表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第5章
57/101

真実は闇の中 3

* * * * *



 「ってぇな!!!」


 強烈な痛みで目醒めると、また。


 ごつごつした岩肌の、じっとした空気の中の、あの地下牢に逆戻りしていた。


 俺は前のめりに床に倒れ、額を強打したらしい。


 口の中には何ともいえない後味が残されている。


 気絶する前、何かを打たれた。


 注射器のようなそれを肩に―――。


 ジャケットを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外す。顎を引いたところで幹部は視えない。鎖骨の内側にあいつは確かにペンシルタイプの注射器を突き立てたんだ。


 一度ならぬ二度も!!


 「っくそ!!」


 苛立って頭がイカレそうになるほど、俺は憤怒した。



 悔しさを拳に込めて、硬い床を叩く。


 手が痛むだけとわかっていながら、やめられない!!

 


 「夏鈴!!」


 

 操り人形のように変わり果てた顔をした夏鈴を思い出すだけで、気が狂いそうになる!!


 何をされたんだ?!


 どうして、こんな目に!!??



 「かりぃぃぃぃぃ――――――んン!!」



 自分の不甲斐なさに涙がこみ上げる。



 悔しさ、怒り、絶望にかなり近い真っ黒い感情が、俺の体内で暴れ回っている―――





 苦しくて、、、






 「返せぇぇぇぇ!!! 俺の、大事な人を、、、かえせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」





 こんな牢屋で叫ぶことしかできないなんて、地獄だ。




 「ううぅぅぃううう!!!」




 暴走した怒りが手を破壊するように、力任せにあちこちを殴りつけた。


 跳ね返ってくる痛みは、傷は、全て自らへの罰。




 やられっぱなしの自分に対する檄でもある―――



 使い物にならない拳は叩き潰してしまいたい、が。


 そんなことをしたら、本当に自殺行為だ。


 どこか冷静な自分がそっと止めにかかると、案外すんなりと自傷行為を止めることが出来た。とはいえ、血まみれの手を観て、擦り切れたり、骨が軋んで指を開いたり握ることもできない己の両手を見て、俺はやり場のないあらゆる感情を涙に変えた。



 独りだから、今は泣いてしまえば良い。



 誰も知らなくていい。




 荒ぶる気持ちをどうか鎮めたい。


 激しい雨に打たれたとしても、やがて空は果てしなく澄んだ蒼を俺に浸み込ませてゆく。




 俺の心の中に広がる空は、 長年夏鈴と見つめてきた幸福の色に染まっていて、 どこにでもない鮮やかな青が広がっている―――――。




 「なにが起きても、私を諦めないで」




 いつか愛し合っているさなかにうわ言を繰り返した夏鈴の声が聞こえた、気がした。


 いつだって俺の腕の中で、泣いたり怒ったり笑ったりしていた愛しい女―――。



 「この俺が! 簡単に諦めるわけがねぇだろ!!」



 洞窟内に、俺の声が遠くまで響いて行く。 




「……晴馬さん?」


 突然、宇都宮さんの声がした。


 膝をついていた俺はすぐに立ち上がり、素足で冷たい石の床を歩いてドアに近付いた。小さな窓格子の向こうから、知り合ったばかりの男の目元だけが視えた。


「宇都宮さん! ここを開けてくれ!!」


「……っし! 声を下げてくれ……。鍵を持ってきた」


 言いながら彼は、鍵穴に鍵を指して施錠を外した。


 簡単にドアが開いて、宇都宮さんが驚愕している。


「ど、どうしたんですか? 血まみれですけど……」


「……自分で………」


 言い訳するのも違う気がして、俺は気を取り直した。


「妻の居る場所に、今度こそ連れて行ってくれ!!」


 俺はその場に土下座をして頼んだ。



 すぐに、気弱そうな彼がしゃがみ込んで、「やめてくださいよ。そんなことされても私にできることは少ないんだから」と困った声で言われた。


 顔を上げた俺は、至近距離の宇都宮さんの襟ぐりを掴まえて壁に押しやった。


 驚いて身構えている彼に、俺はもう一度丁寧にお願いした。


「じゃあ、言い方を変えてやる。……お前の可愛い甥っ子のところに連れて行け」


 宇都宮さんは汗をかきながら首を上下に振った。


 彼を引っ張り上げながらも立ち上がり、牢屋を出て廊下を歩いた。


 案の定、俺は同じ牢屋にぶち込まれていたらしい。一度通った道は忘れない俺には好都合だ。


「……あんた、あの会食の席に居なかったな。どういうことだ?」


 俺に肩を掴まれながら先を歩かせられている彼は、怯えながらも愛想笑いを浮かべて答えてくれる。


「わ、私は教団とは関わりたくないんだ。龍の身の回りの手伝いをしているだけで……」


「無職なのか?」


「仕方がないだろ? ここに閉じ込められてるようなものなんだから」


「見たところ、あんたは外の用事をする役目でもしてるんじゃないのか? あの、白鷺っていう胡散臭い画商と同じように」


「………それしか選択肢がないんだから、しょうがないだろ」


 言い訳しか言わない男に俺はイライラした。


「集団催眠みたいだったが、どういう仕組みか知ってるのなら教えてくれないか?」


 気絶する前、会場内の人々の動きがゆっくりとなり止まったのを俺は覚えていた。異様な雰囲気だったし、そこにいる少なく見積もっても四十数人もの人々が同時に動かなかうなるなんて、どう考えてもオカシイ。


「……私も、本当に良くは知らなんですよ! だ、だけど……、確かにそういう変なことはたまに起こるんです。


 ここに訪ねてくる客は皆、紹介状を持ってきます。


 千歳様は、彼らに少し触れるだけでろう人形のように大人しくさせてしまうのを、何度も見ました。


 龍曰く、あれこそが波戸崎家の血の力だとか……」


 波戸崎家の血の力―――???



 ―――――― そんな馬鹿な!!



 だけど、俺は知っている。


 夏鈴に出会って色々なことが起きたが、そのどれもが夏鈴の意思によってコントロールされていたようにさえ視えていた事実を……。



「注射器を打たれたんだが、どんな薬を使ってるんだ?」



 七不思議に行くまえに、現実的な方の問題に目を向けておかねばならない。


 あれを何度も打たれて、どんな副作用があるのかリスクを知っておきたい。


「ち、注射器ですか?」


 宇都宮さんは首を捻りまくって、とぼけているが。


 この状況下で嘘を吐いているとも思えない。


「娘が東京駅で白鷺に拉致られた時もたぶん、同じ注射だったんじゃないかと思ってる。なにか知ってるなら教えてくれ。黙ってるならあなたもこの犯罪組織の共犯として、後で後悔することになりますよ」


「は……犯罪……組織って………」


 青ざめ方も芝居がかっている気もしないでもないが、脚ががくがくと震えているところを見るとただのケツの穴の小さな男だと言わざるを得ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