手繰り寄せられて 8
なんで、ようへいさんの絵が?
俺は目の前の息子の顔をまじまじと見つめた。
こいつはようへいさんの生まれ変わりだ。恵鈴と二人に分かれたひとつの魂は、前世が田丸燿平だと俺は夢の中で説明を受けているし、夏鈴も同じようにようへいさん本人からそう言われたと言っていた。
実際、恵鈴の絵の才能と、燿馬の俺に対する急な態度の変化、それに時々ようへいさんに似た言動を吐くことからも、本当に輪廻転生があるんだと俺は確信してきた。
このことは俺ら家族しか知らない話のはずだ。一般人に魂の話をしても、UFO話と同じで大抵の人はすぐには信じられないだろう。
それを、どうして?
偶然の一致にしては出来過ぎている。
「波戸崎家の能力の本流は、預言の力。だけど、それだけじゃないのかもしれないってお袋が言ってた」
勘の良い燿馬は俺の思考を読んだかのように、情報を与えてくる。これは夏鈴とそっくりだ。
「なぁ、親父。今親父が考えていることは、俺もさっき恵鈴を抱きかかえながら考えていたんだけど…。俺達双子がお袋の子供として生まれることを予め知っていたんじゃない?」
「……誰が?」
「正体はわからないけど、今お袋を連れ去った男がそれを知ってる気がするんだよ。
恵鈴を誘拐して、お袋が自分の意思でここまで来るのをわかってて、東京駅のホームで連れ去ったんじゃないかなって…。作風がそっくりな恵鈴の絵をみれば、田丸燿平の絵をコレクションしてる画商にとっては確信の証拠になる。
連中は恵鈴に燿平さんの絵の中に毎度描かれていた小さな何かを教えろって迫ったらしいよ。その時、美術館の所有者という老人に会ったらしいんだ。気難しそうな老人だったって」
気難しそうな老人、そいつに仕える画商。美術館。
地元の人間はその白い建物を、宗教施設の廃墟跡地に建った得体の知れないものと言っていた。
宗教と言えば、波戸崎家の過去話に登場する。
北海道に逃げた夏鈴の祖父母達―――。
―――そして、祖父が夏鈴を守ってくれと散々俺に警告していたという事実。
うっすらと何かが見えてくる気もするが、こういうことを考えるのが苦手なのだと思い知る。かなり不気味な動機が、今回の事件を起こしているのだろうか。
連中の目的は何だ?
わかりかけているのに、到底信じられないという気分が壁を作って俺を押し留める。
理解したら、俺は自分がこれまで築き上げてきた概念を壊されてしまうから。
それが、怖いのかもな……。
今はそれどころじゃないのに。
どうして俺は、この年になってもまだ自分勝手なんだ?
「波戸崎家は、枝分かれした子孫を再び終結させているとか?」
燿馬の発言に、俺は驚いた。
北海道に逃れた祖母さんの能力を引き戻す。
なんのために?
「相手は預言者なんだってことなら、全部つながるよね?」
「夏鈴と同じ能力を持つ波戸崎家の残りが、……いや、こっちが本家なのか。祖母さんにはきょうだいがいたのかもしれないな」
何も知らないとはいえ、普通に考えたら家系は必ず枝分かれすることを思い出す。
そうだ。爺さんだって言ってたじゃないか。波戸崎家の秘密は墓場まで持っていくつもりでいたが、そんな徒労は無駄に終わるかもしれないとかって…。
秘密にされていたものが、向こうから動き出した。夏鈴はそれに巻き込まれた。
連中の目的は夏鈴。
だとしたら、なにが起こる?
なにをしたいんだ?
もう41歳の女に、なにをさせるつもりだ?
なぜ、今なんだ?
「考えても、どうしてもわからない。考える材料が足りないんだ。俺はその三角の白い美術館とやらに行く。夏鈴を迎えに」
「警察に相談しなくて良いの?」
丁度そのタイミングで、俺の携帯端末に着信が来た。画面を見ると知らない番号からだ。現在の時刻は深夜4時半。こんな時間に電話してくる奴なんて、相手は誰か見当がついた。
震える指で受信ボタンを押し、耳にあてがるとスースーという呼吸音が聞こえた。
『警察に知らせても無駄ですよ。彼らは取り合ってくれませんからね。逃げた娘はお返ししますが、すぐに自分の意思でこちらに戻ってくるのはわかっています。
歴史的瞬間を見たいなら、いつでもいらしてください。東海林 晴馬さん』
「誰なんだ? おまえ!!」
病院の廊下ということも忘れて、俺は叫んだ。
『…あなたが気の毒です。こんな化け物と結婚し、子供まで設けた。
あなたでは、彼女を支えられません。これからの人生、僕が彼女の伴侶になりたいと思ってます。
僕は年齢なんて気にしませんからね』
「ふざけるな! 俺の妻に指一本触れてみろ! 絶対に、許さない!!」
電話の向こうで、クスクスと耳障りな笑い声が聞こえた。そして……
『あなたなんか恐くない。あなたこそ、もう二度と彼女に指一本も触れられない。
僕がそれを許さないんだから』
「夏鈴!!」
ムカつく若い男の高笑いが聞こえたと思ったら、電話は切れた。
気付くと周りに看護師が困惑した顔をして俺を見上げていた。
「すいません!」と、燿馬が謝っている。
燿馬におしやられるように自動ドアを通過して、救急入り口の外に出た。すっかり冷え込んだ空気が寒々しいが、俺の心は氷点下まで冷えていて言葉にならない。
「親父! 何を言われたんだよ?」
俺は燿馬の顔を見た。俺よりも夏鈴に似た息子の顔を眺めながら、さっき言われた衝撃的な言葉が脳内をグルグルと浮遊している。
電光掲示板の光る文字が流れるように、「あなたこそ、もう二度と彼女に指一本もふれられない」という言葉をどう解釈すればいいのかわからなくて、また吠えていた。
無意識に、何度も。みっともないのに、止められない。
失うなんて
そんなこと!
あり得ない!
うそだ!!
――――――バキ!
頬に強烈な痛みがやってきて、俺は倒れる寸前だ。
我に返ると、拳を振り下ろしたまま俺を見下ろす燿馬が、歯を食いしばって立っていた。
「しっかりしろよ! あんたが狼狽えてたら、お袋を助けに行けないだろ?!」




