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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第4章
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秘伝の能力の秘密 8

「……無理強いしてごめんなさい。でも、ああでもしないと夏鈴さんは絶対にぼくを受け入れてくれないと思ったから……」


「……それで満足したの?」


 つい、答えてしまった。胸が張り裂けそうなほど痛くて、悔しくて、穢れたこの身が憎らしくて、死んでしまいたいほど絶望的な気分になる。


「そんな顔されて、満足しましたなんて言えない……」


 龍が苦々しく答えると、まるで諦めが悪い子供のようにゆっくりと名残惜しそうに手を離した。自由になった私はベッドの端まで逃げて、乱れたシーツをかき集めて体に巻き付けた。


「……どうして泣いてるの?」


 この期に及んでバカみたいなことを聞かれ、驚きながら龍の顔を見ると、彼もまた泣いていることに気付いた。


「悲しいからよ。


 あなたにモノみたいに扱われて…、私の気持ちなんて全く考えてなかったでしょう?


 今も、そうでしょ?


 そんな人に何を言われても、触れられても、痛みしか、苦痛しか感じられないわ」


 龍はさめざめと涙を流し始めた。


 その涙を信じる気持ちさえ、今は持てない。


 でも、時間が経つにつれて頭の奥の嫌な痺れは消えて、様々な疑問が浮かび上がってくる。何十年も経って、どうして今なのか。なぜ、こんなにも歳の離れた私に執着しているのか。恵鈴ではなく、私なのか。


 恵鈴がこんな目に遭うことを思えば、自分で良かったのかもしれないという考えも浮かんできた。最悪の中の救いのひとつには違いない。


 泣いている龍をじっと見つめて何から聞こうか考える。


 憎まれ口しか言わない彼をこんな風に育てた背景が気になってきた。私にしたことは許せないけれど、ここでずっと裸でいるわけにもいかない。私はベッドから降りてバスルームに行く前に、質問することに決めた。


「あなた、お母さんはいるの?」


 私の問いにまた驚いた顔をしたと思ったら、急に小さな子供のような泣き顔になる。


 そして、飛びつく勢いでまた抱き着かれてしまった。


「……その様子だと、お母さんはいない……いてもいないのと同じだったとか?」


 龍がうんうんと首を縦に振る。見た目は二十歳ぐらいの男が、今はまるで小学低学年ぐらいに見えるほど、幼い顔をして泣いていた。


 野々花さんが言っていた通り、この子はもう一人の私。だとしても、どうすればいいんだろう?


 泣き止むまで再び、捕まっているしかないのだろうか。速くバスルームに行きたいのに。


 そう思った途端、龍が私を抱き上げた。


「何するの?!」


 彼は泣き顔のまま無言で私をバスルームに連れていくと、シャワーを出した熱い湯の下で再び口付けをしてきた。彼の大きな手が肌を這いまわって下へと伸び、下腹部の奥へと長い指が挿れられる。掻き出すように両手で開かれた途端に、ドロドロとした白い体液が太ももを伝って湯と共に流れ落ちて行った。


「やっぱり、こんなんじゃ嫌だ。仕切り直したい……」と、甘くささやいてくる。


「夏鈴さん。あなたが好きです」


 言ってることとやっていることが違い過ぎて、わけがわからなかった。


「もう、力は使いません。無理強いもしません。だから、ぼくと会話をしてください。ぼくのことを知って下さい」


 彼はそう言うと、自分だけ先にバスルームから出て行った。


 体の隅々まで洗い直していると、バスルームのドアが開いて新しいバスタオルが置かれ、龍はすぐに出て行った。ホッとしながら体を拭いていると、またドアが開いて「さっきのとは違うドレスを用意したので、気に入って貰えると良いんだけど」と、ハンガーごとドアに引っ掛けた。


 さっきよりは大分良い。露骨なウエディングドレスではなく、白いワンピースだった。肩がフリルになっていて、体のラインが腰までわかりそうなカタチをしているけれど、白いオーガンジーと刺繍の入ったレースのが幾重にも重なっているスカートではなく、普通のスカートになっている。それにしても全部白色に統一されているのが気になった。


 結婚指輪が消えた左手の薬指に、長年馴染んでいた指輪の跡が残っている。それを見る度に晴馬を裏切っているような気分になり、気分が滅入ってくる。


 ―――あの子のお守りをいつまでもするのは辛い。


 どこかで好機がめぐってくることを信じて、気を取り直す。

 服を着て寝室に戻ると、スーツ姿に戻っていた龍が私を見て目を輝かせた。


「すごく、綺麗だ」


「………」


「さ、時間が推してしまったから急いで行きましょう」


「……どこに?」


「来てくれたらわかりますよ」


 彼に背中を押され、エスコートされるように部屋を出た。迷路のような廊下に出ると、全然記憶にない窓の外の景色に呆然とする。「急ぎますよ」と背中を押され、やってきたのは地下へと続く入り口だった。


「……地下があるの?」


「はい。ここは波戸崎家の者しか入れない地下室の入り口なんです」


「そこへ行って、何をするの?」


 とても嫌な予感がしていた。


 らせん状の階段の一番上の段に足を乗せた途端、下からねばつくような何かを感じ、悪寒が走った。私の顔を見ていた龍は、目を細めると眉間に皺を寄せてため息を吐く。申し訳ないという素振りをしながらも、私の手を引いて下へと降り始めた。


「……どうしても行かなくちゃいけないの?」


 一段、また一段と降りる度に気分が悪くなっていく。

 先導する龍もまた、青白くなった顔を私に向けて言った。


「あなたにやってもらいたいことがあるんです」


「……何を?」


 ―――それを聞かなければ、この先一歩も進みたくない。

 

 強い思いを込めて龍の目を見つめる。


 彼はゴクンと喉を鳴らした。


「わかりました。でも、ここで長居をするのはお互いにとって良くない。まずは一目だけでも見て欲しいんです。波戸崎家の秘密を」


「波戸崎家の秘密?」


 ―――野々花さんが言っていたのは、きっとこれなんだ。


 そしてさっき龍が言いかけた「本題」が、これ。


 この、禍々しいもの。



 体中の毛穴が逆立ち、固く口を閉じてしまうほどの、冷たい気配。



 龍は私の手をぎゅうときつく握りしめて、ゆっくりと階段を降りていく。


 どれぐらいの深さかわからないけれど、かなり深いところまで降りてきたと思う。地下室を想像していたけれど、突然広い空間に出てきて驚いてしまった。しっとりと湿った空気はわずかに動いている。通気口の風だろうか。人の呼吸のように風は一定のリズムを刻むように流れていた。

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