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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第6章
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呪い返し 3

 バンバンバンバンバン!!



 今度はドアが大音響を始め、俺の掠れた悲鳴と誰かが狂ったように殴るドアの音で、老人は頭を抱えてオロオロし始めた。



 息が続けられず、声が途切れた途端。


 ドアを叩く音も止まる。



 老人はハッと顔を上げて、恐る恐るドアに近付いて行った。



「今!!生贄を今差し上げますから!!俺の孫には手を出さないでくれぇぇぇ!!」



 ドアノブを掴んで鍵を確かめた様子の老人の背中を、やっと持ち上げた角度から見た。黒い煙のようなものが部屋の上部に溜まっているのが見える。焦げ臭いことはないのに、煙はどんどん増えていく。



「…………ドケ……………」



 ドアの向こうから人の声らしき音が聞こえた。


 老人は慌てて床に落ちた長い包丁を持ってドアに向かって構える。



 ドン!!



 何かが、ドアに体当たりしたような音だ。



 ドン!!



 間をあけて、何度も何度もドアに体当たりするのは………。



 ドン!!



 ……その一撃ずつから、感じる。



 『ようま!!』



 親父の声がはっきりと聞こえた。


 今まで生きてきて、こんなに嬉しかったことなんてない。それぐらい俺は猛烈な感動がせりあがってきて、ぐちゃぐちゃに泣きながら親父を呼んだ。



「おやじぃぃぃ!!」



 ドアを叩く音が一瞬止んだ。



 老人は警戒しながら様子を伺っている。



 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ



「!!」



 老人は悲鳴をあげた。



 ドアレバーが激しく震えていた。

 かなりの力で揺するせいで、ドアに隙間が出来て向こうから二つの目がこちらを覗く。



「下がれ!」



 そのコンマ三秒後には、豪快な音を立てて壁全体が揺れた。



 バキバキバキバキ



 ドアが異様な音を立てる。



 「ひぇぇ!!」



 老人は檻の裏側に逃げた。



 メキメキメキメキメキメキ



 コンクリートの壁に嵌め込まれたドアフレームが剥がれ落ちるようにこちらに倒れてくる。



「ああぁぁぁ!!?」



 次に情けない悲鳴をあげたのは、俺だった。



 倒れてくるドアにのし掛かっていたのは、視たこともない鬼の形相をした恵鈴だったから……。



 親父と二人係で、ドア全部をぶっ壊した恵鈴は俺の状態を見て悲鳴をあげ、必死過ぎる勢いで駆けつけ、素手で両手両足を縛っていた縄を引きちぎった。



「ぎゃ!!」



 老人がまた悲鳴をあげる。



「恵鈴……」



「ようま!!」



 俺達三人は互いにしがみつくみたいに、抱き締め合った。



「間に合ってよかった……!!」



 掠れる親父の声がする。


 啜り泣く恵鈴が、俺の頬に頬擦りしながら叫んだ。



「燿馬、ようま! ようまぁぁぁ……」



 耳がキンキンしたけど、抱き締めてくる腕でかなり背骨や首が痛いけど、恵鈴がいなかったら、彼女が怪力じゃなかったら俺はもう腕切られて出血死したかもしれない。



 恵鈴の髪を撫でて落ち着かしていると、いつの間にか老人のところに行った親父の声が聞こえてきた。



「あんた、うちの息子になにしようとしてたんだ?」



「……仕方ないんだ。速く生贄を捧げなくちゃ、また誰かが死ぬ……」



 老人は憮然とした態度の中に隠しきれない怯えた様子で、やっと絞り出したような情けない声で答えた。



「そんなの、おたくの都合だろうよ。うちの子を巻き込まないでくれ」



 淡々と落ち着いた声で、親父は老人に訴えた。



「そもそも、なんでこんなことになってるんだ?」



「そんなことは、こっちが聞きたいぐらいだよ。生まれた時から既に渦中に放り出されていたようなもんだ。俺だって被害者なんだ」



 ステンレスの台から降りて、自分の足で立てることに安堵して、恵鈴に肩を借りて親父のとなりに歩み寄る。老人は背中を丸めて、怯えたような目を俺に向けた。



「……もう、誰も失うわけにはいかないんだ……。呪いを止めないと……それには、生贄が必要なんだ」


 

 親父じゃなく、恵鈴が反論した。



「あなた達は! 自分たちを被害者のように思っているようですが、その考えを今すぐ改めて下さい!


 うちだって、三年前に家族二人を同時に亡くしました。


 家族を失う悲しみを知っていますけど、だからって他人を巻き込むなんてことはしてはいけないんです!!」



 恵鈴の言葉を無視するように、老人は嘆きを止めない。



「私は、三年前に妻を、その一年後には娘、そして去年は孫娘を亡くした……。先月は、甥の妻とお腹の中の子が死んだんだ。


 もう、耐えられない! もう、誰も失いたくない!! 


 早くしないと、また呪い殺されてしまう!!」



 老人は首を左右に振りながら、またさっきみたいに子供滲みた顔になってメソメソと涙を流していた。しばらく、無言でそれを見つめることしかできなかった。



「みんなで力を合わせて、止めないと!! 


 あの黒い龍を封印するとか、やっつけるとかして、なんとかしなくちゃ!! 


 誰の血も流さずにどうにかするんです!! 


 じゃないと、この業も呪いも消えません!!」



 恵鈴は声を震わせて怒鳴った。


 頬を濡らして、唇を噛みしめながら、それを俺と親父が支えた。



「できるのか? 呪いを消すなんて、そんなことが………」



 老人は目を泳がせながら、膝をついたまま恵鈴を見上げる。



「できるかどうじゃない! やるんです!!」



 揺るぎない決意を込めて、恵鈴は断言した。



 老人は眩しそうに眼を細めてうつむいてしまった。



「そんなに簡単じゃないってことは、嫌というほど思い知らされてきた。あらゆる手段を講じたものの、どれひとつ上手くいった試しはなかった……」



「あなた達は何もわかってないから上手くいかなくて当たり前です!!」



 恵鈴がすごいことを言ってる。親父も固唾を飲んで、黙って聞いていた。



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