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137 閑話 とある駆け出し冒険者の話 いち


 私はトリエラ、元孤児の駆け出し冒険者だ。


 元孤児の冒険者とはいっても孤児院を出て冒険者になったのはつい最近の事だから、そういう意味ではまだまだ冒険者になったという自覚は薄い。それにまだ冒険らしい冒険なんて何もしてないし、冒険者らしく魔物と戦った事すらない。まあ、まともに戦ったら間違いなく死ぬだろうから、そんなのは無理なんだけど。

 しいて言うなら、王都に来るまでの旅は冒険だったと言えなくも無い? とは言ってもそれも乗合馬車で移動しただけだから、胸を張って冒険したとは口が裂けても言えないんだけど。

 まあ、それはさておき。

 今日、身売り同然の扱いで孤児院から居なくなり、その移動中に事故で死んだと聞いていた親友に再会した。まさか生きてるだなんて思いもしなかったので、取り乱して沢山泣いてしまった。いま思えば恥ずかしいくらい大泣きしていたと思う。

 ……親友、レンにしがみ付いて、泣き止むまで子供をあやす様に背中を撫でられて……うう、恥ずかしい。


「……元気そうで良かった」


 そんな親友の元気そうな様子を思い出し、頬が緩む。


「可愛くなってたなあ……」


 うん、凄く可愛くなってた。それに、色々と凄くなってた。おっぱいとか。他にも色々と。

 あ、でもいつの間にか私の方が背が大きくなってたのは驚いたな。


「サンドイッチ、美味しかったな。みんなの分も貰っちゃったけど、足りるかな? それにこの剣、どうしよう? ケインが騒ぐだろうなあ」


 レンが作ったという剣の柄を撫でながら呟く。みんなの分と言ってお土産に持たされたサンドイッチはともかく、この剣は色々と問題になりそうな気がする。主にケインが欲しがって騒ぐだろう、と言う理由でだ。

 ケインは私の職人街巡りを良く思ってはいなかった。そんな時間があるなら少しでも雑用依頼をこなしてお金を稼ぐべきだと主張していた。

 でもそんなケインは剣士に憧れていて、お金を貯めて早く剣を買おうとしていたと言う事を私は知っている。そしてケインは割と自己中心的でわがままだ。この剣を見れば欲しがって騒ぐだろう事は間違いない。


「……まあ、絶対にあげないけどね」


 この剣を譲ってくれたレンの性格や心情を思えば、ケインに譲ると言う事は絶対に無しだ。


「悩んでても仕方ないし、取り敢えず教えてもらった資料室にでも行ってみようっと」


 剣の事を知ったらケインが騒ぐ事は間違いないし、だからといって今から悩んでいても仕方ないし、なるようにしかならない。私としても剣を譲ると言う事はありえないので、どれだけケインがごねようとも拒否して終わるだけの話だ。

 むしろそんなどうでもいい事に頭を使うくらいなら、レンに教えてもらった資料室とやらで色々と調べる方が遥かに建設的だろう。

 王都ギルドの本部の方は行った事がなかったけど、レンが言うには誰でも利用できると言う事なので、多分何とかなるだろう、と開き直って行ってみる事にした。


「えっと、ここが資料室?」


 そんな訳で、レンに教えてもらった王都冒険者ギルドの資料室、という所にやってきたのはいいんだけど……うん、本が凄く沢山あって、どこに何があるのやら。

 そもそもの話として、私はあんまり字が読めない。とはいえレンが言うには薬草の絵姿なんかも書かれている、という事だったので適当に眺めてるだけでも参考にはなるだろう、と思ってたんだけど……予想以上の本の多さに、どこから手をつければいいのやら、途方に暮れてしまう羽目になった。


「どうしよう……?」


「そこのお嬢さん、どうかしたのかな? なにかお探しかい?」


 どうしたものかと困っていると、この資料室の管理をしているらしいおじいさんに声を掛けられた。薬草に関する資料を見たくて来たのだけれど、あまりに本が多くてどこにあるのかわからず困っていた事を告げると、丁寧に探している本のある棚までつれて行ってくれた。

