秘伝の能力の秘密 2
* * * * *
ピチョン。
冷たい水の一滴が顔を叩く。
その頼りない刺激だけでも、この時の俺は過敏になっていたせいで、飛び起きた。
冷たく固い床の上に直に転がされていたせいで、あちこちが痛い。
いや、それだけじゃない。
鎖骨に押し付けられた固い物から発せられた、強烈な電撃のせいで失神したんだ。あれは危険な行為だ。心臓に近いところにやってくるなんて、あいつはどうかしていやがる。
「……生きてる」
俺は猛烈にホッとしていた。
本気で死ぬと思った。其れぐらい、ヤバかった。
「っくそ。あのガキ、次に会ったら絞めてやる。いや、あのスタンガンで同じ痛みを味合わせてやる」
冷たい床を感じながら、夏鈴のことが気掛かりで立ち上がろうとする。でも、筋肉ががくがくして不安定この上ない。
「これしきのことでぇぇぇ」と、気合を込めて立ち上がり辺りを見た。
俺は目を疑った。
どうみても洞窟―――。
自分が今、どこにいるのかわからないというはなんて心許ないのだろう。床はなぜかまっ平で、人工タイルが貼られている左官工事が成せる技が光っていた。凸凹していない。でも、壁と良い天井と良い、薄暗い中ながらも岩をくりぬいたような手彫りの洞窟。鍾乳石も若干ぶら下がっていて、空気は湿って風はない。匂いもない。
「……なんだここは……」
岩肌に設置されたドアは違和感しかない。どうやって嵌め込んだのかと、じっくりと良く見ようにも明りが足りない。この薄明かりはどこから来るのかと、俺は動ける範囲で調べた。
ドアの上部に設置されている正方形の四角い窓に、格子が嵌められていた。
電気ショックが怖くて、指先でちょんと触ってから何も起きないことを確信して、額をおしつけて目を剥いて外を眺めようとしたが、暗すぎて何も見えない。
「…なんだよ、牢屋みたいな部屋だな」
自分で言ってみてゾッとする。こんな時代錯誤的なものに今、俺は放り込まれているのだ。
―――なんでこんな目に遭うんだ? あのガキ、俺をどうするつもりだ?
「隙間、探そ」
わからないことを考えてもしょうがない。ドアが嵌め込まれた場所に隙間がないか、指先を這わせて確認していくと、案の定隙間らしきわずかな風の動きを感じた。
着の身着のままなため、ジャケットと内ポケットに何かないかとまさぐると、名刺入れが手に触れた。一枚抜き出し、隙間に刺すとやはり抜けていきそうな感触。丁度膝の高さなため、数歩離れた位置から後ろ踵蹴りをしてみた。
ガッガッガッ
やたらと音が反響して、気持ちが悪い。
「っく。ダメか……」
これ以上やると歩けなくなりそうなため、一旦やめて壁に凭れかかる。閉塞的な空間はどんなに広くても、やはり閉塞感は感じるものだ。生き埋めになったような気分がしてきて、だんだんと嫌な汗が出てくる。
「おーーーい! 誰かぁぁぁぁ!!」
叫んでみたものの、反応はゼロ。
グワングワンと響いて跳ね返る音に酔ってきたような気がして、叫ぶのもやめて落ち着くためにどっかりと胡坐をかいて座った。
パニックになってる暇なんてないんだ。
夏鈴を探し出して、ここを逃げ出さなければ。あんな頭のイカレタ奴のところにいたら、ろくなことなんてない。今だって何されているかわかったもんじゃない。
思えば夏鈴はどんな窮地も自力で凌いだ実績がある。可愛らしい見た目によらず、いざという時のあいつは俺よりも頼もしい……。
だから、今回も、どうか無事でいてくれ!
そんなことを願うしかできない自分が歯がゆくて、イライラする。
どれぐらいの時間が経ったのかもわからないし、外が見えないと夜なのか昼なのかさえも判断がつかない。最悪だ。
外につまみ出すんでもなく、今すぐ殺すわけでもなく、こうして閉じ込めているっていうのはどんな魂胆があるんだろうか?
こんな時、夏鈴や恵鈴みたいに霊でも妖精でも妖怪でも良いから、何かの力があれば対処のしようがあるのかもしれない、なんてことを思っていた。すると、ガチャンという音がどこかから聞こえてきた。
息を殺して耳を澄ますと、誰かが歩いてくる足音が聞こえて来る。カツンカツンという一人分の足音で間違いない。
また、あいつだろうか。
あのガキなら、どうやって泣かしてやろうか。
俺は扉の脇に音もなく忍びよって、ドアが開けられるのを待った。
近付く足音は、ドアの前で止まり静まり返る。中を覗き込んでいる気配がした。
ガチャガチャ、ガコン―――
鍵を開けるような金属音がした。
ギギギギギ―――
錆びた蝶番の摩擦音が反響すると、寒気がするほど嫌な音になる。でも、その派手な音のお陰で俺は多少派手に動いても誤魔化せそうだ。部屋に人が入ってきた。
ドアの後ろ側に隠れていた俺は、ドアが閉まる直前に部屋から抜け出そうと動いたが、振り返ったそいつが俺を見つけて声を上げた。
「あ、いた」
間抜けな第一声。それに、初めて見る顔だ。
さっきのあのクソガキじゃない。誰だ、こいつは……。
「着替えを用意したので、取り合えずシャワーを浴びてから着替えて下さい。それから、荒っぽいことをしてすいません。不審者がたまに来るので、撃退用に買っておいたスタンガンをあなたに使用したと龍から聞いて、本当に申し訳ない。それに、ここは寒かったでしょう?
一人でよくもまぁ、こんなところに運んだと関心しますよ。本当に申し訳ないです」
緊張感のない男は申し訳なさそうに、俺に頭を下げた。
「あんた、誰だい?」
「私は龍の母親の兄です。常識なく育った龍の無礼を、親に変わってお詫びします」
いきなり話が通じそうなのがやってきて、俺は拍子抜けした。が、油断は禁物だ。
「……龍という奴が、俺の妻を誘拐したんだ。何が目的か、あんた知ってるのか?」
男は浮かない表情をして、溜息を吐いた。
「一応、身内ということで知ってることはあるけど、理解に苦しむ話ばかりで」と、苦笑いをする。
「悪いけど、私はあまり力になれない。ここではここの法律がある。勝手なことをすると、私もどんな罰を受ける羽目になるか……」
頼りなげな男の後について、俺は牢獄を出てしばらく不思議な廊下を歩いた。廊下とはいえ地下鉄のトンネルぐらいの広さがある。廊下の至る所に壁を照らすライトが設置されていて、反射した光が空間全体を明るく見せていた。俺がいた個室の前だけが明りがなかったらしい。
「ここは地下なのか?」
「見ての通り、地下です。何百年か前に作ったらしい…。まるで遺跡か何かみたいで、神秘的でしょう?食物庫もあって、いざという時の食料と水が備蓄されているそうです。金持ちのシェルターみたいな設備ですよ」
「金持ちのシェルター?」
そんなものがこんな山の中にあるなんて、意外だ。




