コレクター 8
白と黒の細かな砂利が敷き詰められた駐車場スペースには、雑草一本さえも生えていなかった。
よく手入れが行き届いた駐車場に驚きながら、歩いている途中で停車している車のナンバープレートを凝視した。二台とも長野ナンバーだった。
ごくたまにだけど、小さい頃は私が見えているものが燿馬にも視えていたりすることがあった。東京駅で一体どうやって攫われたのか全く覚えていないけど、突然私が消えたらどれほど心配しているだろうと思う。逆の立場なら、気が気じゃないもの…。
どんな手段を使っても、私は必ず燿馬のところに帰るんだ。そう決意を胸に、特徴的な風景を見つめては念を込めて燿馬に呼び掛けた。
テレパシーが使えたら良いのに―――
建物の入り口は近付くとちゃんと普通に口を開けていた。離れると白さにかき消されてしまって、ただの三角の壁にしか見えない。不思議な建物だと思った。
壁も床も天井もとにかく白い。
極度に白が好きな人達が建てたんじゃないだろうか、と思いながら道順を記憶していくと、突然左右対象の廊下に出た。左右対称どころか、四つの面に全く同じ家具と小さな祭壇のようなものと、壺か飾られていた。
遠目から見れば壺は四つとも同じ模様に見えるけれど、パターンの中心部の花をモチーフにした模様が四面でそれぞれ違っていた。細かいものほど、私は気付いてしまう。無いもの探しゲームは得意だった。
椿。芍薬。薔薇。菊。
入り口には芍薬、そして開けた扉は薔薇だった。
薔薇の門を潜ると、今度は黒と赤を基調とした絢爛豪華な雰囲気の部屋に入った。赤いベルベット絨毯はふかふかとしていて、一歩ずつ歩くたびにふわっとしながら沈み込んでいく感覚が妙に気持ちが良い。
これは別荘なのだろうか? それとも、特別なことをするための施設なの?
「ここはアートギャラリーなんですよ」と、白鷺さんがやっと声を掛けてきた。
手には手錠で繋がったまま、背がほとんど私と変わらない中年のやせた男性は、初めて表情に感情らしき色を浮かべながら私を見た。
「あなたの絵を買いたいというお客様が作られた私設の美術館なんです」
「……私は、田丸燿平さんという作家の生まれ変わりでもなんでもないですから! 迷惑ですから!!」
東京で初めて、私の絵を見た大学の教授達の目の色が変わった時から、もしかしたらこんな日が来るんじゃないかと漠然とした不安を感じていた。そんな馬鹿らしいことが起こるわけがないって、その時は単なる思い過ごしで忘れていったけれど、まさか本当に予感が的中することになるとは、思ってもみなかった。
「田丸燿平の初期の作品があるので、ご覧になってください」と、グイグイ引っ張られて無理やり奥まで連れて行かれ、豪華な部屋の壁に立派な額縁に入った素晴らしい絵が現れて、私は固唾を飲んだ。
思ったより大きな絵ではなかったけれど、そこに描かれていたものに私は驚いた。
白と黒の細長い生き物が絡み合っている。
まるで海の波を表しているかのようでいて、一山一山の大きさが広くなったり狭くなったりしていた。顔らしきものはうねりの中に埋もれていて、これが蛇なのか龍なのかは、わからない。
「これを描き終えた彼は、時間が経てばわかると言ったそうです。何を象徴しているのか、君にならわかるかと思ったんですが、どう感じたのか言ってみてくれませんか?」
口調は丁寧だけど、手錠は食い込んで痛いままだから、私は警戒心を解くわけにはいかず唇を噛んで身構え続けた。この人は間違っている……。道理を弁えていない言動や態度に振り回されて、本当に不快感しか感じられない。
「……あなたは芸術を冒涜しています。そんな人に感想なんて言いたくない」
そう言うと、白鷺さんは両目を見開いて目と目の間の筋をぴくぴくと震わせた。怒りと他の感情が見える気がした。
「こんな強引過ぎるやり方をされて、素直に感想を言うと本気で思ってるんですか?」
腹が立ってきて、言わずにはいられなかった。
でも、すぐに遮られてしまう。もう一人、この部屋に居る見知らぬ初老の男が椅子に凭れたまま声を発した。
「生意気な小娘だな。自分の立場をまるでわかってない。白鷺くん、教えてやった通りにすればすぐに大人しくなる。首輪に繋いで躾直しなさい」
「……はい」
威圧感があるけれど、その男は私が振り向いて顔を見ようとすると、手で顔を隠した。指と指の隙間から目だけをこちらに向けてくる。冷たい死人のような瞳だ、と思った。
初老の男が「ほら、気を付けないと。心を読まれてしまう」と、揶揄うように言うと、白鷺さんが私の手首を引っ張って部屋から出て行こうと歩き出した。彼は反抗的な態度を抑え込んでいるように見える。この主従関係は高圧的な力で無理矢理成り立たされた脆い関係なのかもしれない。
四つのシンボルがある不思議な廊下に戻ってきて扉を閉めると、白鷺さんは一度立ち止まって私を睨むと舌打ちをした。思い通りにならない相手に苛立っているのが手に取るようにわかる。
「何がしたいんですか?」と、思い切って聞いてみた。
すると、グイと腕を引っ張られて芍薬の印のついた扉を開けて、引っ張り込まれた。
奥まで細く長く続く廊下を歩いていくと、突き当りにまた扉があった。そこを開けると、今度は想像を裏切るほどの広い空間があって、四面の天井近くに絵が飾らせていた。学校の体育館程の大きさのように感じるけれど、横に長い絵が並んで飾られていて、繋がっているようで繋がりのない連続の絵にテーマがあるのかさえわからなかった。
「ここにあるのはすべて、田丸燿平の絵です。輪廻転生という言葉は聞いたことぐらいあるでしょう?
あそこの絵をよく見て欲しい。君が描いた絵にも、同じものを描き込んでいますよね? そもそもあれは何なのか、教えてくれたらすぐに家に帰してあげます」
彼が指さした先にあったのは、招き猫の形をした達磨だ。風鈴や蚊取り線香の器を連想するような、小さな置物。それにどんな意味があるか気になるなんて考え過ぎにしか思えない私は、眉間に皺を寄せて白鷺さんを見上げた。




