白い龍と黒い龍 7
「パーティー?」と、心の中で何度も繰り返す。
ママもパパももしかしたら、そのパーティ―に強制的に参加させられる?
そう思ったら、私は。
「…歩いて下さい。拒めば気絶させて運びますが、それはおすすめしません。次に目が覚めたとき、自分がドレスに変身してたとしたら気持ち悪いでしょう?
僕はこれでも紳士のプライドがあるので、君に変な誤解を与えたくはないんです」
まだ口を塞がれながらも、彼の言うことは信用するに足りている気がして。私は頷いた。
男性警官はいつの間にか女性警官と並んで立ってた。女性警官は困惑した顔で、私を観ている。なぜ、燿馬がいないのか何となく想像が出来た。
私達は彼らに騙された…。
「彼らを恨まないであげて。僕らの都合に巻き込まれた被害者達なんですから」
二の腕をぐっと握られ、引きずられるように歩き出す。
私は彼らの横を無言で通り過ぎた。
男性警官は俯いて目を閉じ、女性警官はもの言いたげに視線を交わらせたけれど、最後まで無言だった。
「……警察まで抱き込むなんて、すごいんですね」
皮肉のつもりで言うと、梅田原は「お褒めの言葉としてありがたく頂戴しておきますね」と嫌味のように言うと、爽やかに微笑んだ。
またしても同じ入り口から廊下に入り、例の四面の間にやってくると、再び薔薇の扉を開けて中に入っていく。突き当たりのドアを潜り抜け、すぐにドアに鍵をかけられた。昨日居たはずの初老の男性はいない。
部屋の奥にあるドアを開けて連れ込まれてみると、ホテルの客室のような部屋が並ぶ廊下に出た。
どういう造りなのかわけがわからない。
「昨日、ここにいた男は僕の父だ。先祖代々、この教団を運営してきたのは僕らの一族だ。えっと、君はどこまで知ってるのかな?」
そう言いながら、梅田原は五つある扉の真ん中のドアを開けた。
「クローゼットにドレスがあります。恐らく、お兄さんもご両親も今夜のパーティーで顔を揃えられるはず。それまで少しだけ時間がある。僕の話が聞きたいですか?」
話は聞きたいけれど、この男と部屋で二人になることに寒気を覚える。
「……正直な人ですね。僕のこと、嫌いなんですね?」と、梅田原 凱彦は笑った。
「時間までサロンで話しましょう。そこには僕意外にも人はいるから、君も変に身構えなくて良い。それに、僕にはもう婚約者がいますから」
凱彦は左手を顔の横に翳した。確かに薬指にはリングが嵌められている。こんなものだけで信用なんかできないと思うのは、ずっと騙されたり強引に誘拐されているせいだ。
「まぁ、無理もない。僕らを信用できないのは当たり前です。でも、ここにいる連中の中でうちが一番人道的だから、安心して」
非人道的な人達が集まっているみたいな言い方に、またゾッとしてしまう。
「では、三十分後に迎えに来るので部屋に入って下さい。外から鍵をかけます。君は逃げるのが上手いらしいので」
私は半ば強引に部屋に押し込まれてしまった。
ガチャンと冷たい音が響く。
「……燿馬。ママ、パパ………、無事でいて」
ドアの前で崩れ落ちた私は、込み上げてくる複雑すぎる感情に飲み込まれしばらく動けなかった。
◇◇◇
放心状態から戻ってくると、とりあえず立ち上がったら足首の痛みを感じて、悲鳴を上げた。おかげで現実に引き戻された気がした。
家族全員が今、この建物内のどこかにいる。
室内を見て回ると、昨日とは違って隠しカメラもない様子。インテリアもさっぱりとしたもので、標準的なゲストルームだ。
取り合えずベッドに座って頭をフル回転させた。
―――あの四つの花のシンボルは、もしかしたら其々のファミリーのシンボルなのかもしれない。きっとそうだわ。薔薇の印が、梅田原家のシンボル。
では、芍薬が白鷺さんということ?
田丸燿平の絵がコレクションされている画廊に繋がっていたのだから、間違いないはず。
―――あとは、確か。椿と菊。
ママの話に登場したのは、梅田原だけ。
波戸崎家のシンボルは?
椿と菊のどちらかということ?
壁際に置かれた立派なドレッサーの鏡に映る疲れた自分の顔を見つめながら考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
水差しとコップが置いてあるテーブルで、水を一口飲んでからドアを開けると、梅田原 凱彦が正装に着替えて立っていた。その隣には見覚えのある女性が立っている。真紅のドレスを着て、花をモチーフにした見事な宝石のネックレスを首から下げていた。
「やはり、着替えはまだのようですね。婚約者のすみれを連れて来ました。わからないことは彼女が教えてくれます。何でも聞いてみると良いでしょう」
そう言うと、彼はすみれさんの背中に手を添えて部屋に押し込むようにして彼女を入れると、またドアを閉めて鍵をかけた。
「こんにちは。東海林さん」
斉藤 すみれ は同じ学部の先輩だ。まさか、こんなところで大学の顔見知りと会えるなんて思わなかった。食堂で目立つ彼女がいるグループに、梅田原 凱彦が一緒に居るところなんて見た事がない。直接、話をするのはこれが初めてだ。
「本当にあの人と婚約してるんですか?」
「そうよ。
パーティーまであと一時間もないわ。
ほら、着替えとお化粧をしなくちゃ。私が手伝うわ」
彼女はまるで普通だった。私達家族が拉致されているとは思っていないみたい。
「……あの、彼らが何をしてるのか知ってるんですか?」
私は戸惑いながら聞くと「ええ、もちろん」と満面の笑みで返される。
「私、誘拐されてここに居るんです! あなたは犯罪に加担してるんですよ? わかってます?」
すみれさんは一瞬不愉快そうに顔をしかめてから、またすぐに笑顔になる。
「犯罪だなんて、そんなの大袈裟よ。とにかくパーティーが始まる前に、身支度を整えないと」
まるで聞く耳なしの冷たい反応に、歯がゆさと焦りだけがこびりついた。




