150 なんだか大変な事になっていたようです
こんな場所でまさかのクロとの再会にちょっと驚いたけど、このままだと碌に話も出来ないので一旦離れてもらうように伝えた所、クロは大変不満な様子ながらもしぶしぶ離れてくれた。
「うー」
「えーと、久しぶりです? というかクロはなんでこんなところに?」
「一緒に行く」
「は?」
んんん? 話が見えないぞ?
「わたし、レンちゃと一緒に行く。だから来た」
と、意味不明な事を言い出したかと思うとクロはまたしても私にしがみ付いて来た。流石に今度は腕ごと抱き着いて来たわけじゃないけど、あー、これはどうすればいいんだ……?
「えーと……他のみんなはどうしたんですか? 一緒じゃないんですか?」
1人で来たのかみんなで来たのか聞いてみるものの答えは返ってこず、クロは私のお腹に顔を押し付けてぐりぐりしてくるばかり。いや、これホントどうすればいいの……?
周りにいるリリーさんとアリサさんに助けを求めるように顔を向けてみるものの、2人も困惑しきり。そりゃそうか。
「あれ? クロと、レン? うわ、マジでここにいたのか……スゲーな」
軽く途方に暮れていると、決闘もどきが終わったのかリューが声を掛けてきた。助かった! なんとかして!
「リューも久しぶりですね。でもなんでここにいるんです? というかこの状況、なんとかしてください」
「あー、うん。ほらクロ、一旦レンから離れて。このままじゃ周りの迷惑だから。な?」
「うー」
「『うー』じゃなくて。な? ……ほら、ちょっとあっちの方に移動しよう。レンも……えっと、そっちの仲間の人達もそれでいいか……じゃなくて、いいですか?」
「え? あー、はい。大丈夫です」
「すみません、助かります……クロ、行こう? えっと、レンも」
「むー」
「『むー』でもなくて。ほらほら、レンもいなくなったりしないから」
……いや、なんか……リューが凄い。
あっさりクロを宥めたかと思えばそのまま私から引きはがして、場所を移動する方向に話を持って行って……。ええ? リューだよね?
そんな感じで人混みの中からちょっと離れた所へ。まあそんなに離れたわけじゃないけど、これで多少は落ち着いて話が聞けるかな。
「……えっと、改めてお久しぶりです?」
「うん、久しぶり。レンも元気そうでよかった」
「あー、ありがとうございます? えー、それで何で2人はここに?」
「うーん……ちょっと色々あったんだけど、今、オレ達はギムさんの所のサポーターにしてもらえたんだ。で、ギムさんがゴブリン狩りの特殊依頼受けて、それで一緒に来たんだよ」
サポーターというのは端的に言えば冒険者パーティーやクランにおける雑用係の事だ。主に荷運びや設営、野営時の不寝番、遠征に出た時の拠点の管理等といった後方支援を主な役割とする、とても重要で立派な仕事になる。
基本的には大人数になるクランなどで雇い入れたり、パーティー規模でも遠征時に一時雇いしたりする。パーティーやクランの規模が大きくなればなるほどに重要性の高くなる役割であり、それを専門にする冒険者もいたりする。有能なサポーターほど高名なクランやパーティーからは引っ張りだこになったりもするらしい。
ただ、一部の素行の悪い冒険者や勘違いした冒険者達に安くこき使われたり、乱暴な扱いをされたりするといった問題が根強く残っていたりもする。
ちなみに一時雇いのサポーターに駆け出し冒険者や討伐を受けられない若年の冒険者を雇ったりする場合も結構ある。サポーター専門の冒険者を雇うと結構高くつくらしいので、費用を安く抑える為だとか、後は面倒見のいい熟練冒険者が後進を育てる為にとか。戦闘もまだ慣れてない駆け出しが実地でノウハウを学ぶことができるので、意外と人気の仕事でもあったりするとかなんとか?
