手繰り寄せられて 13
「大人しく帰るわけがない! 妻に合わせろ! 無事を確認させろ! 自分たちがどれだけ非道なことをしたのか、わかってるはずだ!」
俺はにじり寄って、男の顔が良く見える場所まで近付いた。
白んだ空から降り注ぐ淡い光の中だけでも、その男の顔がやけに幼い気がして推定年齢がわからなくなる。でも、確かに言われてみれば美鈴さんや夏鈴に、いや、燿馬に似ている気がした。年齢も十九歳前後に見える。
「その若さで当主か?」
「僕はこう見えても、もうすぐ三十歳ですよ」
「………」
美鈴さんは五十七歳で亡くなったが、見た目は今の夏鈴とさほど変わらなかった。波戸崎家の血筋はどうやら老けにくいらしい。
「あなたも五十歳には見えませんね。せいぜい四十台前半ぐらい…、なぜだかわかります?」
いやらしい笑みを浮かべた男は、目を細めて俺を下から上えと嘗め回すように見上げた。
「毎晩、あの美しい妻を抱いてその精気を吸っていたなら、若さを維持できて当然です。彼女とのセックスこそが滋養強壮剤だった、とは思いませんか?」
他人の口から夫婦の私生活まで指摘されるなんて、気持ちが悪い。
「黙れ! 口を慎め、分別ある大人ならそんな礼儀作法とっくに知ってる筈だ!」
けれど男は俺の話を無視して、言いたい放題を続けた。
「夏鈴さんはずっと自分の能力を封印してきているせいで、底知れないエネルギーを溜めています。彼女の力を引き出せるだけ引き出したら、お返ししますよ。その時は普通の人間になってるはずです。
あなたにとってもその方が安心でしょう?」
集中しなければ全く意味を介せない。何の話をしていたのかさえ吹っ飛んでしまいそうで、俺は雑念を払うのに必死だ。
「人の妻を油田みたいに言いやがって!」
「油田、面白い比喩ですね。さすが、晴馬さんだ」
男はけらけらと明るく笑っているが、俺は全く逆で超ムカついていた。この温度差も調子を狂わせられる。
「夏鈴さんて、強いでしょ?
波戸崎家の女は皆丈夫に生まれてくるのに、野々花さんだけは違った。彼女は兄千歳との間に子を設ける宿命から逃げたので、命尽きるのが早かったんです。でも、お蔭で野々花さんの魂は輪廻転生して、今は夏鈴さんとして生きている。
先代の当主はまだ現存で、夏鈴さんと交わればきっと病も記憶も正常に回復できるでしょう。あと一年だけ、波戸崎千歳には生きててもらわなければ困るんですよ」
「誰が困るんだ?」
「教団を必要とする大物たちが、です」
話がぶっ飛び過ぎている。必要そうなキーワードだけ覚えて、後で考えれば良い。
俺は聞いた話を即座に把握できない。
同時に二つ以上のことをこなせない。
自分の欠点に足を引っ張られ、イライラが最高潮に達しかけている。
「全然、納得できない!」
「でしょうね。だから、電話で言ったんですよ。ぼくは夏鈴さんが欲しくなりました。お爺様の用が済んだら、ぼくが妻にしたいぐらいだ」
「勝手なことを!!」
もう我慢ならなくなって、俺は飛びかかろうとしたがひらりと身軽に交わされてしまった。鋭い蹴りが飛んできて、みぞおちに奴のつま先が刺さり激痛に膝まづいてしまう。
奴が俺の背後に来るのを感じてコートの襟繰りを掴もうと体をひねろうとしたら、鎖骨の辺りに鋭い痛みが走った。全身に痺れと激痛が広がる。
「心臓病はお持ちですか?」
俺にスタンガンを当てながら、能天気な声でそんな笑えない質問をしてきた。
屈辱と怒りを抱えたまま、俺はねじ伏せられてそのまま昏倒してしまった―――




