秘伝の能力の秘密 4
「皮肉ですね。野々花さんは美鈴さんという娘を産み、その美鈴さんは俺の妻・夏鈴を産みました。駆け落ちした野々花さん側は、女の子しか生まれていません」
「そのようですね。つい最近、知りました。千歳さんらは野々花さんのことをずっと長い事探していたそうですよ。黒桜さんが亡くなって新聞に載るまでは、消息不明だったと聞いています」
―――そうだったのか。
だとしても、地方の新聞にしか載らないはずの訃報が、こんな遠く離れた信州の奴が見たという話の方が俄かには信じられない。全道広域の訃報が掲載される新聞なんか存在しない。毎日誰かが死んでいるが、数ある地方新聞を全てチェックしている人なんて……。
「あの、訃報を誰かが読んだってことですか?」
どうしても気になって聞いてみると、宇都宮さんは細い目を一瞬だけ真ん丸にしてから苦笑いを浮かべた。
「説明不足でした。いやいや、まさか訃報を見張っている人がいるっていうわけじゃないんです。この教団は特殊な人脈を持っているらしくって、詳しいことは知らないんだけど、どうやら何人か、何十人かの、教団に縁のある誰かの通報らしいですよ」
「……なるほど」
規模も歴史もよくわからないが、教団の人脈が全国にいるということか。
「千歳さんも龍も男ですが、凡人から見れば十分に超能力とも言うべき不思議な力を持っていますよ。でも、龍から聞いた話ですけど本来の力を扱うには全然足りないって……。何が足りないのか、本来の力ってどういう意味なのか、私にはさっぱり。頭がついていけませんでしたよ」
白髪交じりの髪を手で撫でつけながら、宇都宮さんは眉間の皺を深くした。
「そもそも、そんな力は必要なんでしょうかね?」
「それ、俺も思います」
「そうですか! 良かった。ここに長く居るとね、自分の方が変わり者のように感じられてきてしまうんです。
今日、集まっている連中は教団設立から関わっている偉い資産家の会合みたいなものなんですがね。波戸崎家に限らず、教団に関係している家々ではここ数年間災いが多発しているとか……」
彼が言わんとしていることがなんとなくわかってしまった。
「彼らは皆揃いも揃って、波戸崎家の呪いが漏れているって……」
「漏れている?」
―――どういう意味だ?
「いくら聞いてもね、この私の脳みそでは理解できないんですよ。だけど、集団ヒステリーとか、洗脳とか、胡散臭い連中と関わるとろくなことがないとか、その類じゃないかなって思ってるんです…。ここだけの話にしておいてくださいね。バレると怖いお仕置きされそうで……」
心なしか彼の顔色が青白くなった気がした。
「そろそろ時間です。ゲスト用の控室に案内するように言われてるので、移動しましょう」
宇都宮さんは立ち上がり、自分のネクタイを締め直した。俺もそれに習って、ネクタイを整え、袖を下ろしボタンを嵌め、ジャケットを羽織り背筋を伸ばす。
「何が起きても、あなたは奥さんを連れ戻してここを離れて下さい。頼みますよ」
「わかってます」
廊下に出て、右側に小窓が並ぶ渡り廊下のような回廊を歩いた。若干、坂を上っているような傾斜を感じる。窓の外は雑木林で、薄暗い紺色がかった景色を眺め、階段を上り、廊下を歩き、また階段を上ってゆく。
―――この建物は継ぎ接ぎなのだろうか?
さっきから左へ、左へと、少しずつの角度で曲がり、階段と坂で緩やかに山を登っているような気分になる。
頭の中で描いた地図では、まるで古墳のような地形がイメージできた。今、俺達が向かっている場所は鍵型の丸い孔にあたる場所。辿り着くと案の定広い空間があった。大きなダイニングテーブルと沢山の椅子、そこには今夜の参加人数分の食器がすでに綺麗にセッティングされている。各家の控室というものがあるらしく、宇都宮さんはゲスト用の小さな控室に案内してくれた。
「ご武運を」と言い、俺に地図を渡しすと宇都宮さんはウインクをしてから立ち去った。
コップに冷たい水が入ったポッドと、コーヒーメーカーが置いてあり、すでに珈琲は出来上がっていた。
「良い匂いだ」
ブラック珈琲は身も心も解してくれる。
窓から見える景色は相変わらずだが、山間の静かなリゾートで休暇を取っている気分になってくる。
クソガキがどれだけ調子に乗ろうと、夏鈴がそれを許すわけがない。
万が一、夏鈴に何かをしていたならば俺は躊躇いなく奴をぶん殴る。
時々、ドアの向こう側で複数の人の気配を感じた。
給仕の人が動き回る気配もしている。
その時が近付いている。
―――何があっても俺か夏鈴と帰る。
何度もそう自分に言い聞かせていると、ふいにドアが開けられた。振り返ると、なぜか恵鈴が不思議そうな顔をして部屋に入ってきた。
「恵鈴!?」
病院にいるはずの娘がこんな場所にいるなんて。しかも、とんでもなく派手な衣装を着せられている。俺は本能的に心配を通り越して、不安になった。
つい、遠慮なく年頃になった娘を抱きしめていた。
「パパ?! ママは?」
「……いない。まだ、会えてないんだ」
「燿馬もいないの!私達、警察に頼ったけど騙されたの!」
恵鈴は興奮しながら幼い頃のような口調で、全身で悲しみを表した。怖い目に遭ったのか、若干体が震えている。
「……こんな格好させられて、何なの? ここの人達、話が通じない人ばっかり!!」
目に涙を貯めている娘の化粧が台無しにならないように、ハンカチで涙を拭いてやる。
「ありがとう。パパがここに居るってことは、燿馬もママも来るかな」
「さぁな。来るなら来て欲しいがな。」
どうして家族全員集められているのかを考えると、最も最悪な結論が見えてきてゾッとした。仮にそうだとしても何とか全員で逃げれば良いだけのことだが……。
「……良い匂い。私も珈琲飲みたい」
俺は恵鈴に、自宅でしていたようにミルクと砂糖を入れて珈琲を渡した。
気付けば恵鈴はまた涙をハラハラと零れ落としながら、珈琲を味わうように飲んでいる。
「どうした?」と聞けば、「わかんないけど、すごく悲しいの…」と言うだけ。
息も苦しそうにして、それでも珈琲を飲む。異様な様子に不安が胃を刺激した。そこに針や釘でも詰まっているんじゃないかってぐらい、腹がちくちくと痛み始める。
俺の体(無意識)は何か良くない兆候を告げてきているようだ。大分前に夏鈴に教えられたが、身体は潜在意識と直結していて生物としての本能が何かを感じ取り、警報を鳴らすという。今、感じているこの痛みは警報としか思えない。
今も知らないところで悪いことが進んでいるのかもしれない。