なんでそんなに詳しいのかって? ……私も前世の記憶を思い出す前は、まともに孤児院を出た後は採取かサポートをメインにして冒険者活動をしようと思っていたので、当時に色々調べたりしてたのだ。
「あら、それはよかったですね」
「おう! 色々勉強になって、本当に凄くありがたいよ……って、そうじゃなくて、えーっと?」
「クロが私と一緒に行くとか言ってたんですけど……どういう事です?」
「あー……それ、もう聞いたのか。……うーん、話せば長くなるんだけど……流石にここだと、ちょっと……」
確かに、長い話になるならこんな場所で立ち話って訳にもいかないか。んー。
「リリーさん、アリサさん、その……」
「大丈夫ですよ。込み入った話みたいですし、続きは家の方で話しましょう」
「助かります。それじゃリュー、私達が借りてる家があるので、続きはそちらで……と言うか、時間大丈夫ですか? 長くなるならまた改めての方がいいですか?」
「あ、じゃあちょっと待ってもらっていいか? ギムさんあっちにいるから、ちょっと説明してくる」
リューはそう言うと返事も聞かずに走っていった。……なんというか、リューの成長が著しい。若いってすごいなぁ。
ちなみにクロはというと、さっきからずっと私にしがみ付いて頭ぐりぐりしてたりする。うーん、この落差よ。
その後、そう掛からずに戻ってきたリューを連れて家路に。途中でリューが屋台で自分の夕飯を買おうとしていたので止め、食事もとっていくように言いくるめたりしつつ帰宅。その間もクロは私の服をつかんで離さず、微妙に歩きづらかったとだけ言っておこう。
帰宅してお風呂入ったり着替えたりしてから居間で話の続きを再開。ちなみにクロとリューもお風呂に入れた。クロは私と一緒に、リューは1人で。
なおリリーさんとアリサさんは晩ご飯の準備。気を利かせて席を外してくれたっぽい。とはいっても台所と居間を遮るものは特にないので筒抜けと言えば筒抜けであったりするんだけど。
「んーっと、どこから話せばいいかな」
「何から話すのかは全部リューにお任せします」
「……取り敢えず、レンが王都からいなくなった後からがいいかな、今、ギムさんの所でサポーターやってる話にもちょっと関わってくる事もあるし」
そう切り出すと、リューは私が王都から居なくなってからの事を話し出した。
……一月半程前に私が王都を出て行ってから数日たったある日、ケインが新しくパーティーメンバーを加えたいと言い出したらしい。
皆で話を聞いてみると、なんでも別の地方の街の孤児院出身の女性の冒険者だとかで、色々と苦労をしている、との事。
その女性はケインよりも一つ年上で、孤児院の院長に売られそうになって逃げだしてきたという話らしく、その境遇を私に重ねたケインは何とか助けてやりたいと思ったのだそうな。……うちの院長は孤児を売ったりしないけどね! むしろ守る為に色々苦労してる人だから! ……私の事はどうしようもなかったんだよ。
最初は反対意見大多数だったものの、話を聞いた限りではそう悪い人でもなさそうだし、私の事も思い出してしまってメンバーは全員同情的な気持ちになってしまい、それなりに前向きに検討する事になったそうだ。
とはいえ見ず知らずの相手をいきなり家に住まわせるには抵抗があった為、先ずは一緒に採取依頼等を熟して為人を見てみようと事になった。
そうして一緒に依頼をしていくと、真面目な努力家、という感じでみんな好感を持ち始めたらしい。
そうして一緒に仕事をするようになってから、一週間程過ぎた頃。
貯えにも多少余裕も出てきたし、偶には仕事をしないで息抜きを兼ねて全員自由行動しよう、と言う事で皆街に遊びに出かけたらしい。まあ皆とは言っても全員で行動する訳ではなく、仲のいいもの同士や1人で、と結構ばらけて遊びに行ったとの事。
そんな訳でリューが街で独り、買い歩きをしていると聞き覚えのある声がした。
辺りを見回してみると、路地裏へ続く小道の辺りに知ってる顔が。ケインが仲間にしたいと言ってきて、最近一緒に行動するようになった女性冒険者だった。
1人でぶらつくのも飽きてきたし知らない仲でもない、声を掛けて少し一緒に遊ぶのもありかな、と考えたリューは声を掛けようとした。……だが。
