34 幼き狂詩曲①
オフィーリア・アガスティヤがアンドリュー第2王子に初めて会ったのは彼女が6歳、アンドリューが8歳の時である。
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王宮で開かれる春のお茶会は貴族の子息子女なら余程の理由が無ければ欠席などしないと言われている王家主催の大掛かりなもので、派閥も爵位も関係なく6歳になった子供達が招かれる子供向けのデビュタントのようなモノだ。
「リアちゃん、ほらあの方よ。アンドリュー第2王子様。仲良く出来そう?」
その頃はまだまだ元気だった母が彼女に向けて微笑んだ。
「分かりません。仲良く、とは?」
その頃すでに公爵家の長女であるオフィーリア、若しくは同派閥内の貴族子女に向けて、婚約の打診をする事が決まっていたアンドリュー王子は地味な顔立ちの王家一家の中でも一際目立つ容姿をしていた。――つまり美形だった。
緑の芝生に白いクロスの掛かったテーブルに載る白磁の磁器には華やかな香りのする紅茶。硝子のピッチャーには果汁で作られたジュース。ケーキスタンドに載ったプチ・フールやサンドウィッチ等子供の好きそうな軽食が所狭しと並べられた広い庭園の彼方此方に置かれた席の1つに座り、冷めた目で周囲を見回していたオフィーリアが母の質問に不思議そうな顔をする。
「見目の良い方のようだとは思いますが仲良く出来るかどうかは分かりません、お母様」
「リアちゃんは手厳しいわねぇ」
苦笑する母に首を傾げるオフィーリアは、既に周りから一目置かれるような美しい少女だったが、頭の回転が速い大人びた子供でもあった。
「だってお話しもしたことが無いのですから分からないのは当然でしょう?」
「でもとても素敵な王子様だとは思わない? ほら、他のご令嬢は彼に釘付けよ?」
周りの同い年の少女達は既に彼に狙いを定めジリジリと近寄っている。
「顔が良いからと言って中身も素敵かどうかはわかりませんよ」
冷めた目で少女達の動きを見ながらオフィーリアは母にそう言って溜息をついた。
「ホントに大人みたいだわねぇ」
困ったように母が笑い、隣に立つ父も苦笑いをしていた。
彼女は座学も馬術も武術も全てに於いて優秀だったが、既に影としても教育も始まっていた影響なのか、感情の起伏が少なくいつも何処か冷めていて何かに夢中になったり、感情を顕にすることが少ない子供だった。
幼い彼女に無理をさせたかと両親は心配したが、海の向こうの親族に会いに行った時は楽しそうによく笑顔を見せる。
次期公爵の将来の補佐という役割の教育が彼女をそうさせるのかもしれないと周りの大人達は考え、見守る事にしていた。
やがて王家一家との挨拶の時間となり、国王派の筆頭公爵家であるオフィーリアの家族は一番最初に呼ばれる事になった。
×××
一方アンドリュー王子は、王家一家の中では母である王妃によく似て生まれた自分の立ち位置を何となくだが理解していた。
自分はアガスティヤ公爵家、若しくはその派閥の子女と婚姻する事になるのだろうと。
そして婚約者の最有力候補は1番最初に呼ばれる公爵家の長女だということも知っていた。
彼女は王太子である兄の親友の妹であり、海の向こうの帝国の皇女だったという祖母によく似た美貌は王宮内でもよく噂になっていて初めて本人に会えると知った昨日の夜、実は緊張であまり眠れなかった。――自分の未来の花嫁になるかも知れないと思う期待と不安の両方があったから。
『気に入って貰えるといいけどな・・・』
アガスティヤ公爵家は王家の受け皿ではあるが、互いに相性が良くないと判断されれば婚約が成り立たないという決まりがあるからだ。
馬が合わなければ他の候補を探さなければいけなくなるのだが、彼自身は将来的に王太子である兄の補佐として軍関係に従事する事がほぼ確定している為、伴侶にはそれなりの家格が求められる。
できればアンドリューの相手には裏王家と言われているアガスティヤの姫君が望ましいと、国王や重鎮たちが考えている事を利発な彼は自然に感じ取っていたし、王家に生まれたからには婚姻にも打算は必要だと思っていたのだ。――この時までは。
公爵家一家が連れ立って此方に向かってやってくるのを見て更に緊張するアンドリューの目の前で、上品な所作でカーテシーを披露する白いドレスの少女。
俯く金の髪に載ったレースたっぷりのヘッドドレスのリボンがまるで蝶々だと思った。
そしてお互いの視線が絡まった時に。
2人の背中に同時に電流が走った――




