153 猫って凄い気まぐれなんですよ、という話
それぞれのパーティー名も決まった翌日以降もクロの訓練を兼ねた常設討伐依頼を受ける日々。
基本的に日帰りの距離でしか行っていないとはいえ、ゴブリン以外にも狼系や猪系の下位の魔獣、稀にコボルトといった他の魔物にも遭遇する事もあったりして、それなりのペースで経験を積めている。
討伐が終わり町に戻った後は、素材の溜まり具合次第でギルドに寄って換金したりしなかったり。
その後もすぐに家に戻る訳ではなく、クロ達と再会する事になった町はずれの闘技スペースへ行って適当な冒険者を相手に手合わせをしたりもしている。まあ手合わせって言っても実際にやってるのはアリサさんとクロだけなんだけど。
私とリリーさんはそもそも後衛配置の魔法使い型でこういう手合わせ向きじゃないので、基本的に観戦してるだけ。あとは数日に一度は観戦しないでアリサさん達2人を置いて、リリーさんと一緒に食材を買い出しに行ったりとか?
……いやまあ、食材は私の【ストレージ】に文字通り山盛りで入ってるけどね……そう、今のパーティーメンバーの人数で半年から一年位は大丈夫なくらいの量が。
え? 多すぎる? うーん、そうは言うけど不作の時の食糧不足とか本気でやばいからね? 孤児院に居た頃に2度ほど不作の年があって、その時は本気で餓死するかと思ったくらいだから……。ここは飽食の現代日本じゃないんだよ。
ともあれ、そんな感じで今日は2人の手合わせの観戦をしてたりする。んでもって私がいま観てるのはクロの方。
今日のクロの相手は13~14歳くらいの剣士の男の子冒険者だ。
年齢差と性差で体格に差もあって、筋力差もあって、普通に考えるとクロの方が断然不利なんだけど……なんていうか、うん。実際戦ってみると速度と手数で逆にクロが圧倒してたりするのだ。
まず、相手の攻撃が全然当たらない。
相手の男の子はやや短めのバスタードソードというか、若しくはやや長めの長剣というか、そんな感じの剣を両手持ちで使ってるんだけど……大振りや小振り、或いはフェイントを交えて攻めるもののクロにはかなり余裕をもって回避されている。完全に見切られてる感じだ。
それに対してクロは正面から攻める時は手や首を狙いつつ、相手の死角に回り込んでは防具に覆われてない部分や関節に強打を打ち込んで確実に相手を削っていく。
クロ達の武器は相手に過剰に怪我をさせないように刀身は鞘に入れたままで、そこから更にロープで布を巻き付けてあるんだけど、それでもかなり痛そうな音が聞こえてくる。
うん、筋力差で負けてるとか全然ないわ。クロってばちょっとえげつないくらいに見た目詐欺。
クロの強打。あれ、全身の筋肉をばねのようにしならせて打ち込んでるんだよね。クラン加入後からアリサさんが教え込んでるんだよ。それが関節とか急所に正確に打ち込まれるの。ゲーム的表現で表すと『クリティカルヒット!』って感じの攻撃。
それがクロのほぼ全部の攻撃で打ち込まれてくる。ちょっと意味わからないですね……。
「うわぁ、えげつねえ……」
「いやいや、あの猫の嬢ちゃん、もうちょっと加減とかしてやれよ……」
「相手の方、あれだろ? ロブの所の何度か話に上がってたやつだろ? かなり筋がいいってロブの奴が褒めてなかったか?」
「その筈なんだが……なあ、あの嬢ちゃんどこの奴だ? お前知ってるか?」
「うーん知らねえなぁ……ああ、いや待て。確かギムの所で見たような気が、って」
ゴギィッ!
「……あれをああやって防ぐか」
「やっべェな、あのちび助」
ドゴォッ!
「うわ、更にあそこからあれは……ちょっと、えぐすぎんだろ……」
うーん、周りのおじさん冒険者達の声がとても耳に痛い。
ちなみに今のおじさん達が言っていたクロの戦闘内容はというと、相手の男の子が逆転狙いで体格と筋力の差を生かして体当たりで無理やりクロを吹っ飛ばして、そこから体勢を整えて渾身の一撃を打ち込もうとしたところで、相手の柄を握った手の指目掛けてクロが逆に渾身の一撃を打ち込んで武器を手放させた後、至近距離から全身を使って相手の鳩尾に突きを打ち込んで勝利、というもの。
おじさん達の会話の合間に聞こえた1回目の打撃音は指に打ち込んだ時の音だったりする。2回目の打撃音は鳩尾への打突音ね。
そんな容赦ない攻撃を受けた相手の子は崩れ落ちるようにして倒れてしまった。
……あれ、相手の子の指が折れてたりとかしないよね? お腹を押さえてる所を見ると、気絶したりはしてないみたいだけど……いやホント、大丈夫?
