107 果たして甘いのか、甘くないのか いや、甘くない……はず
いやいや、急にそんなこと聞かれても困る。
あー……なんて答えればいいのか……『作れます』は却下。『しょぼいのは作れます』? でも試しに打ってみろとか言われても困る。と言うか『作れません』でいいよね?
……って、親方の視線が戸惑いから確信してる感じになってる。答えに窮してる時点で作れるって言ってるのと変わらなかった……またしてもしくじった。
あーあ……仕方ない。
「……作れなくはないです。ですが、期待に添える様な物は難しいです」
誤魔化すならこんなところかな。
「作れるのか……いや、もしかしたら或いは、と思って聞いてみただけだったんだが……そうなると、ふむ……」
ちょっと親方!? 鎌かけだったの!? それはちょっと酷くない!? いや、引っかかった私も間抜けなんだけど! と言うか即答で否定し忘れた私が本気で間抜けだっただけなんだけどさぁ……。
ちらりとベクター氏を見てみれば驚愕の表情。それはそうだよね、私みたいな小娘というかぶっちゃけ子供が魔力剣を打てるとは思わないよね、普通。
「……君は、魔力剣が打てるのか。どの程度の物が打てるんだい?」
「先程も言いましたが、貴方が希望されているようなものは無理です。ですので、お断りさせていただきます」
「ああ、いや……そうだね、頼み事をする以上はこちらも事情を説明するのが筋と言うものだね。実は……」
おーい、誰もそんな事聞いてないんですけどー?
というか私の答えを聞いて親方は考え込んでるし、その親方の様子を見て私が嘘をついてるって確信してる感じか、これは。
しかしながら受けるつもりはまったく無い。事情を説明されてもそれは変わらない。
いくらレア素材を扱えるチャンスとは言っても、それは王族と係わり合いになる事によって生じるかもしれないトラブルを考えると、デメリットと相殺どころかマイナスでしかない。
王族相手に魔力剣作成能力なんてひけらかしたら間違いなく囲い込まれる。仮にそうならなかったとしても冬の主相手に通用するレベルの魔力剣が作れるなんて知れたらトラブルがダース単位で舞い込んでくるだろう。そんなのは真っ平御免だ。
レア素材に触れる機会なんて急がなくてもその内幾らでもあるだろうし、お金だって素材を買う分には足りると思う。
親方もこんな時に余計な事を言わないでくれませんかね! と、ジト目で睨んだらばつが悪そうに視線を逸らされた。んにゃろう。
「実は今回の冬の主は3年前に僕が追い払った奴と同じ奴なんだ。前回のあの時、僕は奴に手傷を負わせる事は出来たけど、止めを刺すことはできなかった。だけど翌年奴は現れなかった。だから誰もが奴はどこかで野垂れ死んだと判断していたんだよ。でも奴は去年現れた。一昨年現れなかったのは恐らく傷を癒す為と前以上の力を蓄える為だったんだろうね……去年、再出現した時に討伐に向った連中は半壊、生き残った者も大半が後遺症が残るような負傷を負っていたよ」
むう。なんと言うか、相当やばい事になってる気がする。でもこう言ってはなんだけど、他人事なんだよね。
……そもそも、そういうヤバイレベルの化け物を退治するのは高位の冒険者や騎士団の仕事だし、怪我を負ったっていう冒険者もそれは職業上自己責任だし。
いや、国内の平和って事を考えると私が協力するのも有りといえば有りなのかも知れないけど、そもそもこう言う時の為に税金を払ってるわけで、そう考えると私は特許料収入からかなりの額の税金を納めてるわけで。
なのにそんな私が自分にトラブルが舞い込むと分かってて手を貸すと言うのは、ちょっと無い。薄情? いやいや、私は別に聖人君子じゃないし、自分の平穏が最優先です。
「3年前戦った時の能力と去年戦って生き残った連中から得た情報から今年の強さは大体予想を立ててあるし、その為の物資も近くの城壁都市のギルドに搬入を開始している。前線基地となる場所も去年壊滅させられた山中の開拓村の跡地に築いている最中だよ。だけど、奴と直接戦う戦闘要員の装備に不安が無いわけじゃないんだ。今回は騎士団も出るけど、冒険者の武装に関してはそれぞれ自前で用意するのが普通だからね。自慢するわけじゃないけど、前回の戦いで奴に手傷を負わせたのは僕だ。だから僕も奴と直接戦う最前線に配置される。そうなるとやっぱり万全を期しておきたい」
なるほど、前にギルドマスターの使いの人が言ってた大規模な討伐って言うのはこの事か。それに去年森に引きこもってた時の大雪も再出現した冬の主の仕業と。前線基地が壊滅させられた開拓村って事は、滅ぼされた村は他にも幾つかありそうかな……でもそれでも私が剣を打つ理由には足りない。
「……申し訳ありませんが、期待には応えられそうにありません」
多少は申し訳なくは思わなくも無いけど、全然心が動かない。我ながら冷たいなあとは思わなくは無いけど、こっちも人生が懸かってる。今までも色々やらかしてはいるけど、ここ迄明確な地雷は流石に踏みたくない。
さっき睨んだ事で親方も私の心情を察したのか、ばつが悪そうにして何も言わない。親方、決して悪い人じゃないんだけど、色々抜けてると言うか……いや、私も抜けまくってるから人の事どうこう言えないんだけど。
「そこをなんとかお願いできないかい?」
いや、何で要求するレベルの剣が打てる前提の物言いなの? そういうのは無理って言ってるでしょ! 嘘ってわかってても空気読め!
