眠れぬ龍の夢 9
夢遊病者達が行こうとしている方に、夏鈴はいる。俺は連中の流れについていく。
どでかい地下空間の空気の流れをかき乱す人々のうめき声が不気味に反響していた。
「夏鈴はどうなってるんですか?」
俺の問いかけに答えたのは爺さんだ。
「あの子は石櫃の亡者達が押し寄せている。野々花とその上の先祖達が夏鈴と共に呪いを受け止めている」
「冷たい水に身を浸しているようなものよ。低体温症で死んじゃうわ。夏鈴を見つけたら、温めてあげないと」
「そうだね。少しでも良いから、君がそばにいることを夏鈴に知らせるんだ。抱きしめてやれ。
そして黒龍を討伐しよう」
「……はい」
同じ方向に歩いていく人々の前に出ようと、小走りに先へ急ぐ。
すると、列から突然人が飛び出した。
波戸崎 龍だ。
「東海林 晴馬!!」
随分としゃがれた声で、俺を呼び留める。
振り向くと、肩で息をして俺を恨めしそうににらみつける若造が、今にもとびかかってきそうな危険な殺意を漲らせながら、近付いてきた。
「俺と勝負しろ!!」
「勝負なら、さっき済んだはずだが」
「あんなのは、勝負とは言わない!! 俺の意思じゃない!!」
「化け物に操られて、……すっかり骨抜きにされちまったんだろうが」
「うるさい!!」
足をもたつかせながら駆け寄ってきた龍から、寸前で身をかわした。
俺の足元に転げ落ちて、龍は無様だった。
「そんな体では、もう無理だろ? 正気に戻れたなら、外の空気でも吸って来い」
「お前の指図なんか!!」
四つん這いになって、小さいガキみたいに喚きやがる。
俺はボロボロになった龍のジャケットの襟を捕まえて、引っ張り上げた。
立たせると背は自分とそう変わらない良い体格をしているのに、ひょろひょろで弱っちい。体幹トレーニングが足りないのだ。
「やめておけ。こんな細っこい体で、俺とさしで勝負したって絶対に俺に勝てない。わかるだろ?」
肩で担いでやりながらそう言うと、龍はズボンのポケットに手を突っ込んでいるのに気付いた。唇を噛むヤツの顎には、赤い血が流れ落ちていく。憎しみの匂いがした。
バッ!!
咄嗟にヤツを突き飛ばした。
繰り出された小型ナイフの刃が、俺の脇腹を掠めた。
鋭い痛み。
「晴馬君!!」
美鈴さんの悲鳴が上がる。
夏希さんと爺さんがほぼ同時に、龍を取り押さえた。
「いい加減にしろ!!」
「お前の入り込む余地など、ないのだよ。
若者よ……、その執着を捨てなさい。
さもないと、今日お前はここで黒龍と死ぬことになるだろう」
夏希さんの恫喝と、爺さんの柔らかな物言いによって、龍はまたしても情けないガキみたいに喚きながら泣き出した。
美鈴さんは死んでも看護師だった。傷の具合を見てくれた。
「大丈夫。皮一枚程度のかすり傷だわ。間一髪だったわね」
破いた袖で圧迫止血をしながら歩を進める。
自分の殻に閉じこもった龍をその場に置いて、俺達は生贄たちの列の先頭に追い付いた。
広い空洞が再び狭い通路に変わる。狭いと言っても、最初のトンネルよりもずっと広い廊下で、照明ライトが点々と続いている。数十メートルの先で再び開けた空間に出ると、さっきの洞窟よりも岩肌が綺麗な壁や天井が続いていた。
ピラミッドの内側を思わせるようだと思った。
腐敗臭は落ち着き、代わりに独特のお香らしき香りがする。
「空気がまずい」
「嗚呼、まずいな。これは」
「耀馬に教えて来る。穴を開けるなら、あのあたりが適当だろしな」
爺さんはそう言うと、再びドロンと煙のように消えた。
「いよいよね。
晴馬君、わかってると思うけど犠牲になろうと思わないで。
夏鈴はそういうのを徹底的に嫌っているわ。
あの子の気持ちを、自分と同じぐらい感じて尊重してあげてね」
美鈴さんが真剣な顔して、俺に言う。
生前、こんな風に真正面から念を押されたことなんて一度もなかった。いつも彼女は、どこか夏鈴に遠慮がちなところがあったのに。俺が知る限り、この時の美鈴さんが最も母親の顔をしていた。
「わかってますよ」
こうなる前に何度も、俺達は知らず知らずに間に約束していたんだ。
「でも、俺も夏鈴も死ぬときは一緒だって確かめ合ったんで」
そう言って俺は笑った。
夏鈴と離れない。俺達はふたりでひとつの人生を生きてきた。
だから、死ぬ時も一緒が良い。
死んでも俺は夏鈴を離さない。
「……あの子はそう言いながらも、きっと最後まであなたを生かす道を選ぶわ」
「わかってますよ。そんなのことは。あいつの性格を誰よりも俺が解ってるつもりなんで。
それに。俺、死ぬだなんて思ってませんよ。
生きてこれを終わらせて、また二人で他愛無い日々に戻ることしか考えてないんで」
―――― 本心だ。
簡単にあきらめてたまるか。
火事の夜、おふくろが親父を担いで逃げようとして一緒に死んだ気持ちが、今ならよくわかる。一人で逃げることもできたのに、おふくろは親父と死ぬ道を選択した。
それは死ぬためじゃなく、親父と生きるための選択だったんだ。
二人で最期まで傍にいる。
そんな生き様が、俺を励ます―――――。




