138 閑話 とある駆け出し冒険者の話 に
翌朝、お昼用の固焼きパンと串焼き肉を買って、雑用班と薬草採取班にそれぞれ分かれて移動。私は今日から暫く薬草採取の方に固定の予定だ。今日の採取班のメンバーは、私、クロ、マリクル、ボーマン。
ケインは1人にすると時々勝手に変な事をするので、それを止められるメンバーと一緒にしておかないといけなかったりする。
ケインの暴走を止められるのは私、マリクル、アルルの3人。アルルは問答無用で本気の飛び蹴りを食らわせるので何気にケインはアルルの事が苦手だったりするんだよね。
いつもならケインにはマリクルか私が付いてる事が多いんだけど、昨日の提案をしたのはマリクルなので今日は私と一緒だ。
それに今日のメンバーの1人、ボーマンはサボリ癖が酷いのでケインかマリクルと一緒にしておかないといけない。
最後の1人、クロは獣人で黒猫族。髪も瞳も真っ黒で、レンと一緒に居ると時々姉妹に間違えられる事もあった。レンには猫耳も尻尾もないのに、ちょっと不思議だったけど。まあ、2人ともぼんやりしてる事が多いし、それで何となく雰囲気が似てたというのもあるのかもしれない。
と、そうこうしているうちに門が見えて来る。門には冒険者や商人達で既に長蛇の列が出来ていて、外に出るまではまだまだ時間がかかりそうだ。
「いつも思うけど、朝のこの待ち時間ってどうにかならないのかな」
「それだけ王都は人が多いって事だろう。冒険者にしろ、商人にしろ」
「にゅー、トリエラ、ねむー」
「我慢しなさい」
「トリエラ、俺も眠い……」
「ボーマンまで……2人ともちゃんとしなさい!」
まったく、この2人は隙が有れば寝ようとする!
「おう、チビ助達、今日も採取か」
「あ、ギムさん。おはようございます!」
この人はドワーフの重戦士でギムさん。ドワーフなのに凄く足が速い、Cランクのベテラン冒険者で、私達が王都に着いた最初の日に冒険者ギルドで困ってる所を助けてくれた親切な人。今、泊まってる宿もギムさんの紹介で、私達の収入でも泊まれて、尚且つ少しずつでも貯金できる程度の宿代でそれなりの宿、という事で教えてもらった所だったりする。私達のパーティーを一部屋にまとめてもらえたのもギムさんの口利きがあったからだったりするし、その後も何かにつけて良くしてもらってるので、本当に頭が上がらない。
「どうだ、薬草の見分けはつくようになってきたか?」
「いえ、まだまだ全然です。でもある人に色々教えてもらえたので、今日はいつもよりもちょっと稼げるかも知れません」
「おお、そりゃ良かった! 俺も薬草はあんまり詳しくないから、そっちは教えられないからな! ……ところで、トリエラのその腰の剣は、どうしたんだ? 前々から探してるって言ってた互助契約の相手でも見つかったのか?」
「あー……これは、そういう訳ではないんですけど、ちょっと色々あって……」
「ふぅん? まあ、生きてりゃ色々あるわな。それはともかく、ちょっと見せてもらってもいいか?」
「あ、はい。構いませんよ」
ギムさんに鞘ごと剣を渡す。ギムさんには色々お世話になってるし、信用できる人だと思うので盗られるような心配はしていない。
「ほぉ……コイツは中々いい代物だな」
「……やっぱり、そうなんですか?」
「なんだ、お前の剣だろう? 知らなかったのか?」
「いえ、剣の見立てとか、良く分かりませんし……」
……やっぱり、ギムさんの眼から見てもいい剣なんだ。レンは自分で作ったって言ってたけど、それが本当なら、あの子って……
昔から変な子とは思ってたけど、うーん……
