手繰り寄せられて 3
今から話すことの中に、重要人物が二人出てくるわ。その二人の思想と性質を強く受け継いだ子孫たちが、あなたの持つ力を求めて動き始めたみたいなの。
これは宿命との戦いよ。愛する家族を守るために、あなたはもっと賢く強くなる必要があるの。私達が出来る限りの支援をするから、諦めないで。
では、始めるわよ―――
*
荒野の中の人知れぬ地で生まれ育ったある少女が、私達の起源となっている。
彼女はチグサという自分に与えられた名を知っていた。でも、誰が名付けたのか、どうして一人なのか、そうしたことはなにひとつわからなかった。
荒野と言っても見掛けより豊かな恵みをチグサに与えていた。
食べられる草を知る彼女は、時々川まで旅をして野宿をしながら肉体の成長に必要な糧を得て行った。
飢えた動物がすっかり弱り切った動物を食べる姿を視たチグサは、視えない神様に感謝しながら狩りを覚えた。命を繋ぐために命を奪う行為を、彼女は心の半分で罪深いことだと思っていて、それでも尚自分がこの荒れ地で生きて行くためには必要な行為であるということも悟っていた。
チグサという少女は常に、命について考えながら生きていたの。
しばらく行くと大きな町に辿り着いた。そこには沢山の自分と似た種族が暮らしていて、生きるために出来上がった仕組みを見物しながら、最初は乞食として町に住み着いたわ。
何かを売り、それを買い、持ち帰って食事をし、住居とその中には生活しやすくするための道具や家具が備わっているのを見て、どうすれば自分にも家を得られるのか考えたチグサは、人々が売るものをどうやって得ているのか詳しく観察するために近付いた。
見た目は自分達と同じ種族だと理解した町の人々は、チグサのみすぼらしい身なりを見て嫌煙した。だけど、ある町人の男が彼女を自分の家に連れて行って綺麗にしてあげたの。見違えるほどに美しくなったチグサに見惚れたその人は、自分と結婚すればすべてを与えると提案をして、二人は結婚することになった。
もちろん、チグサは結婚とはなにかを知らなかった。
見掛けさえ美しければいいというものではないから、男は言語も操れないチグサに教育を施し始めた。
地頭は悪くなかったチグサは男が教えてくれる教養や町の人々の振る舞い方を吸収して、会話で意思の疎通もできるようになっていった。
表情に乏しかった彼女は次第に周囲を和ませるほどの柔和で純粋な朗らかさを振る舞い、男と共に人気者になっていった。そして、男は自分の手ほどきで魅力的に変身していくチグサにすっかり心酔して、やがてチグサは子供をその身に宿した。
その時よ。
チグサは突然覚醒したの。彼女は天候を操り、海で死ぬ運命だった人たちを守った。
あらゆる災いを預言し、大火事を防いだり、触れるだけで怪我や病気を癒すことができるようになった。でも、出産するとその力は消えてしまった。奇跡は半年程度で消失したかに思えたわ。
彼女の神通力の噂はあっという間に広がって、権力者が町に人を派遣して迎えに来た。とっくに消えた能力に何としても縋りたいと考えた人々は、彼女を再び妊娠させようと提案して、夫に大金を渡して催促した。
他人からとやかく言われながら子作りをしても、うまくいかなくて、一年待ってもチグサは妊娠しないで平凡なまま生きていた。
やがて、赤ん坊は自分で歩けるようになると、その子供が触れるもの総てが生命力に溢れ出した。どうやら、奇跡の力はチグサの能力ではなく、この赤ん坊の能力だったということに人々は気付き始めた。
チグサは娘にチエと名付けていた。
奇跡の力を世のため人のために使うべきだと説得され、チグサ一家は町を出て信州の山村のひとつに招待された。
その昔、地位ある人々が戦に敗れ、命からがら逃げ延びた一族の生き残りが肩を寄せ合って暮らす山村で、神道を興した藤村家と梅田原家は神秘の力を作り出すための呪まじないを研究していて、チグサとチエでその実験をすることを思いついた―――。
「―――梅田原家?」
その名前を耳にするたびに背筋に嫌なものが流れていくのを感じて、私は身じろぎする。運転している燿馬を見ると、心配そうにチラチラと私の様子に気を配っていた。
「梅田原家が、どうしたって?」と、聞かれ。
まるで白昼夢のように降りてきた不思議な物語の途中で目が覚めたことに、言い知れぬ安堵感と不安を同時に感じている。
「……私、どれぐらい寝てた?」
「…15分ぐらいかな」
「どこまで来たの?」
「言われたとおりに真っすぐ走ってきたら、大分山奥に……」
林道とはいえアスファルトで舗装された道を走っていた。鬱蒼と並ぶ杉林を見ると、北海道とは全く違う山の景色に遠くへ来たことを思い知らされる。
手入れが行き届いていない森は通常の闇夜よりもかなり暗く、人工的に植えられたらしい杉の森だというのに原始の森よりも暗くて異質さが際立っていた。まるで放置された墓場のような冷気が漂っている。
鞄から携帯端末を取り出すと、電波は届かないエリアになっている。晴馬から着信履歴はまだない、というよりもあったとしても届いて来ていないのかもしれない。
カーブが増えてきて、其のたびに傾斜がきつくなっているようだった。
「あ!」と、燿馬が声を上げて私は我に返った。
幅員が六メートルもない道路に大きくて太い木が倒れていて、完全に行く手を塞いでいた。