という訳で、ふるふると首を振る。
「それに私はここに間借りしてるだけで、ここの職人という訳ではありません。今も無理を言って鍛冶場を使わせてもらってるのに、それで商売をするような不義理は出来ません」
「それは……」
うん、義理とかは大事なんだよ。仮にお金を払って使わせてもらってるんだとしても、ね。というかそもそも仕事で剣を打つつもりは無いし。あくまで自分用だから。
「いや、そこは別に気にしないでもいいんだが」
親方がまた余計な事を言い出したので睨んで黙らせる。
「そもそも、何でそこまでするんです? 貴方は一冒険者に過ぎないでしょう? そう言う危険な事はそれこそAランク以上の冒険者や騎士団の仕事では?」
「……不幸な目に遭うと分かってる人達を見捨てる事は出来ないよ。出来る事なら助けたい。それはおかしい事かい?」
いや、言いたい事はわかる。目の前で困ってる人が居て、何とかできるならしてあげても良いかなとは思う。でも私の人助けの許容範囲はかなり狭い。目の前で転んだ子供を助け起こす位ならまだしも、赤の他人の為に自分の命や安全は賭けられない。身内や友達だったら話は別だけど。
「予想される今年の奴の能力を考えると、司令部を構築してる城壁都市まで影響が出るかもしれない。もし今年倒せなかったとしたら奴の影響範囲内の都市では冷気で死人が出るかもしれないんだ。それを防ぐ為にもなんとしても奴を倒したい。あの街には孤児院もあるし、街の設備の防寒能力を考えると孤児に死人が出てもおかしくは無い……出来る事なら僕は誰も死なせたくはないんだ」
……孤児院? と言うかそもそも、何で拠点が王都じゃないの?
「あの、冬の主が現れたのは王都の北西の山じゃないんですか? 3年前までは主の出現していたのは北西の山で、拠点は王都だった筈ですが」
基本的に冬の主は毎回同じ場所に現れる。だから討伐拠点の構築は比較的容易で、仮に年単位だったとしても時間を掛ければ何時かは倒せる。そして今回の主は前回と同じ相手と言う話なんだから、当然今回も主の住処は王都の北西の山の筈だ。
「いや、去年奴が現れたのは前よりも更に西の山岳地帯だよ。今、司令部を構築してるオニールの北の山の辺りだね。斥候の話だと今年もほぼ間違いなくそこに現れる予兆があるらしい」
ちょっと待って、オニール? 今オニールって言った? さっき孤児院があるって言った? なら、そのオニールって言う街は私が住んでいたあのオニールの街?
