コレクター 14
家に帰ると燿馬がいて、彼もまたそれぞれの大学で同じ目に遭っているのを知っていたからこそ、頑張って乗り越えた。珍しさは日々薄れ、津波のように押し寄せていた関心が引いていけば、安定した日常がやってくると信じられたのも、燿馬のおかげ。
今も、かろうじて正気を保つことができるのは多分、燿馬が私を見つけてくれる気がするから。燿馬だけじゃない、ママならきっと……。
ガチャン、ゴトン。
ドアの向こう側に人の気配がする。
私は立ち上がり、ドアの後ろに滑り込んで待機した。ごそごそと何かをしている気配がしてから、ガコンと施錠が解ける音が響いて、すぅっとドアが開いた。
メイド服を着た大人の女性がせわしない足取りで部屋に入りお膳を掴んだ瞬間、ドア裏から抜け出て部屋の外に飛び出して、長い廊下を足音もなく走り抜け、角を曲がり別のドアノブを掴んで押したり引いたりした。
―――駄目だ、ビクともしない。
廊下という繋がった空間の中で、食器を重ねている音が聞こえてきた。彼女はまだ私が抜け出したことには気付いていないようだ。
それにしてもここは廊下の床までふかふかの絨毯を敷いている。廊下を周っていくと、同じようなドアがいくつかあった。全部でおそらく四つのドアがあるのだ。
東西南北の位置関係さえつかめられたら、迷うことなどない。部屋から見えた空の様子から、北か東に向いていることはわかっていた。今、私がいるのはきっと南側だ。
三枚目のドアを開けると、簡単に開いた。中を確かめると、また長い廊下に繋がっていた。「まるで迷路ね」と、驚きつつ心の中でつぶやいてから、私は前に進むことに決めた。
―――諦めたら終わり。
自分にそう言い聞かせながら……。
* * * * *
ふと目を目覚めて驚いた。
俺はいつの間にか寝てしまっていた。
エンジンが付いたまま、停車していたのはサービスエリアの駐車場だ。もう夜が深まっている時間帯だというのに、結構な人がいる。運転席は空っぽで、おそらくトイレ休憩とかにでも行ったんだろう。
寝ぼけた頭の中に、見知らぬ風景が映り込む。プロジェクターみたいに、長れていく映像の中にひたすら森林の中を進む車窓の光景が視えた。無音で無味無臭の切り取られた画像のみの資料を見つめる気分で、呆けながら見つめていると。白い三角の建物が目についた。
ガチャっとドアが開く音がして飛び上がるほど驚いたら、お袋が「あれ?起きてたの?」と聞いてきた。おかげで不思議な映像はもうどこにもない。
でも、もしかするとあれが恵鈴の居場所の手がかりかもしれないと思った俺は、お袋の腕にすがりつくように手を伸ばした。
「たった今! なんか、視えた!!」
両手に熱々のカップ珈琲を持ってきたお袋は、苦笑いを浮かべながらカップホルダーにそれを置いて、さも落ち着いた様子で聞いてきた。
「なにが視えたの?」
「白い三角のピラミッドが、森の中にあって…」
「白い……ピラミッド?」
お袋はポケットから端末を取り出して、電話し始めた。
「もしもし、夏鈴です。こんばんは。夜分にすいません。はい、今諏訪湖SAまで来ました。……今、燿馬が何か手掛かりになるビジョンを見たと言ってるんです。真央さんがご存じの美術館やアートギャラリーで、白い三角形の建物ってご存知ないですか?」
お袋が電話をかけたのは、親父じゃなくて蒼井 真央さんだ。かつて、親父の東京時代の恋人だった上司だったとか…。一年前に受験の下見の時期に家族で招待された個展に行って、それから恵鈴の個展の話に至るまでの間何度も会ってきたギャラリーBLUESTARの美人オーナーだ。
同業者同士なら情報を持っているかもしれない、とお袋は考えたんだろう。
「…はい、できれば急いで。正直、ここまでは来たけどここから先はどこに向かえば良いのか…。恵鈴の大学のアトリエで見つけた名刺の名前、”白鷺 丞”という美術商が、スカウトに熱心だったみたいです。なにかわかったらすぐ連絡下さい。ご協力に感謝します! ありがとう! はい、お願いします!」
お袋は電話の向こう側に深く頭を下げて、切った。
お袋と真央さんが会うまでは、親父はかなり神経をすり減らしていた。
何も語らずとも全て視えてしまうお袋は、真央さんにかなり嫉妬心を抱いて自分でも持て余していたと後日語ってくれたが、あれから一年の間に女同士での交流も続けているみたいで、知らない間に親父そっちのけで仲良くなっているそうだ。
だけどその歳の差は16歳。お袋の母親・美鈴ちゃんと3歳しか違わない。母親に近い存在かもしれない、とお袋が言っていた。
美鈴ちゃん世代の女性は、閉鎖的な男尊女卑の中において権力にかしずくようでいて、実は底知れないエネルギーを沢山詰め込んだ開拓者魂の人々が多いのだという。だから、美鈴ちゃんはまるで突然電池の寿命が来たみたいに、ぽっくりと死んでしまった。
魂の電池切れみたいなものだろうと、お袋は後日談で教えてくれた。
「ここからは何となくだけど、安曇野ICから降りれば良いのかなって気がしてるんだけどね」
「根拠は?」
「ないわ。でも、私の頭の中にいる水先案内人が言うには、そっち方向で間違いないって言うのよ」
「その案内人て誰?」
俺は美鈴ちゃんのような気がしてしょうがながなかったが、なぜかお袋は言い渋った。
「誰ってことはないのよ。なんて言ったら言いのかわからないけど、波戸崎家の歴史を知る存在とも言えるかな」
お袋は珍しいぐらい歯切れの悪い言い方をした。




