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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第1章
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コレクター 15

「俺に隠す必要がある?」


「…ないけど」


「じゃあ、教えてよ。万が一お袋まで居なくなったら俺どうすりゃいいんだよ?

 そんなことにはならないって保証はないんだからさ。情報を共有しておいて損はないと思うけど」


「……そうなんだけどね。言うのがやっぱり不安なの。


 概念にあればこそ効果を発揮する呪いを無効化できるのは、知らなくていいことは知らないでいた方が良いということなの。だから……」


 お袋はまだ俺達を子供扱いしている。それはありがたいことだけど、今は……。


「いい加減守られてばっかりっていうのも嫌なんだよ。呪いがどんなものかわからないけど、今の時代に非現実的なことなんて起きっこないんだからさ」


「それは違うわ」


 お袋はまた鋭い目つきになって俺を見据えた。


「呪いが起きないのは、起動させないからであって、いつ起動してもおかしくないものがあるの。不発弾みたいなものよ。どんな被害が出るかわからない。


 私にとってパパやあなた達に不幸な出来事が起きたら、自分の身を引き裂かれるよりも辛いことなの。夢物語なんかじゃないのよ。


 軽はずみなことは出来ない…」


 思い詰めたように自分の腕を抱きしめたお袋は微かに震えているみたいだった。


 俺は思わずお袋の手を掴んで握りしめた。恵鈴よりも小さな手。小さかった頃は、この手が大きくてどこまでも優しいせいで、俺はかなり甘やかして貰ってきた。それなのに、今のお袋はまるで俺の知らない顔をしてフロントガラスをジッと見つめていた。


「私にとっても未知な世界なの。怖くてどうしようもないの。でも始まってしまった」


 誰が何のためにこんな大胆なことをしてまで、お袋を呼び出しているのか、俺にはさっぱりわからないけど、恵鈴を誘拐する大胆さからかなりヤバイ相手だということは明白だ。


「なぁ、お袋。なんで今頃、お袋にどんな用があってわざわざ娘をさらってまで一人で来いだなんて。警察を頼っても良いんじゃない?」


 味方が多い方が良い。単純に俺はそう思っただけだが、良いながら警察になんて言えば良いのか確かに難しい問題だな、とすぐに思い直す。


「時間を長引かせたくないわ。恵鈴をすぐに連れ戻すのが最優先よ。


 宗教の教団って常識が通用しないの。自分達の思想に染まった支配しやすい下っぱに手を汚れさせるのを何とも思ってないんだわ。


 白鷺という男と、梅田原という若い男。たぶん、どちらも教団の深層部に関係していると感じるのよね。特に梅田原って名前は要注意って聞いているわ」


 確かに、梅田原という男は服装からしてもかなり変人な臭いがした。呉さんが見せてくれた画像は本当に役に立つ。


「…下っぱって、洗脳されてるのかな?」


「されてるでしょうね」


「恵鈴はひどいことされてないかな?」


「今はまだ大丈夫みたい。でも、相手はコレクターならかなり際どいわ。ボヤボヤできない」


「コレクター?」


 俺は混乱した。


 そう言えば、宗教と絵にどんな繋がりがあるんだろう?


 お袋狙いの教団は、どうやって行方を眩ました曾祖父達、つまり子孫である俺達を探し出せたか?


「何らかのこだわりに固執して、自分のコレクションを増やすのが生き甲斐な人がいる。画商を使って恵鈴に接触してきた人物は、田丸燿平の絵も所有してるみたい」


「それって、絵のコレクターってことなの?」


「そうね。絵と波戸崎の血を次ぐ者が正解かな。さっきから途切れとぎれだけど、チラつくのよ」


 お袋は両目を閉じた。


「東海林 恵鈴が波戸崎の血筋だって、お袋は相手がどうしてわかったと思ってるの?」


 俺の質問をじとっとした顔で受け止めたお袋はまた、険しい顔になった。


「お爺ちゃんの葬儀に来てくれた人の中で、明らかに知らない人が一人いたのよ。その人は私と恵鈴をかなり見ていたわ。それから、一周忌の時もお墓で遠巻きから私達を見ていた」


「……俺、気付かなかった」


「先に気付いたのは恵鈴だったわ。お爺ちゃんやお母さんを偲んでいるのとは違う感情で、私達の様子を見ていた……。こっちから話し掛けようか迷ってるうちに、いつの間にか居なくなったの。何かとても嫌な感覚になったのを覚えてる…」


 お袋はぶるりと震えた。


「たぶん、見に来たのよ。お爺ちゃんとお母さんが死んだのを確かめに来たんだって、思ったわ。


 波戸崎黒桜と美鈴の死をどうやって知ったのか、不思議よね? 二人の葬儀は即日だったわ。遠方から来るなら、不自然なぐらい早すぎる。おそらく、教団にはまだ波戸崎の血を継ぐ人がいて、ふたりの死を嗅ぎ付けて来たんだと思う」


 そこまで言うと、珈琲を啜った。俺はなかなか言葉が見つからなかった。自分の知らない誰かに見張られていたなんて、気味が悪過ぎる。


「お、俺。恵鈴から何も聞いてないよ?」


 哀れなほど情けない声で、俺は訴えた。何でも知っているつもりで、知らされてないことがあったなんて、かなりショックだ。


「私が言わないでって恵鈴に頼んでたからよ。恵鈴を責めないであげて」


「なんで?」


 なんで、俺には黙ってたんだ?

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