 なんでもこのおじいさんはこの資料室の司書、という仕事をしているらしい。資料室について分からない事があれば色々と教えてくれる、との事だったので、お言葉に甘えて色々と教えてもらう事にした。

 あまり文字が読めない事を隠して、ここで得られる知識を半端に齧るくらいなら恥を忍んででも教えてもらった方がマシだ。私は司書のおじいさんにお願いして、読めない文字を読んでもらいながら資料を読み進めた。


「分からない事を隠して知った振りをしたり、分からないままにするよりも、君の様にちゃんと尋ねる事が出来る子の方が長生きできるし、成功すると思うよ。色々大変だろうが、頑張りなさい」


「あ、ありがとうございます!」


 分からない事を聞くのはその時だけの恥ずかしさで、知らない事を知ったフリをしてそのままにしておくのはずっと恥ずかしい事、なんて意味の言葉もあるらしいので、私は自分が分からない事を他の知ってる人に尋ねる事に抵抗はない。それが後々役に立つのなら、迷う必要なんてないと思ってる。

 ……実は、孤児院に居た頃のレンの受け売りだったりするんだけど。


 王都周辺で採取できる薬草について調べていると、色々な事がわかった。

 薬草によっては、薬効……要は、薬になる成分の強い部分が違っていたりするらしい。それは葉の部分だったり根っこだったり、花……花弁の部分だったり、と違うらしい。

 となれば当然、色々な薬草を同じ様に採取してしまえば素材としての品質は変わってくる。

 根っこが重要なものであれば丁寧に掘り出す必要があるし、葉っぱが必要なら折れたり千切れたりしない様に保存しないと駄目なのだ。

 今まで私達が採取していた薬草は適当に千切ったりしていたのが悪かったんだろう、買い取り価格がまちまちだったのはそう言う理由だった、という事だ。


「ちゃんとした道具を使って、丁寧に採取して、保存も丁寧にしないと駄目なんだ……今までやってた事って、もう全然駄目駄目だったんだなあ……」


 正直言って、落ち込む。

 たかが薬草採取くらい、適当に取ればいいと思っていた。でも、きちんと適切な処置をして採取した場合の薬草の買い取り価格は、私が考えていた以上に高額になるらしい。

 今まで街の雑用の収入と同程度かそれ以下の買い取り価格しか付かなかった薬草が、適切な処理をされていれば実は2~3倍以上で買い取りして貰えると知った時の私の気持ちは、なんとも表現できない。

 更に薬草の種類によっては、10倍にもなると知ってしまうと……

 ああ……欲しかったあれやこれが既に買えていた、なんて事もあったのか、なんて……やばい、本気で泣けてきた。

 いや、王都に来てからまだ2ヵ月程度しか経ってないんだから、取り返しは付く。むしろ巻き返しできる、と前向きに考えよう。

 とは言っても今日得た知識を実際に活用してみてからじゃないとなんとも言えないんだけど。


 ギルドの資料室を出た時にはもう日が落ち始めていた。

 ああ、今日は結局雑用の仕事やってないや。でも、レンにサンドイッチ貰って、剣も貰って、薬草の知識も手に入れて……今日一日だけでみても装備的にはプラス収支だし、長い目で見てもプラスだよね?

