲しい、とまで言われてしまった。
そういう事なら遠慮しないで全部買い取りますよ! 【ストレージ】に入れておけば腐らないしね。むしろ不作になった時に大放出してもいいんだしね。ああ、その時は当然例年並みの価格で売るよ、暴利貪るような事して恨み買いたくないし。
尚、後で村長に聞いたところによると、実際は必要備蓄を大幅に上回る量を売ってくれたらしい。で、その売り上げで周辺の村の余剰在庫を買い取ってお金を上手くばら撒いていい感じに立ち回る予定なんだとか。孫娘の件といい、この村長、ちょっと強かすぎない?
と、そんな事をやっていると昼も過ぎてそれなりに良い時間になったので村長宅へ戻る事に。ついでにずっと何か言いたそうにしてたミーナちゃんに話しを振ってみる。どうせいつものパターンで厄介ごとだろうけどね……。
そうして聞き出した話は厄介ごとというかなんというか、ちょっと微妙な話だった。
ありがちといえばありがちなんだけど、最近村の近くに大きい魔獣が棲みついていて、家畜が襲われたという話だった。山羊がごっそりと食われたらしい。
ちなみにミーナちゃんがその魔獣を何とかしたい理由はお母さんと生まれたばかりの弟の為で、ミーナちゃんのお母さんであるところの私達が助けたあの女性、アンナさんは体質的に母乳があまり出にくいうえに詰まり易かったりするとかで、山羊の乳を母乳の代用にしている事が多々あったらしい。でもそこに山羊への被害。別に魔獣を排除したからと言ってもすぐに山羊が増えるわけではないけど、それでもこのまま放置すれば残った山羊も全部食べられてしまうかもしれない、と悩んでいたそうな。
そこにタイミングよく自分を助け出してくれた強い冒険者のお姉ちゃん達が現れたものだから、これはもうお願いするしかない! と決心してのことらしい。
うーん、気持ちはわかるけど、うーん……。
「リリーさん、どうします?」
「うーん……気持ちはよくわかるんですけど、ギルドを通さないでこの手の依頼を受けると後々揉め事に発展する予感しかしません……」
デスヨネー。
「取り敢えず、村長さんに確認してみましょうか」
「それが無難ですかね……」
まあそういう訳だから、一旦保留という事で。
いや、本当に気持ちは良く分かるし、何とかしてあげたいと思わない訳でもないんだけどこっちも仕事だし、ついでに冒険者は別に正義の味方でもなければ勇者でも何でもないんだよ。
だからそんな悲しそうな顔しないで貰えると助かります、凄い罪悪感が湧くので……。







