「……なんだか、知り合いと話してるみたいでさ。だからいきなり声を掛けるのもどうかなって迷ったんだ。そしたらその話してる内容が聞こえちゃって……まずい事してるかも、って最初は思ったんだけど……」
ところがその会話の内容が問題だった。というか大問題だった。
どうやら件の女性は、トリエラ達の拠点になってる家の乗っ取りを企てていたらしい。一緒に家に住むようになった後、仲間の腕自慢のごろつきを使って家を奪うつもりでいたようだ。
カッとなったリューは怒鳴りつけそうになったらしいんだけど、相手はガラの悪い男と一緒にいる。ここで感情的になって食って掛かってもいい事にはならないような気がして、その時は我慢して急いで家に帰ったそうだ。
そしてリューは帰宅して皆が帰ってきた後、こっそりとマリクルとトリエラを呼んで昼間の事を相談する事にした。この時ケインを呼ばなかったのは余計に話が拗れるんじゃないかと危惧したからだったとか。マジでリューの成長が凄い。
2人はリューの話を信じたらしい。最近のリューの成長ぶりから、彼がそんなつまらない嘘をつくようには思えなかったし、何よりとても真剣でそんな風には見えなかったから、とかなんとか。
その後はギムさんにも相談して、問題の女性と一緒に依頼を熟したりしつつ、依頼を終えた後にあとをつけるなどして現場を押さえ、ギムさんの介入もあって事なきを得たそうだ。
ケインへの報告は全てが終わった後にしたらしい。
ケインは話を聞くと怒るでもなく愕然とした表情で椅子に座りこみ、それからしばらくすると部屋に戻っていったという。
翌朝、ケインは朝食の場でパーティーの皆に土下座して謝罪したという事だった。
それからのケインは多少落ち込んでいる様子はあったものの、真面目に採取依頼とゴブリン退治を頑張っていたそうだ。
……でもそれから1週間後、ケインは急にパーティーを抜けて出ていくと言い出したという。
「……自分はリーダーとして頑張ってきたつもりだけど、考えの甘さとかで皆に迷惑ばっかりかけてるから、それで仲間が傷ついたりするくらいなら自分の馬鹿で迷惑を被るのは自分だけでいいって、そう言ってた」
かなり悩んだ末の結論だったらしく、説得には応じなかったらしい。特にマリクルは何とか説得しようとしたけど、全く耳を貸さなかったそうだ。
そして驚くのはここから。ボーマンがケインについていくと言い出した。
「……ボーマンもさ、みんなと一緒にいると自分の怠け癖と甘えがでちゃうから、自分を見詰め直したいって」
どう考えても2人だけでは問題しか起こりそうにない、という事でマリクルも一緒に行くと言い出したらしい。でもそれはケインに断固として拒否されたという。女子だけでは安全面で問題があるし、力仕事が出来る奴がいた方がいい、と。実際それは一理ある為、マリクルはそこで黙り込んでしまった。
そしてリューはケインと目が合ったけど、一緒に行くと即座に口にする事はできなかったと言う。
『……オ、オレは』
『お前は残れ』
『オレッ! オレも一緒に!』
『駄目だ、残れ。……トリエラ達を頼む』
『……、…………わかった』
というやり取りがあったとかなんとか。
そしてケイン達はその日のうちに家を出て行った。
それから3日後、採取依頼を終えて家に帰ろうとしているとリューはケインに呼び止められたらしい。その時は全員で手分けして生活必需品を買ってから帰るという事で、リューは1人だった。
「その時に聞いたんだけど、ケインは出ていくって話し合いした日にはもう、あるパーティーでサポーターやる事が決まってたんだって。前々から色々動いてたって言ってた」
本当はトリエラやマリクル達全員でそのパーティーのサポーターに、という予定で相手側と話し合いをしていたらしい。でも乗っ取り未遂事件が起きた事でケインは予定を変更した。
……なんと、自分が抜けた後の皆をギムさんのパーティーでサポーターとして使ってもらえるように、頼み込んで了承を得てきたというのだ。
「……自分達が抜けた後、男手が減ったら色々危ないだろうからって、後ろ盾って意味でもあるって言ってた」
実はケインもかなり成長していたらしい。
……その代償はとても大きかったけれど。







