 そんな事を考えながら歩いてるうちに寝泊りしている安宿に着いた。

 私達が今住んでいる安宿の大部屋は8人部屋だったので、宿の主人に交渉して私達のパーティーだけで一部屋使わせてもらえるようにして貰っている。

 その為、他の冒険者と同室になる事はないので、持ち物やお金が盗まれる、という危険性はそこまで高くはない。

 とはいえ部屋のドアに鍵が掛けられる訳ではないので、昼間に部屋を空けてる時には普通に中に入れてしまう。だからお金や貴重品は常に持ち歩かないといけない。

 収入が増えればもっと防犯性の高い宿に変える事も可能だけど、現在の収入ではそれはまだまだ難しい。


「ただいまー」


「あ! トリエラ、おかえりー! 見て見て、今日はこれだけ稼げたよー!」


 部屋に入るとリコが駆け寄ってきた。

 リコ……リコリスは、私の一つ下の女の子。ニコニコ笑顔で今日の薬草採取の収入が前回よりもちょっと多かったと報告してくる。


「がんばったね、リコ。私も今日は色々あって、ちょっと疲れちゃったよ」


「そうなんだー? って、その腰の……」


「うん、これが私の今日の収入」


「えええ、凄い! やったね!」


「リコ、うるせーぞ!」


「おい、リューやめろ」


「ケイン……だってよー」


 リューもリコと同じく、私よりも一つ下で、男の子。ただしちょっと……いや、かなりお馬鹿で、ケインの腰巾着みたいなポジションだ。


「いいからやめろ。トリエラ、おかえり。今日雑用の方にこなかったけど、なんかあったのか? ちゃんと稼がないと、この安宿だって追い出されるかもしれないんだから、ちゃんと……って、腰のそれ……」


「ああ、うん。今日はちょっと色々あって、そっちはいけなかったんだ。ごめん。でも、お陰でこの剣が手に入ったし、今日の分のご飯も持って来た。他にも色々あったけど……」


「マジか! マジかよ! トリエラ、剣って、マジか!」


「あー、うん、それで……」


「頼むトリエラ! その剣、譲ってくれ! この通りだ!」


 ……なんというか、ここまで予想通りだと呆れるのを通り越して、怒りすら湧いてくるなあ。


「あのさあ、ケイン……アンタ、私の職人街巡りに否定的だった癖に、いざ剣が手に入ったら、ソレ? 私の事、馬鹿にしてるの?」


「いや、そう言うつもりじゃないけど……でも、俺だってどうしても剣が欲しいんだ! だから、頼む! この通り!」


「はあ……絶対に、イヤ! バッカじゃないの? 自分でなんとかしなさいよ、私がやってたように、自分の足で! 地道に!」


「それは……いや、俺は色々やる事あるし……」


 あー、コイツはもう、本当に……!


「ばーか! ケインのばーか! 忙しいのなんてみんな一緒でしょー! そんな中でもトリエラは自分でがんばって剣を手に入れたんだから、ばかケインも自分でがんばればいいじゃん! ケインのあほー!」


 おおお、リコが怒った。でも、うん……リコじゃないけど、誰が聞いてもケインの言い分はおかしいって分かるよね。そんな我が侭、通らないよ。


「おいチビ! ケインになんだ、その態度は!」


「うっさい、ばかリュー! リューなんて一番役に立ってない癖に、偉そうな口利くなー! ばーか! ばか王!」


「なんだとー! このクソチビー!」


「おい、やめろ! あんまり騒ぐと……!」


 リコとリューの口喧嘩を止めようと、それまで静かにしていたマリクルが口を挟もうとした時。


 ドガンッ!


『うるせーぞクソガキ共! ぶち殺されてェのか!』


 ……壁を殴りつける大きな音と共に、隣の部屋から罵声が浴びせられた。


「「「「すみません!」」」」 


 ……この宿は安いだけあって、とても壁が薄い。だから少し騒ぐとその声が丸聞こえになる。そして騒ぎすぎると今の様に、壁を叩く音と怒鳴りつける声が掛けられる。


「……2人共、気をつけろ。ここは壁が薄いんだ」


「ごめん、マリクル……」


「……すまねえ」


 リコ達2人は素直にマリクルに謝っているけど、ケインはバツが悪そうにそっぽを向いていた。


「……ケイン」


「俺は……いや、悪い。俺も騒ぎすぎたな」


「それは別にいい。それよりもトリエラの剣の話だ。幾らなんでもお前の言い分はおかしいだろう。それが通るなら、パーティーのリーダーはどんなわがままを言ってもいい事になる。それは筋が通らない」