「まあ、追々覚えていけばいい。それよりも剣の扱い方は知ってるのか? 適当に振り回せばいいってもんじゃないぞ?」
「すみません、実はその辺りもさっぱりで……」
ケイン達男子4人は孤児院に居た頃から棒切れを振り回してたし、レンが居なくなった後は実戦を想定してのつもりか、かなり本気で打ち合ったりしてたみたいだけど、私はそっちはさっぱりだ。そういった事をギムさんに伝えた。
「あー……男ならまだしも、剣士を目指してたってわけでもない女じゃあそんなものか。なら、そうだな……料理とかはしてるか? 包丁だのナイフだのはただ刃を押し付けただけじゃあ肉も野菜も碌に切れないだろう? こう、刃を引いて初めてちゃんと切れる訳だな。基本的にはソレと一緒だ。ただ刃を押し付けて切るつもりなら、力いっぱい叩きつけたりせにゃならん」
「なるほど……」
「よく、剣で切り結んだとか打ち合ったとか言うが、そんな事ばかりしていれば直ぐに刃が欠けるし、下手すれば折れる。よっぽどの業物じゃない限り、剣なんて消耗品だ。これだけいい剣だ、大事に扱うようにしろよ? ……本当はもっと色々とあるんだが、そういうのを全部教えるとなると時間がなあ……」
「いえ、ありがとうございます。そういう事も全然分からなかったので、本当に助かりました。ちゃんとした剣術を習うなんて、無理ですし……」
「まあなあ、正統派の騎士の剣術だのは強力だが平民が習うのは難しいし、かといって街の剣術道場だのも金がかかるからな。結局、冒険者の剣術が我流になるのは仕方ないんだが、どうにかならんものかなあ……」
ギムさんは過去にも私達みたいな駆け出しの面倒を何人も見て来たらしい。そして、そのうちのかなりの数が死んだとも言っていた。未熟どころか碌に戦い方も知らないままに死んだ駆け出し冒険者は多いという話も良く聞くし、ギムさんの様に面倒見がいい人には思う所が多いんだと思う。
「っと、そろそろ外に出られるな。お前達もがんばれよ!」
「はい! ありがとうございます!」
途中でちょっと変な空気になっちゃったけど、ギムさんと別れていつも薬草採取をしてる森を目指し、街の外を進む。
「……ギムさんは、色々気にしすぎだと思うけどな」
「でも、お陰で色々教えて貰えたりしてるんだし、ああいう人が居るお陰で私達みたいな駆け出しも生きていけるんだから」
「まあな。うちにはチビも多いし、ボーマンみたいなのもいるしな」
「ボーマンはもうちょっとやる気を出してくれればね……」
「……一応、やる時はちゃんとやるし、もうちょっと長い目で見てやってくれると助かる」
マリクルがいっつもボーマンの尻を叩いて色々やらせてるのは良く知ってる。それだけじゃなく、ケインの暴走を止めたり、リューの馬鹿をやめさせたり……
「マリクルは本当に損な性格してるよね。ギムさんの事、言えないんじゃない?」
「性分だ、ほっとけ」
まあ、そこがいいんだけどね。
「トリエラだってアルルのやり過ぎを止めたり、リコのやる気の空回りを抑えたり、クロを運んだりしてるだろ」
「あー……」
「心配してくれてるのはわかってるし、ありがたいとも思ってるけど、お互い様だ。だからあんまり言わないでくれると助かる」
「わかった、気をつける。ごめんね?」
うーん、ちょっと言い過ぎたかな? でもそのくらい言わないと、直りそうもないし。
「……自覚はしてるし、直そうとは思ってる」
どうしたものか、と首を捻っていたら、明後日の方向に顔を向けながらマリクルが呟いた。
「がんばれ」
「善処はする」
そんな事を話しながら歩いていると森に着いた。さて、薬草採取をがんばりますか!