あそこにはまだ妹分や弟分が居る。私達に良くしてくれた院長先生ももうかなりの高齢だ。私がいた頃も冬の寒さには辛そうにしていた。寒さで孤児が死ぬ? そんなのは駄目だ。
「すみません、ちょっと考えが変わりました。その依頼、受けさせて頂きます」
「本当かい!?」
いくらなんでも親代わりだった人や妹弟分は見捨てられない。私でも流石にそこまで薄情な真似はできない。
「はい。ただし、条件があります」
「条件?」
「はい。魔力剣を打てる鍛冶師は余り居ないと聞きます。つまり、今回剣を打つ事で色々なトラブルに巻き込まれる可能性があると思います。……私は、後ろ盾がありません。それはトラブルから身を守る術がないという事です」
「つまり、後ろ盾が欲しい?」
「いえ、逆です。私にはまだやりたい事があります。その為にも不用意に後ろ盾を得るのは好ましくありません……権力に物を言わせて囲い込まれる訳にはいきません、自由に動けなくなるのは困るんです」
「剣を打ったとしてもその製作者であるとばれるのは困る、と?」
「はい。ですので、トラブルに巻き込まれない様に情報が漏れないようにしてもらいたいんです」
「なるほど…………わかったよ。それなら『僕の名前』に懸けて、君の安全を保障すると誓うよ。君の周辺の安全確保や情報の漏洩は無い様に手配する。だから、どうか剣を打って欲しい」
……王族がその名前に懸けて、ね。
とは言え私はベクター氏が王族って事は知らないって振りをしないといけないんだから、どうしたものか。取り敢えず怪訝そうな顔して反応を引き出してみるかな?
「嬢ちゃん、そいつが名前に懸けて誓うって言うなら、なにも心配はいらない。約束はきっちり守る筈だ、俺が保障する」
おろ? 親方が保障する? ……ああ、つまり親方はベクター氏の出自を知ってるって事か、なるほどなー。
「あ、すみません親方。さっきはあんな事を言ったのにこんな事を言えた義理ではないんですが、鍛冶場を使わせてもらえませんか?」
「ん? ああ、さっきも言ったが気にしないでいい。冬の主の件は俺達も他人事じゃないからな。そいつと戦う為の剣だ、気にしないで存分に使ってくれて構わん」
ちゃんと筋は通しておくのが礼儀。とは言え相変わらず変な所で太っ腹な親方だわ。
「ありがとうございます。それで、えっと……ベックさん?」
「……? ああ、ごめん! 前にそう名乗ったんだよね? これからはベクターって呼んでもらえるかい?」
「ベック? なんだそりゃ? お前はベクターだろうが」
「あー……3年前の討伐の後、周りが騒がしくなって拠点を変えたんですけど、その時に偽名を名乗るようにしてたんですよ」
「周りが五月蝿くなって煩わしくなったか?」
「そんな所です……」
そう言う理由だったのね。でも有名税なんだから我慢しても良かったんじゃない? あ、万が一王族ってばれたりしたら困るからとか、そういう理由もあるのかな?
「ええと、それではベクターさん? どう言った剣がご入用ですか?」
「どう言った? ……君はどのレベルの付与ができるんだい?」
「それは一先ず置いておいて、取り敢えずできる限り希望を述べて貰えますか?」
うん、その中から適当に作るから。とは言え流石に自重しないで打つつもりは無いよ。
「それは……いや、そうだね。取り敢えず最低限『火属性』でLV3~4は欲しい所かな」
うん、色々含む所があって空気を読んでくれたらしい。こう言う人の相手は楽でいい。それにさっき迄の対応を見るに、思った以上に誠実な人っぽい。腹黒そうとか思って申し訳ない……いや、それでもどこか腹黒そうな感じがするんだけど。
「正直なところ、冬場に雪山で戦わないのであれば前の剣でも倒す自信はあるんだ。でも相手の属性を強化する場で戦うとなると、最低でもそれくらいのレベルの付与が欲しい。可能なら5、出来る事なら6以上が理想なんだけど、そのレベルになるとダンジョンでもそう簡単には手に入らないからね」
「他には?」
「他には、そうだね……さっきも言った通り、素材は持ち込みでアダマンタイト。剣の形状はバスタードソードにして欲しいかな。三年前は筋力が足りなくて片手剣だったんだけど、今はその辺りも成長して今のメインウェポンはバスタードソードなんだよ。だから使い慣れてる形状の方が助かるかな? 両手持ちも片手持ちも出来るしね」
「今は魔力剣の方は使ってないという事ですか?」
「状況によって使い分けてる感じかな。どちらかと言うとバスタードソードの方を多用してるけど」
「盾も使ってる?」
「小回りが利くようにバックラーを使ってるよ」
ふーん……?
