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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第6章
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呪い返し 7

 どんなに怖くても、未来を見つめていればきっと、乗り越えられる。


 そんな気持ちで恵鈴のお願いに同意して、誓いのキスを交わした。


 もう、あまり時間がないことは何となく感じている。でも、こうでもしないと俺達も単体になれば心がすぐ暗闇に引きずり込まれそうで。そんな風に自分を見失わないためにも、俺達は愛を確かめ合わずにはいられなかった。



 ――― いいよ。今ならまだ時間はある。俺が許す。



 自分の声で誰かが語り掛けてきた。



 ――― ほら、さっさと始めないと勿体ないぞ。



 俺は恵鈴を抱きかかえたまま、波戸崎家のゲストルームの一つに飛び込んだ。



 血で固まった髪の毛、未消毒の傷、ひっかけたか切りつけられたかわからない一文字の切り傷、あちこちに青あざが沢山浮かび上がっている体から、衣類を全部脱ぎ捨てた。同じように、恵鈴もあっという間にすべての服を脱ぎ去って、俺達は求め合った。


 生きたからだに触れると、体温と脈と優しい気持ちに結び付く。怯えて硬くなっていた筋肉が弛緩して、それでいて身が引き締まって、本来の自分に還る。


 迫りくる死など恐れるに足りないほど、俺と恵鈴は深く繋がって熱く蕩け合った。別々の体に生まれた喜びを確かに分かち合いながら、この身が滅びても変わらない愛を探し求めようと決意を込めて、恵鈴の中に種を蒔いた。


 愛してる。


 言葉にできないほど、強く激しく。



 泣きたい気持ちに似た感情の波が、何度も俺達を昂らせている。



「……耀馬」



 うわごとで俺を呼ぶ恵鈴が可愛すぎて、もうダメだと思うほど身も心も硬く尖っては火花を迸らせて弾けた。そんなことを繰り返せるのは今だけかもしれない。



 ――― この感動を、感情を、忘れてはいけない。



 俺の中にいる誰かが、そんなセリフを繰り返し言い聞かせてくる。



 忘れるもんかよ!



 しがみつく恵鈴の頭をしっかりとホールドして、気が済むまで愛した。


 込み上げる色んな感情が混ざると、絵の具ならば灰色になるはずのところ、俺の中では不思議と白く変化していく。


 どろんこの靴下を漂白したみたいに、心の中のこびりついていた恐怖とか命の危険に晒された後の、誰も信じらないといった猜疑心とか、そうしたものがどんどん浄化されていくようだった。


 辛いことや悲しいことは避けられないけど、だからこそこうして本気で愛することが必要になるんだ。


 戦争に駆り出されていた時代に比べたら、今の世の中は確かに平和なんだと思う。でも、与えられた価値観や決められた人生に不満を抱えて、心を腐らせて、他人の幸せを羨んで、平気で不幸を嘲笑うような人も見た。


 俺はそっちには行かない自信だけはある。


 それはきっと、恵鈴がいてくれるから……。


 親父とおふくろの背中を見て育った俺達は強い。


 そう思ってる。



 張り付くように湿った肌が吸いついて離れられない気持ちのまま、余韻が引いていくのを待った。力の弱い俺が、力持ちの恵鈴をどう守れるのか悩むのももうやめて、ただこうして微笑み合うことの意味を確かめ合った。


 服を着て部屋を出たとき、また絶対に穏やかな日々を二人で送ってるイメージだけを共有して歩き始めた。



 暗く淀んだ空気に踏み込みながらも、恐れや怒りに支配されず、最後まで自分でいられるように願いを唱える。


 隣を歩く恵鈴も頼もしいぐらい穏やかな表情をしていた。


 毅然とした彼女は、今まで見た中で最も気高さと美しさを兼ね備えていた。



「お互い、できることをやろう。命懸けだけど、絶対に死を選ばないこと。良いな?」


「うん。私はママをサポートする。耀馬はパパをお願い」



 不思議と何をすべきか、何となくわかっている俺達がそこにはいた。



* * * * *



 自分の存在が何かを考えて生きていることはきっと、生まれながらに使命があるのだといつかママが教えてくれた。


 今、その教えの意味を感じている。


 いくら考えても、わからなかったはずの答えが目の前にはっきりと在る。


 私はママを助けるために生まれた。


 確信しかない。


 巨大な悪意の塊がまるで命を宿した生き物のように動き回る屋敷の中で、私たちははじめから試されていた。全身が危険を察知して、ここに居てはいけないと感じながらも大事な人を人質に取られ、危険を顧みずに呼び寄せられてしまった。本当は来るべき場所ではない。


 ここは墓場に近い空気が漂う場所。


 実際、沢山の浮かばれない死者達が囚われている。


 ママは今、そんな彼らの相手をしているんだ。


 数えきれない人達の泣き声や叫び声が私の心の中の鼓膜を震わせた。


 特に多いのが小さな子達。


 彼らはママに母親を求めている。


 長年保育士をやってきたママは皆の母役をしている筈だ。


 ママが心配だ。



 早く支えになってあげなくちゃ。



 恋人つなぎをした耀馬の手から震えは消えている。


 さっきまで、異様なほど冷たかった体は、抱き合ってからはすっかり体温が戻ってきた。耀馬は自分でも気付かないうちに、他人の分の恐怖も引き受けてしまうところがある。


 だから放っておけない。容量オーバーしたら、耀馬の心は壊れてしまうから……。

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