あ、おじさん達が何人か近寄って行った。
「おうボウズ、大丈夫か? ちょっと見せてみろ……ってこりゃヒデェ、何本か指が折れてんぞ」
「うわーやっちまったな嬢ちゃん、こりゃ罰金だぞ。あんまり大きい怪我させたらダメって事になってんの知らねーのか」
「右が中指から小指まで、左が人差し指から薬指までか……幸い関節は大丈夫そうだな……」
「おい、腹の方も見せてみろ……うわ、こっちもでけェ痣になってやがる。内臓の方大丈夫かコレ? ……嬢ちゃん、もう少し手加減してやれよ」
おじさん達に色々言われてしょんぼりした様子のクロがこっちに戻ってくる。むむ、クロの後ろにおじさんが1人付いて来てるな。
「レンちゃ、勝った……」
「はい、おめでとうございます。でもちょっとやりすぎちゃいましたね」
「うー……ごめんなさい……」
「次は気をつけましょうね」
「うん……」
うわー、めっちゃ凹んでる。仕方ないとはいえ知らないおじさん達に寄って集って諫められちゃったりしたからなあ。
それにしてもクロは加減が苦手っぽいな……。じゃれついてた猫がいきなりマジ噛みしてくるのに通じるものを感じる。アリサさんに伝えてこの辺りも訓練しておかないと駄目かも?
「あー、ちょっといいか。あんたがこの子の付き添いって事でいいのか?」
あ、クロと一緒に来たおじさんが話しかけてきた。
「はい」
「なんつーかその、言いづらいんだが……そっちの猫の嬢ちゃんなんだが、今回はやりすぎっつー事で罰金と治療費払ってもらわないといけねぇんだが……大丈夫か?」
「ああ、はい。大丈夫です。罰金はおいくらですか?」
「小金貨5枚になる……本当に払えるか?」
「大丈夫です……はい、こちらを」
「……ああ、確かに。それと治療費の方なんだが……」
「あー、それなんですがポーションの現物支払いって出来ますか?」
「ポーション払いか……出来なくはねぇがそれを使っても完治しなかった場合、結局はそれから治るまでの分の治療費も払ってもらう事になるから、あまりお勧めは出来ねぇぞ?」
ありゃ、そうなのか。んー、でもまあ、一応試してみるか。
「なら、取り敢えずポーションを飲んでもらって、その結果でって事でお願いします」
「そこまでいうならこっちはかまわんが……どうなっても知らねーぞ?」
まあ治らなかったらその時はその時ですよ。そもそも自作の中級ポーションだし、駄目だったとしても別に懐が痛むわけでもないし。
……で、ポーションを飲ませた結果だけど、あっさりと完治しました。
「おいおい、すっかり治っちまったぞ」
「……これ、上級ポーションじゃねーのか?」
「嬢ちゃん、これ使っちまって大丈夫だったのか? いざという時用の備えとかだったりしないよな?」
「いえいえ、別にそんな事はないので大丈夫です」
「そうなのか……それなら別にいいんだがよ。……うーん、勿体ねぇなァ……」
ありゃ、なんかぶつぶつ言いながら行っちゃった。
ん-、これからどうするかな……?
「クロはまだやります?」
「んーん、今日はもういい」
「そうですか……じゃあアリサさんの方でも見に行きましょうか」
「うん」
それじゃアリサさんを探そうか。
取り敢えずあっちの方でも……あ、居た居た。おお、こっちもかなり激しくやり合ってるなー。
アリサさんは左腕に着けたガントレットを上手く使って、相手の攻撃を受け止めたり受け流したりしている。それに盾代わりに使うだけじゃなくてそのまま殴りつけたりと、こうしてみると結構荒っぽい戦い方してるね……、こっわ。
あれ? そういえば使ってる剣って『フェザー』の方じゃなくて前から使ってる方のもう一本の剣だ。なんでだろう? ん? よく見たらアリサさんの戦ってる相手ってラッドさんじゃん。
……なるほど、前にアリサさんが言ってたけど、確かにラッドさんってかなり強い感じだ。今軽く見てる感じだと、力に頼って戦うタイプというより巧さで戦うタイプかな。密接した時とかに時折、肘とか足とかを出してくるし、体当たりも頭突きもしてくる。
ん-、なんとなくアリサさんと戦い方が似てるような気もしなくもないね。
それにしてもこうして集中してみててもやっぱり時々アリサさんの動きを見失うなあ……。
ふむ、周りの冒険者の人達の反応を見てみた感じ、ちゃんと見えてる人と私みたいに見えてない人とで分かれてる感じか。それなりの年齢の人達はまあそれなりに、若手の方は極一部、かな? ……なるほど。
あ、アリサさんの方がだんだん押され始めた。
ぎりぎりでいなしたり剣やガントレットで受け流したりしてるけど、これはそのまま押し切られるのでは……あああ、危ない!
ギャギィッ! ドゴッ!
……あれ? お? おおお? アリサさんの方が跪いたラッドさんの首筋に剣を当ててる……勝ったの?