「……そう、だな。すまん」


「謝る相手は俺じゃない」


「トリエラ、悪かった。この通りだ」


 ……マリクルはいっつも余計な苦労を背負い込むよね。損な性格をしてると思う。まあ、そこがいいところでもあるんだけど。


「……分かってくれればいいよ。でも、残念ながらこの剣は互助契約が結べたって訳じゃないから、勘違いしないで」


「……そうなのか?」


「うん。運良く親切な鍛冶師に会って、その人に譲ってもらえただけだから。このご飯もその人に貰ったんだ。でもそれとは別に、凄く役に立つ事も教えてもらえた」


 レンの事をケインに話すつもりはない。レンもそれを望まないだろうし、私としてもレンを苛めていたケインに教えたくない。

 孤児院でのケインは幼年の子達の面倒見が良かったし、そう言う意味では悪い奴ではないと思うけど、レンを苛めていた事については私は許すつもりはない。

 ケインがレンに対する態度を急に変えた事に関して、院長先生に説明はされたので理解はするけど、納得は出来ない。シシュンキ、なんて言われても、ただ単に色気づいたエロガキが馬鹿やった、としか思えない。


「じゃあ、俺の分も、って言うのは……」


「無理」


「ケインのわがままはどうでもいい。そんな事よりも、凄く役に立つ事ってなんだ?」


「ご飯食べながら説明するよ」


 マリクルに剣の事をどうでもいいと言われたケインがちょっと落ち込んでいるようだけど、正直どうでもいい。


「うまっ!?」


「なにこれ! 凄く美味しい!」


「なんでこんな……この、白っぽいソースみたいなのが……?」


「うまー!」


 昼に食べた時にも思ったけど、レンのサンドイッチはもの凄く美味しい。みんなも大絶賛だ。

 私と同い年で、料理に興味があるアルルが色々と首をかしげながら神妙な顔で食べてる様子はちょっと面白い。でもケインがバクバク食べてるのをみると、ちょっと微妙な気分になる。

 ……でもそんな事も言ってられないので、レンに教えてもらった資料室の情報を説明しながら食事を進める。


「……つまり、そこに行けば色々な情報がタダで手に入る、と言う事か」


「うん。今日、ちょっと覗いてきたし少し本もみてきたけど、それだけでも薬草に関しては色々知る事ができた。今の私達に必要な情報はもっと沢山あると思う」


「トリエラがそう言うのであれば、間違いないだろう。なら、そこを活用するべきだな」


「けどマリクル、俺達はあんまり文字が読めないぞ? それに宿に泊まるには金を稼がないと駄目だ。この状況で仕事もしないで、その資料室? とかいう所に全員で篭るのか?」


「だが、現状維持では何も解決しないだろう?」


「それはそうだけど……なら、どうする?」


「金は必要だ、稼がないとここにすら泊まれなくなる。だから、取り敢えずトリエラは暫く採取の方に固定で行ってもらうって事でいいんじゃないか? その、資料室? に行ったのはトリエラだけだ。軽く見ただけでもかなりの事が分かったって言ってただろう? その、軽く見た程度で何処まで変わるのか、ひとまず様子見してみて、その結果次第で考えよう」


「なるほど……金も稼がないとまずいもんな。じゃあ先ずはそれで行こう。トリエラもそれでいいか?」


「私はそれでいいよ。それじゃ今日はもう寝よう、灯り代も馬鹿にならないし」


「だな。ほらチビ共、さっさと寝るぞー」


「おう!」


「トリエラー、一緒に寝よー」


 さて、取り敢えずの方針も決まったけど、どうなるかなあ……まあいいや、今日はもう寝よう。どうするにしても明日の結果次第だし。


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