秘伝の能力の秘密 3
「君は北海道に駆け落ちしていった野々花さんのお孫さんの旦那だってね?
ならば、私と同じような立場だ。知らない話の方が多いんだろうね?お気の毒に。
私が言えることは、地元の警察も教団の言いなりだ。奥さん誘拐されて気の毒だけど、取り返したいなら自力で頑張るしかない……。応援してます」
まるで部外者みたいな言い草だが、この人の言わんとしていることは何となく察した。
「応援してくれるっていうなら、妻がいる場所まで案内してもらえませんか?」
俺の前を歩いていた男が、突然立ち止まって振り向いた。
「情けない話だが、私は龍を裏切れない立場なんです。
だから、ここから先は独り言ということで。
この地下施設の真上に、白い三角屋根の建物があり、四つの屋敷に分かれています。空から見れば雪の結晶みたいな形の施設なんですよ。
中央に波戸崎家、東西南北は教団の骨格とも言える四つのお金持ちが所有する別荘になっているんですね。互いの領域の入り口になっている部屋の真上に波戸崎家の主のための部屋があります。
隠し階段になっていて、すぐには見つけにくいんで……できれば案内してあげたいところだけど……」
急に歯切れが悪くなり、撫で肩をさらに落とした。
「……私はやめさせたい。
本音言えば、もうこんな狂気の教団なんか解散してしまえばいいのに……。
あんたの奥さんが逃げてくれれば、連中の夢は破れ自然に壊滅するんじゃないかって思ってるんです。
龍はここに来る前はあんな子じゃなかった。目を覚まさせたやりたい」
切実そうなため息を吐きながら、男は俺に目を向けてきた。
「あんた、強そうだし。何とかしてくれるっていうなら、手を貸しても良い」
俺は頷いた。
「強いかどうかはわからないけど、妻を見つけ出して速攻、北海道に帰ります!」
「……それでいい。そうしてくれると、すごく助かる」
男は不健康そうな顔色をほころばせるように笑顔を浮かべた。絶望から希望に転じたかのように考えているというのなら、過剰な期待を俺にするよりも自分から何か働きかけるべきだと思う。
「あんたも、頑張れば良いじゃないか。あの子のことがそんなに大事なら、従ってばかりいては駄目だと思うけど」
「ごもっとも」
男の顔色が僅かにましになった気がした。
階段を上がり、鉄格子のドアを潜り抜けて地上に出た途端、空気が軽くなるのを感じた。それほどに気圧が違うのだろう。開放感と安堵感で、少しだけ気分が良くなる。
「客室があるんでね。こっち。まずはシャワーを浴びて着替えをして下さい。会食まであと二時間」
「会食?」
「教団の四本柱の家族が一堂に会する機会が数年に一度あるんですよ。今夜はその前夜祭の夕食会なんです。堅苦しくない親睦会でもあります。女性、子供たちの憩いのための催しみたいなもんです」
「そのイベントにまさか、俺も参加しろって?」
「ええ。波戸崎家縁の者として招待されたという体裁みたいです。それを決めたのは、龍ですけど、嫌なら部屋で待っててくれても……」
「そこに、妻は連れ出されるんですか?」
「そうですね。私は何も知らされてないが、たぶん……」
――― 気分は悪いが、それしか夏鈴に会う方法がないのならしょうがない。
「食べるもの、持って来ましょうか? あんな場所に二十時間近くも閉じ込められたんだから」
「……そんなに?」
殆ど寝ていたようだ。っていうか、スタンガンのダメージで脳震盪が深刻だったのだとしたら、とんでもないことだが。自分の住所やら電話番号やら家族全員の生年月日やらを思い出して、記憶障害は問題なさそうだという確認をしながら与えられた部屋に入った。
シティホテルのような個室だ。窓から入る日差しが柔らかく、旅行に来たような気分にさせる。
渡されたスーツを吊るし、俺は服を脱いでシャワーを浴びた。スタンガンを押し付けられた場所が赤紫色に変色し、どう見ても内出血を起こしている。
「大丈夫かよ、これ」
少し、いやかなり不安だったが。今は夏鈴を連れて帰るのが最優先だ。
風呂場から出てくると脱いだ服が消えていて、机の上にはラップがかかったサンドイッチと小さな魔法瓶とマグカップが置かれていた。メモ用紙には「洗濯しておきます」と綺麗な字で書かれている。
用意された下着を履いて、下ろしたてのワイシャツを着ると腕の長い俺にぴったりのサイズで、少しだけ驚いた。
スーツは高そうなものだった。靴まで用意されている。
――― 一体、どんな会食なんだ?
ジャケットを羽織らないで、腕まくりをしてサンドイッチを食べる。優しい味わいに胃も心のホッとした。ポットから出てきたのは珈琲じゃなく、コンソメスープだ。夏鈴のことがなかったら、良いホテルなのにと勘違いしてしまいそうになる。
コンコンとノックされ、「どうぞ」と大声を出すと、さっきの男が入ってきた。
「あの、お名前をまだ」
「ああ、私の名前は宇都宮 真司です。遠い先祖が波戸崎家と繋がっているそうで、妹が高校生の頃に縁談の話がやってきて、傾きかけていた家が結納金によって持ち直したっていう……情けない話なんですけどね。
この度は遠路はるばる起こし下さっというのに……。身内の一人としてお詫び致します」
宇都宮さんは申し訳なさそうに言ったが、俺に謝ることじゃないだろう。
「波戸崎家、波戸崎家って、煩いぐらいに聞かされてますけど、そんなに特殊な力なんですか?
俺は妻と暮らしていて確かに少しは奇妙で不思議なこともあったけど、普通で平凡に暮らしてきたんです。偉い迷惑な話だと思ってます」
「あんたさんの奥さんは平凡で普通の幸せを大事にできる女性なんでしょうね。私の妹とは対局にいる……。
妹は、自分が特別な存在であることを小さい頃から意識していて、周りから見るとかなり浮いた変わり者でした。縁談が来たとき、両親も私もうさん臭さに戸惑ったものですが、妹は飛び上がって喜んでいた……」
宇都宮さんはため息を吐いた。
「結婚した当初は、……ほぼそこから始まった夫婦の関係でしたが、お相手の千尋さんは大人しそうな人で人見知りが激しい内気な男でしたよ。
妹は快活で好奇心旺盛なもんだから、一見すると妹が主導権を握っているようなちぐはぐな夫婦でした。歳が離れているのもあったかもしれないけど、千尋さんの包容力のおかげで目立ちたがりの妹が恥をかくような場面では、彼は紳士でした。
結婚して二年後には初めての赤ん坊を授かったが、一歳になる前に原因不明の窒息死という悲劇に見舞われて…。それから、三度も同じ歴史を繰り返した……。
龍には生きていれば四人もの兄がいたんです。でも、生きているのはあの子だけ…」
宇都宮さんは苦々しい苦笑とも泣き顔ともとれるような憂いを浮かべ、疲れ果てたようにまた深く長いため息を吐いた。
「普通は男の子を生めば安泰じゃないですか。それなのに、波戸崎家は逆だったんです。待望されていたのは女の子。でも、妹は五度の出産で全員男の子。しかも四人も立て続けに幼くして突然死…。
波戸崎家の呪いだと気が触れてしまって……」
聞いているだけでも気が滅入ってしまいそうな気の毒な話だ。
波戸崎家の呪いか……。
そういえば、いつだったか夏鈴もそんなことを言っていた気がする。




