39 ボーフォートの夢
テントの中の暗闇を照らす小さなランタン。
茶色い軍用のテントの中で呆れ顔になりそうなのを堪えながら、目の前のワイアット・ボーフォートを立ったまま見つめるのは、甥であるサンドロ・ボーフォートだ。
「叔父上、この後はどうするつもりですか」
簡易チェアにでっぷりとした身体をダルそうに預けるボーフォート将軍に声を掛ける。
「知らん。何とかしろ」
「何とかと言われましても・・・正直に申し上げると、状況は不利なのですよ。軟禁状態から救い出そうとした一部の将校達に任せたのが失敗といえばそれまでですが・・・」
ワイアット・ボーフォートは軍部の中、特に下級士官や一般兵から崇拝されている。
彼自身が男爵家の3男であり、身分はほぼ平民からの叩き上げで将軍にまで上り詰めたという実績 ――つまり現代的にいうとパイオニア・スピリットとかアメリカン・ドリームと云われる、身分に関係なく実力だけで軍の最高位までのし上がる事を成し遂げた男だからである。
真面目で実直だった若い頃に王族を暴漢から守り獅子奮迅の戦いの後報奨として騎士爵を与えられ、そのすぐ後に腕を見込まれ近衛騎士に昇格。
王族の警備を任された後に騎士団長として取り立てられた。
その後他国との小競り合いに駆り出されては大将首を取る男として恐れられたが、早くから銃火器を軍備に導入する事を提唱し自国の防衛力の底上げをした。
様々な功績が評価され伯爵位を与えられた時に、公爵令嬢に入れ上げられて娶るようにという配慮から侯爵位を与えられた。――だが、本当に彼は己の欲しかったものを手に入れられたのだろうか? そこまで考えてサンドロはワイアットの声で我に返った。
「ソコを考えるのがお前の仕事だろうがッ軍港を持ち帝国に攻め入り、世界の覇者となって後世に名を残すのが儂の悲願だったのに・・・それを・・・こんな所で・・・」
そんな夢物語を真顔で叫ぶ叔父を横目に溜息を1つ付く。
こうなると1人芝居が始まり、延々とありもしない未来の玉座に座る自分の姿に行き着くまで話を止めないのは分かり切っている。
そして王の玉座の隣にはもう既に亡くなってしまった2代前のアガスティヤの公爵夫人を据えるのだろうな、と宙に視線を彷徨わせる。
――気が狂っているとしか思えない。
ワイアット・ボーフォートは娘は居るものの独身。
妻は彼の夢物語には要らない登場人物なのでとうの昔に離縁して実家に帰り再婚している。
若い頃、それこそ20歳代にアバルティーダ国王の婚姻式に出席するヴァルティーノ国王夫妻の警護のために出向き見初めたという美しい公爵夫人に懸想したのだというが。
――生きてても60歳過ぎたババアだぞ?
ボーフォートの年齢は50代後半だ。彼が20歳過ぎで出逢った公爵夫人とやらは彼より年上だったらしいが、曰くトリアステル帝国の元皇女で絶世の美女だったらしい。
――確かに思い出の中の女性は年齢を重ねる事なく美しいままだろう。
其れは当然だが、実際彼自身が年々衰えていくのに何故相手も衰えていくと考えられないのかが恋愛には全く興味のない男であるサンドロにはさっぱり分からないままここまで来てしまった。
彼から見ても叔父は軍務中は本当にマトモなのだが、アガスティヤに関わるとおかしくなる――彼は溜息を吐いた。




