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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第6章
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呪い返し 6

 ガチャン。ガタン、ゴゴゴゴゴゴゴ………


 本棚の裏で金属音が鳴った。ベアリング装置が作動する音がしてゆっくりと本棚が回転を始める。回転ドアのように九十度だけ動いたと思ったら、ガシーンと重厚な音を立てて止まった。



「……う!!」



 恵鈴が突然、手で鼻と口を覆った。

 


「ガス??」



 俺は窓に駆け寄って、そっと窓を開け放つ。外気が勢いよく流れ込んで、代わりに出ていく風の流れも感じた。


 恵鈴は咳き込みながら駆け寄ってきて、外の空気を吸う。

 二人で落ち着くまでしばらくそうしてから、ガスの匂いが薄くなるのを待った。



「……まさか」


「うそだろ……」



 俺たちは同時に同じことを思い浮かべ、戦慄した。濃度の高いガスが充満した部屋では生きていられない……。つい数時間前に顔を合わせた人達がこの中にいるのかと思うと、別の恐ろしさで足元がガタガタを震え出した。


 そんな中、恵鈴は思いつめた顔をして隠し扉に近付こうとしたから、俺は慌てて手首を捕まえて窓際に引き寄せた。



「……換気すれば間に合うかも」


「ガスが充満してる部屋になんか入ったら、お前死ぬぞ? マスクもないのに、無茶すんなよ!」


「でも!!」



 こんな超山奥の宗教施設で集団自殺とか、本当に勘弁して欲しい。さっきから胃がキリキリとよじり切れそうな痛みを訴えてくる。



「奥がどこまであるのか、換気できる部屋なのか、全然わかんねぇんだ。とりあえずここはもう手が付けられない……。この部屋の窓を開けておくしかできることなんかない」


「ううぅぅっ!!」



 恵鈴は悲し気に嘆きながら、俺の胸に額をこすりつけた。



 ―――末期だったんだ。ここの連中はもう………



 ひとつの結論が浮かんできて、どっと疲労を感じた。主人を失った部屋はすでに廃墟のような静けさと薄暗さ、寂しげな色に染まった空気を漂わせている。


 生きてまた笑顔になろうと思えるような希望なんてない、彩を失った世界。家具も絨毯も食器や写真盾の中の人々も、色褪せて灰色染みて見えた。


 泣いている恵鈴の肩を抱いて、俺は元来た道を戻ろうと囁いて、二人で支え合いながらおふくろの待つ波戸崎家を目指し始めた。



「ガスがこっちまで来たらやばい」



 扉をすべて閉じていく。


 もしも、何かの火がガスに引火したらとんでもない悲劇になるだろう。


 いくつもの扉をすべて閉じながら、大きな花の真ん中に立つ雌蕊をイメージした波戸崎家に向かった。



「……天川家の人達は五人ぐらいいたと思うわ」


「……そうか」


「みんな、夏希さんの家族だよ。私たちの、親戚なんだよ?」


「ああ、そうだな。でも、遅過ぎたんだ。間に合わなかったんだ。しょうがないだろ?」


「いや、……こんなの、いや」



 恵鈴は聞き分けの悪い子供みたいに厭々と首を振って泣いた。いきなりわけのわからない連中の一部が俺たちの親戚だって言われて、俺はそんな急に親近感なんか感じないのに、恵鈴はかなりやばい。


 やばいぐらい優しいんだ。



「終わらせられるなら、終わりにしよう。俺達もおふくろを支えないと……」


「うん……そうだね」



 恵鈴は気を取り直したように涙を拭いて、力強く頷いた。



 隠し階段の話を思い出しながら聞いた通りのことをすると、人が一人やっと通れそうな細い階段が出てきた。壁だと思っていたドアが内側にスライドされて階段が現れる仕組みだ。


 俺が先頭になり、ゆっくりと登っていく。すると、聞いていた通りの同じような四叉路の間があった。どのドアもダミーで開けようとしても嵌め頃されていて、飾りだということがわかる。


 親父が言うように、ウインチェスターの呪いの家みたいだなと感じさせる。


 「怖いわ」と、突然恵鈴が立ち止まった。


 恵鈴が見据える先に、おそらくおふくろがいる地下の入り口がある。そんな気がした。


 手を差し出すと、恵鈴がその上に手を乗せ俺達は見つめ合った。


 そして互いに抱き寄せ合って口付けをする。


 数日振りのことなのに、もう何年もかかってここまで来た。そんな気がしてならない。いろんなことが押し寄せるように起きて、俺達はすっかり翻弄されっぱなしだった。


 だから、こうして。


 互いを感じるためのキスは、愛しい人と暮らす日々の中で培ったあらゆる覚悟や未来への投資を、心にも体にも思い出させるには充分だと思えてならない。


 とんでもない敵がいる。


 人間なんかじゃ刃が立たない大きな力。


 その力を操るために、生まれた呪い箱。


 そんなものに頼ってまで築き上げた栄華は数百年かけて衰退し、末裔達は死に怯えながら自滅の選択をした者もいる。



 夏希さんが不思議な病気で衰弱死したのって、もしかすると―――。


 それに、爺ちゃんと美鈴ちゃんが同時に死んだのだって、きっと―――。



 俺達にもその牙は向かってくるんだ。



 だからこそ、今ここに居る。




 そうだろ?




 爺ちゃん。 




「ねぇ、耀馬。もしも無事に帰ることができたら……、私……」




 恵鈴が思い詰めたような上擦った声で何かを言った。でも、その言葉があまりにも意外過ぎて、俺はかなり驚いた。



 良い意味で、驚かされたおかげで。



 怖いの、怖いの、飛んでった。



「良いの?」



「良いよ?」



「うそ!!」



「嘘じゃねぇよ。いいよ。俺も、丁度そんなことを思ったところだったから」



 恵鈴が首に両腕を回して飛びついてきたから、俺は彼女を持ち上げて首筋に鼻先を埋めて匂いを吸い込んだ。

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