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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第1章
4/101

コレクター 3

* * * * *


 空気圧が外とでは違う空間になっている新幹線の中に入ると、耳の奥を見えないなにかに抑え込まれている感覚がする。


 超高速で走る大きな乗り物は、必ず空間を埋めるために空気圧を高め薄い壁を内側から押し広げている、そんなイメージがある。


 飛行機に乗った時にもあったこの感じ。密閉された空間に閉じ込められている、と思うと猛烈に不安になる。


 詰まるところ、俺は新幹線や飛行機が苦手なのだ。


 恵鈴を見つめていると、不思議と自分がどんな環境に居るのかなんて気にならなくなる。


 だけど本日の女神は体調が良くないらしく、眠たそうな顔をして時々辛そうに瞬きをしていた。


 昨夜は悪夢にうなされていたから、何か悪い予感でもしているみたいだ。


 普段は俺よりも楽観的な彼女がこうもやられているを見ると、もどかしい気分になってくる。


 早く宿に入ってゆっくりと寝かせてやりたい。



 この一年間、お互いに別々の大学に進んで新しい環境に馴染むのと、専門性が深まっていく教科のひとつひとつについて行くのが、思っていた以上にかなり大変だった。


 のんびりとした北海道の空気とは確実に違う時間の流れに、俺は必死で食いついて波に乗れるようになるまで弱音を吐かずに頑張っていた。


 部屋に帰ると俺より少しばかり早く帰宅している恵鈴が一品料理を作って待っていてくれるから、それを楽しみに毎日頑張れたとも言える。



 長い休みはバイトして、とも思っていたけど俺が選んだ学科はとにかくやることが多い。


 バイトしている余裕なんか、今のところない。


 そんな戸惑いと懺悔を親父に伝えたら「金の心配なんてすんな。俺はこの時のために結構資金を貯めたんだ。お前が本気出せばいつか良い建築家になれるって信じて投資しまくってやるから」と、頼もしい言葉をくれた。


 この小旅行はちゃんと目的がある。そのため、親父が宿を手配してくれたし、交通費と小遣いも送金してくれた。


 自分が直接行くとお袋に申し訳ないと思っているみたいで、ある意味俺達双子は親父のお遣いに行くということでもあった。


 「ガム買うの忘れてた」


 シートに腰を下ろした途端に、またすくっと立ち上がった恵鈴は、白いショルダーバッグの中から俺が誕生日に送った財布を手にすると、窓の向こう側にあるキヨスクに行ってくるという。


 目と鼻の先だから俺はすっかり油断していた。


 慎重派で臆病な俺にしては、あり得ない判断ミスともいえる。


 まさか、そんな些細な瞬間に本当にあり得ないことが起きてしまうなんて。


 ジャケットの内ポケットで携帯端末が震え、画面を見るとお袋からだった。


「もしもし?」と言おうとしたら、「恵鈴はそばにいる???」と聞いてきた。


 声が焦っている。


「今、新幹線乗ったところ。恵鈴はキヨスクでガム買ってるよ」


 既に買い物を終えた恵鈴が前かがみになって窓の向こうから手を振っていた。お袋が心配しているから、さっさと戻って来て欲しくて合図を送ると、小さく頷いて小走りで乗車口に向かって行った。


「離れちゃだめ!」


 そう言われて、俺は立ち上がり乗車口に向かった。

 

 ほんの一瞬だったのに―――。


 キョロキョロと見まわしても、恵鈴の姿が見えない。


「嘘だろ……」


 俺は新幹線の外に降りてホーム内に目を凝らした。


 階段を降りて行く人達の後姿を見送りながら、頭が真っ白く染まっていく―――。


 出発のアナウンスが鳴る。


 俺は慌てて新幹線に乗り込んで荷物を持ち出そうとしたけど、入り口のドアが閉まってゆっくりと動き出した。


「もしもし!!お、お袋!!」


「落ち着きなさい、燿馬。今からすぐこっちを出るから、自宅に戻って待ってなさい」


 どうしてそんなにすぐに判断できるんだ?


 お袋は超能力者だとは知っていたが、こんなことなんて初めてだ。


「恵鈴はどこに?」


 虚しく通り過ぎる車窓を眺め、次の停車駅で降りるために荷物を纏めて出口の壁にもたれながら聞くと、電話の向こうでお袋がつぶやいた。


「……あの子はちゃんと感じていたのに、直前まで気付かなかった私のせいだわ」と。


そして、


「今からパパに連絡を取ったり、飛行機の手配するから、ようちゃんは心当たりがある人に連絡とって、恵鈴の周りに不審な人が居なかったのか聞いてみて」


 人見知りとかそんな呑気なことを言っている暇はない。

 俺は指示に従って、次なる駅で下車すると東京駅行きの新幹線に乗り換えて自宅に向かった。恵鈴のカバンには携帯端末が残されていることに気付いて、東京駅の柱に荷物を置いて通話歴を遡るように電話をかけようとして、我に返った。


 連れ去られるなんて。


 本当に、恵鈴が何者かに攫われるなんて。



 残された荷物を眺めながら、俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。


 寒いなんてもんじゃない。


 生きた心地がしない。



「恵鈴………」



 俺はがっくりと膝をついて、片腕を柱に腕枕をしてしばらく動けなかった。

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