いつも薬草採取をしている辺りで早速薬草を探す。この辺りは森の大分浅い所なんだけど結構沢山薬草が茂っているとかで、私達みたいな駆け出し冒険者には割と人気の採取場所となっている。
なんでも、なにか理由があって薬草が生えやすかったり育ちやすいって話だ。私にはよくわかんないけど。
「トリエラー、見つけたー」
「おっ、流石クロ、お手柄」
クロは薬草や木の実などを見つけるのが得意だったりする。犬・猫系の獣人にはそういう人が多いらしい。そんな理由からクロは基本的に採取組になる事が多い。
「それで、これをどうするんだ?」
「えっとね、確か、こう……」
マリクルが覗き込みながら聞いてくる。
昨日読んだ本では確か、この種類の薬草は葉っぱが大事だった筈だから……
「これは、こういう風に葉っぱの部分は折れたり潰れたりしないように丁寧に切り取って、で、こういう布とかで包んでおくといい、だった筈……かな」
「ふーん……布に包むときは複数を重ねてもいいのか? ばらばらじゃないと駄目とかだと、そんなに沢山布は無いから厳しいぞ?」
「えーと、あんまり沢山重ねると潰れると思うけど、そんなに馬鹿みたいな量じゃなければ大丈夫、だったと思う……」
「なるほど……わかった。とにかくまずは丁寧に切り取る、潰れないようにする、だな。この薬草は割と沢山生えてるし、俺でも見つけやすい。俺はボーマンとあっちのほう探してくる。トリエラはクロと他の薬草探してみてくれ。おいボーマン、行くぞ!」
「おー……」
「もう少しやる気出せ」
「んー……」
……だめだありゃ。まあいいや、こっちはこっちで頑張ろう。
「ボーマンはぽんこつ」
「あんまり言ってやらないで、クロ」
「にゅー」
「まあ、言いたくなる気持ちは良く分かるけどね……って、これ、確か高額買い取りしてもらえる種類だっけ?」
「でもいっつも安く買い叩かれてた奴ー」
「だよね、クロがそう言うって事は間違いないか。えーと、コレはたしか根っこだっけ? 茎の部分もだったかな。あー、これは実も花も生ってないけど、確か実とか花も別々に使える、だったかなあ……? あー、だめだ。思い出せない!」
「とりあえず、丁寧に根っこごと掘り返してもっていこー」
そう言うとクロが鞘に入ったままのナイフを使ってガリガリと地面を掘り出した。ああ、言われてみればそれもそうだ、どの部分も重要なら丸ごと持って帰ればいい。うう、覚えたての知識に振り回されてる……もっとしっかりしないと!
軽いジレンマに落ち込んでいる間にクロは薬草を掘り出し終わっていた。
「ごめんクロ、ありがと」
「んにゅ。それでこれ、どーするの?」
「これは確か、丸ごと布で包んで、だったかな。布を湿らせておくと尚良い、だったと思う」
「水……あっち」
「え、あっち? 何かあったっけ?」
「水の匂いする」
そう言うとクロは小走りに駆け出してしまった。
「ちょ、待って! クロ!」
でもそう離れていないところで立ち止まると、クロは茂みに頭から突っ込んだ。
「クロ!?」
「あった、水。トリエラも」
クロが茂みに頭を突っ込んだまま手招きするので、私も茂みに……ではなく、横を迂回して裏側へ。そこには小さいながらも湧き水が湧いていて、クロが言う通りに水があった。
「うそ、ほんとにあった……クロ凄い!」
「わたし、凄い」
茂みから抜け出したクロが頭に葉っぱをつけたまま胸を張る。いや、こういう時のクロは本当に凄い。正直な所、私達の中で唯一、1人でも生きていけそうな気がする。
クロの頭の葉っぱを払い、そのまま頭を撫でながら褒めると、クロは気持ち良さそうに目を細めた。
……この表情、孤児院に居た頃、木陰でレンに撫でられてる時に良くしてたな……そのうち、レンに会わせてあげたい。
そんなやり取りの後も順調に薬草の採取を続けていく。昼時になって一度マリクル達と合流して、固いパンと串焼き肉を齧る。
沢山稼いで、この串焼きももっと沢山食べられるようになりたいなあ……もっともっと頑張らないと。
お昼を食べた後も二手に分かれて、夕方まで薬草の採取を続ける。うん、結構採れたね。でもマリクル達の方はあんまり芳しくなかった様子。
「そういう時も有るよ」
「すまん」
「大丈夫大丈夫! いつもよりも量は少ないけど、これでいつもよりも高く買い取って貰えたら資料室は有用だってみんなにも分かるでしょ!」
「……そうだな」
そんなに上手くは行かない、とマリクルの表情は語っていたけど、それでも前向きに考える事は悪い事じゃないと思う。だって、そうでもしていないとやってられない。
……正直な所を言えば、私もそんなに高く買取ってもらえるとは思っていなかった。だって、資料室で司書のおじいさんに読んでもらいながら聞きかじった程度の事しか実践出来てない。そんな程度で、そこまで買い取り価格が変わるとは到底思えなかった。
でも、そんな私の予想は良い意味で裏切られた。
買い取り価格が全部で銀貨5枚!?
えっと、いつもの、4、5……7倍以上!? え、えええ? ええええええええ!? 嘘でしょ!!!????







