「なら、盾も作りましょうか?」
「いいのかい!?」
「……素材に余裕があればですが」
「そこは何とかするから、是非お願いするよ!」
「盾の方はどうします?」
「盾は……汎用性を考えて無属性かな? 流石に属性盾だと使い勝手がね……」
了解、了解。鎧は……流石に面倒だし、いいか。あ、そう言えば。
「そう言えば、冬の主はどんな魔物なんですか?」
「ああ、言ってなかったね。奴はフロストサラマンダーだよ」
これまたレアな魔獣だこと。
フロストサラマンダーはサラマンダーの亜種で、火ではなく氷属性の馬鹿でかい蜥蜴の様な魔獣。外見は巨大な蜥蜴だけど、種別としては亜竜種、下位の竜種に属する強力な魔獣だ。
亜竜種は他にワイバーンなんかが居る。亜竜種と竜種の違いは色々あるらしいけど、分かりやすいのは知性の差。竜種は明確に人の言葉を理解するし、強力な魔法も使う。そしてブレスを吐く。亜竜種は一部を除きブレスを吐かない。魔法に関しては種族による。
ちなみにサラマンダーという呼称の存在は火の精霊にも居るので非常に紛らわしい。
「亜竜種ですか……どうやって倒すつもりですか?」
「亜竜とは言え竜は竜。竜退治の基本通りに行くつもりだよ」
「竜退治の基本となると、下に潜り込んで腹を割く、ですか……」
竜は真っ向から攻めても硬い鱗に阻まれてまともにダメージを与えられない。硬い鱗ではなく比較的柔らかい皮膜に覆われている腹部を攻めるのが常套手段だ。とは言え翼竜ならなんとかして最初に翼をどうにかしないといけないんだけど。
「幸い戦いの場は雪山だからね、雪の中を潜って接近するつもりだよ。その為の装備も色々用意してるよ」
その辺りを準備してるとなるとあとは余計なお世話になるか……じゃあ作るのは剣と盾って事ね。
「後はそうだね……報酬を決めないといけないね。一応金貨で五千枚を支払うつもりなんだけど、それで足りるかな?」
おっふぅ……凄いお値段! でも素材持込の鍛造依頼で五千枚……相場が良く分からん! どうすればいいのだ!?
「ああ、それなんだが……ベクター、アダマンタイトが余ってるならその現物を譲ってやれないか? 嬢ちゃんには現金よりもそっちの方がいいと思う。お前の事だから余裕を持って用意してあるだろう?」
「それは、確かにありますが……」
「ならそれで決まりだな。嬢ちゃんもそっちの方がいいだろう?」
「はい、それでいいです」
流石親方、分かってらっしゃる。と言うかレア素材のアダマンタイトを余裕持って集められるとか、流石は王族! マジパネェっす。
「うん、じゃあアダマンタイトの現物で支払いと言う事だね。とは言え盾も作って貰える事になったから……片手剣でギリギリ2本に届かない位の量になるけど、いいかい?」
「問題ありません」
「それは良かった……でもそうだね、ついでで金貨五千枚も支払うよ」
「いえ、それは流石に」
「いや、受け取って欲しい。盾も作ってもらうんだしね」
あー……そう言えばそうだった。なら貰っておこうかな。
「分かりました、ではそれで」
「うん。それじゃあ材料は午後にでも持ってくるから、後はどうか宜しくお願いします」
ひぃ、王族に頭下げられてるぅ!? いや、そんな事知らないんだから知らない振り知らない振り!
「はい、承りました」
そんなこんなで一応話は纏まり、ベクター氏……もうさんでいいか、ベクターさん達は帰っていった。ニールが羨ましそうに見てたけど、知らん。
ちょっと遅くなった昼食を食べ終わって、しばらくしてから素材を持って改めてベクターさんが1人で来店。ついでに今使ってる剣も見せてもらった。癖とかチェックしたかったから、一応ね。
剣が完成したら親方に言えば取りに来るらしい。
とまあそんなわけで明日から魔力剣を作る事になった……いや、ぶっちゃけ魔剣作るけどね! 自重? 自重はする! でも手加減はしない! 孤児院のみんなの命が懸かってるんだからね!
でも、はぁ……結局面倒な事になってしまったのだわ……でもまあ、最悪逃げればいいか。







