えーと、えーと、確かアリサさんの剣が右腕ごと大きく弾かれて、手から剣が離れて飛んで行って……ラッドさんが左に剣を小さく振りかぶって、多分そのまま袈裟懸けに切りつけようとしたと思ったら……アリサさんが剣を弾かれた勢いを逆に利用して左足を小さく踏み込んで、こう、その流れのまま体をコンパクトに捻って、ラッドさんの顎先に左のショートアッパーを叩き込んだ、って感じだったと、思うんだけど……。
で、膝から崩れ落ちたラッドさんに向かって、腰に佩いてた『フェザー』を抜いて突き付けた、と。いや、抜いたって言っても本当に抜いては居ないんだけど。怪我防止用に布巻いてるし。
「はー……負けたか」
「いやー、危なかったよー」
「まさかこの至近距離でこの威力の打撃が来るとは……してやられたな……くっ」
「まだ無理に立とうとしない方がいいよー」
なんかさっきまで激戦繰り広げてた割りには随分軽い雰囲気で会話してるね、この2人。
アリサさんは弾き飛ばされた剣を拾って戻ってくるとラッドさんに手を差し出して、肩を貸してこっちの方にやってきた。
「うーん、ラッドさんってもしかして私と同門だったりしないー?」
「ん? 確かに俺と戦い方が似てると思ったが……同門?」
「うんー、私の家、ハミルトンって言うんだけどー」
「あー……なるほど、それで同門か。そういう事なら同門と言えなくもないけど、正確には同門ではないな」
「どういうことー?」
「俺の剣は昔、知り合いに教えて貰ったんだよ。そいつが多分、アンタの所の門下だった奴なんじゃないかな。流派の名前も確かハミ……なんとかって言ってた気がする」
「なんて人ー?」
「ガブラスって奴だ。確か下級貴族の四男だとか言ってたな」
「……ちょっと覚えがないなー」
「そうなのか?」
「うんー。まあ私の実家以外にもウチの剣術使える人っているからねー。そういう人に習ったって可能性もあるから、何とも言えないかなー」
「そうか。……まだ膝にきてる。あいつにはあんな技は教えて貰えなかったな」
「一応はちょっとした奥義みたいなものの一つだからねー。それに真似しようと思えば真似できちゃうし、そこまで大した技でもないよー」
「それなら教えて貰う事は出来るか?」
「えー、やだー。自分で練習してよー」
「それは残念だ。仕方ない、色々試してみるとするよ」
「そうしてー」
……なんか色々突っ込みたい事があるけど、うん。やめとこ。変に藪をつつきたくない。
「あ、レンさんー、クロちゃんの方終わったー?」
「ええ、こっちは既に終わってます」
「クロちゃんはもうちょっとやらないのー?」
「今日はもういい」
「そっかー、じゃあ帰ろー」
とまあそんな感じで、昼はクロのスカウトの訓練、町に帰ってきてからはアリサさんとクロは闘技スペースで対人摸擬戦と、2人にとっては充実した日々となったのであった。
クロのスカウト技能と報告能力もなんだかんだと1週間近く続けたお陰で、大分さまになってきた。これはそろそろ次の町に移動するとかも視野に入ってきたかな?
……ちなみに私とリリーさんはと言うと、特に何か強くなったという事もなく。
いや、アリサさん達2人ががっつり摸擬戦やるから、その分晩ご飯の準備とかは私達の担当になりましてね? これでリリーさんの料理スキルのレベルが上がったりすればよかったんだけどね……。とは言ってもリリーさんの【料理】ってもうLV4だからね! ぶっちゃけ既にプロって名乗れるレベルなんだよ! 私? 私は既にカンストしてるよ。
……このクラン所属の魔導師は料理上手じゃないといけないとか、そんな微妙な慣例とかできたらどうしよう……?
と言いつつ、実は私は私で色々実験してたりするんだけど。いや、日課関係じゃないよ、真面目な奴ね。
ゴブリンの巣を潰しまくったおかげで大量に集まったゴブリンの死体と魔石の使い道が何かないかなーと思いましてね……ちょっとこう、色々と。
あ、詳細は追々という事で、ひとつ。
そうそう、私にべったりだったクロだけど、なんだか急に落ち着いたのか今では自分の部屋で1人で寝るようになったんだよ。というか昼の平時でも私に纏わりつかなくなったよね。
……外出していた飼い主が帰ってくると、やたらと纏わりついてくる飼い猫みたいな感じだったっぽい。
んー、ちょっと寂しいような気もするけど、クロの成長という観点で見るならこれはこれでいい事なんだろう、多分。
…………それに、1人の時間が確保できるようになったのはありがたいからね。何者にも束縛されない自由時間……! 素晴らしい……!
ん? 何をするのかって? ははは、言わせんなよ恥ずかしい。







































